第11話 アラゴ・コンプレックス


チップを破壊した奴隷どもをトランクと言われる組織が破壊した。

トランクという組織は、フィコにとってはまったく認識されていない組織であり、この国の統治機能の外にある仕組みのようだとマーキュリーは考えていた。


どこかの組織が、この目論見を潰すことは想定していたが、それが国の外からやってくるとは思っていなかった。

それは、今後の動きにとって大きな障壁となるはずのもので、喉の奥に刺さった骨のように気になるものだったが、わからないものに怯えてもしょうがないというのが、マーキュリーの結論だった。


依然としてマーキュリーは紫鉱議会の一員として、実りのない議会へ参加し、欲に塗れた上院議員たちの言い争う姿を眺めていた。

「いよいよ戦争だなぁ」

そう言うのは、隣に座っているマーキュリーの父親だ。

欲のない発掘調査をする研究員で、紫鉱議会の構成員として名前を連ねているのも、山の民の中には他に知識階級というものがいなかったからだ。


「父さん、僕はこんな大きな国が、階級社会の一部の利益誘導のために運営されているとは思ってもみませんでした。」

「父さんと呼ぶな」

父と呼ばれた男は、自嘲的な笑みを口元に浮かべて言った。

「失礼を致しました。マーブリー議員。」

マーキュリーは、表情を和らげて言った。


彼ら二人の仲で、そのやりとりは幾度も繰り返された権威に対する自嘲的かつ批判的なやり取りだった。


「まぁ、議員になったからといって、世界が変えられるとは変わらんからなぁ」と不貞腐れたように背中を背もたれにあずけて、首元をなでている。


「この議会に参加できるだけでも僥倖ですよ。マーブリー議員」

「そうだな。目隠しされて鼻づら引っ掴まれて引き回されていたのが、目隠しが取れただけでも感謝せねばならんということか。」

「はい、この勿体ぶった猿芝居に参列でき、国王の尊顔を拝することができるだけで我々は幸せだと思わねばなりません。」

「お?言うねぇ…」


そんなやり取りをしているうちに、議会は開戦へと決議を急いでいた。

「あくまでも儀式ですね。」

「ああ、議論は尽くしたという、体裁をとるためだけの儀式だ。」

「いつまで続くんでしょうか?」

「そうだなぁ…体面を保つための時間は、深夜三時くらいかなぁ。」

「三時か。」

「三時だ。」


マーキュリーは、いつ蜂起すべきかを考えていた。

蜂起するなら、開戦後がいい。

世界が盲目的に勝利を目指して、たった一つの道を全力で走り出してから、国家の基盤を揺るがすような蜂起を行うのだ。


マーキュリーが放棄すれば、信頼すべき武装兵力のすべてを信頼できないようになる。

「暗黒の戦争に叩き込んでやろう。」

マーキュリーは無表情でそう思っていた。


アラゴのあの地で起きたことは、すべて想定の範囲内だった。

だが、想定していなかった何かによって、なされた制圧だった。

トランクという組織が何であるかは、いまだにわかっていない。


………



アラゴの襲撃時、仲間を救出に向かうためにミズメリアは折れた剣と折れた切っ先を両手に持って、破裂音がする方へ向かおうとした。

ロイがミズメリアの細い傷だらけの腕を掴み、その動きを制した。

「これは、つまらない儀式だ。儀式を超えて、我々は絆を深める。」

ロイはすがるような目をしてそう言った。

ミズメリアは頬に小さな痙攣を走らせ、何か言いたげにロイの上腕を掴んだ。

それをロイは絶望的な表情で首を左右に振りながらミズメリアの血まみれの柔らかい手に自分の手を重ねた。


五十人余りの同胞が死んだ。

歴史の中ではたかが五十人だ。

だが、世界の歴史を動かす五十人の犠牲だ。

この怨念を背負いながら僕たちは前に進む。


ロイは、事あるごとにそう言った。


ロイが言う通り、この事件は、アラゴ・コンプレックスと語り継がれ、死傷者に尾ひれが付き、悲惨な話にと昇華され、憎しみを募らせる役割を担った語り草になった。


国の中では、極秘事項として扱われながらも緊急の対応と調査が行われていた。

五十人の奴隷の死人を出していたため、死んだ奴隷のオーナーがどういうことか知りたがっていたが、調査は遅々として進まない。

そもそも、その場の生き残りが一人もいないことになっていたからだった。



ロイとミズメリアは、アラゴの惨殺事件からフィコの南部を中心に極秘裏に奴隷解放の動きを強めていった。


闇に溶け込むような黒いケープを纏いチップを破壊する四連パルスシリンダーを大量に鞄に詰め、同胞を求めて南部を彷徨い続けた。彼らの仲間内ではそれをリクルーターツアーと言う。

水面下で動き続けた彼らは、思っているよりも遥かに成果を上げており、オーナーに恭順の意を示している奴隷でも、一斉蜂起の時を待っているだけの地下組織に育ちつつあった。


そして、半年ほどの時間が流れた頃、ある事件が起こった。

オーナーを殺すはずのない奴隷が、領主一家を惨殺したという事件。

それが、ある南部の片田舎で起こった。領地は中央から来た役人に召し上げられ、奴隷は拷問の末に抹殺された。拷問はアラゴとの関係性を聞き出し繋げるためのものだったが、抹殺された奴隷の中で、リクルーターのことについて口を割るものは一人もおらず、貴族どもオーナーに憎悪を募らせるだけだった。


そして、その事件はオーナーに対して絶対服従の掟が破られたことの証明で、地下に暗躍しているリクルーターと他の仲間の存在を改めて知り、繋がっていることの認識となる。領主一家惨殺の事件が蜂起のためのモニュメントとなり結束をあらたに固めた瞬間となったわけだ。



ロイとミズメリアは、そのことを契機として、タガが外れた兵隊を極秘裏に多数連れ出し、北、東、西方面へとリクルーターとして教育し送り出した。


リクルーターは、日に日に、増えていき、まるで、国内を感染症のように汚染し奴隷の離脱者を作り出した。野良と呼ばれるどこにも属さない極々稀なものを除き、彼ら彼女らは、マーキュリーに従い、各地に点在する地下組織が出来上がりつつあった。




国はその事に関して、最重要機密とした。あくまでも、隠蔽を行いつつアラゴンで語り継がれている兵士虐殺に対しても、事故だと言い張っていた。

なぜなら、それは、戦争の最中に起こったことで、そこで士気が崩れれば、統制がとれなくなる。武力の根本を担っている奴隷どもが、続々と主人の元を離れている。

これは、内外問わず、喧伝できるものではない。


そんな中、原因となる者を洗い出した上で処置をすると決定されたようだ。

処置とはすなわち抹殺である。


アラゴン集会へ参加したもの、呼び出しがかかっていたもの、全てが処刑された。

トーケンは、外出届けを提出しておらず、血まみれになって帰宅したにも関わらず、マベリア妃はそれを隠し通した。


敵国へ寝返ったものもいるらしい。いわば逃走した兵隊どもは、野に放たれた。敵国にたどり着くものも、行き場を無くして漂いはじめ盗賊となるものも出た。

自由に憧れた誰もが支配を失い、漂うように生きることを選ばざるを得なくなった。


マーキュリーはアゴラから航空輸送機を預かり、エジンプロス

へ行けというメッセージを受け取った。


フィコという王国は、でかくなりすぎた。


力がどうしても貴族どもに集中していて、利権を食い荒らす奴らに牛耳られている。一旦ひっくり返して汚泥のような上級貴族どもを残らず掻き出してしまわなければ、何も変わることはない。


内側から変えられないものならば、外圧で圧し潰すしかない。

だが、どこの国が強大になったフィコの天敵となりうるか…・

マーキュリーが考えたのは、まずエジンプロス。


現在、海上も鉄道も封鎖されながら、兵糧攻めのような状態にある技術大国だ。

この国の資源をフィコ以外からの輸入経路を作れば、エジンプロスはフィコに対する兵器工場となり連合を組み周囲に色気を出す貪欲な暴君のいる大国をつぶすことができるかもしれない。


もちろん、実質的にすべてのフィコの領土を抑えることは不可能だが、あの大国の統治機能を揺るがすことができれば、いたるところでの内乱が勃発するはずだ。


内乱が起きるほどまでに、フィコは圧力を強めた中央集権型を徹底している王国であり、末端の自治を微塵も許すことがない狭量な王国なのだ。



そろそろだなと、マーキュリーは時期をはかっていた。


船団が準備され始めている。

エジンプロスへ向かわせたロイとミズメリアはうまくやってるだろうか。

彼らにとっては、この度で自分の可能性の次の世界を見ることになる。

アラゴには世話になった。

この手はずを全て整えてくれたのが彼だった。


惜しむらくは、あの襲撃で失われてしまった最大の資産。

でっぷりと太ったアラゴという女好きな商人の才覚。


マーキュリーは、アラゴの欠点も含めて嫌いではなかった。

紫鉱議会のことを何よりも理解し、その紫鉱という資源に共に未来を見た仲間だったから。




エジンプロス国に対してフィコは在留大使を国への引き上げ・貿易停止などを実行した。教科書通りの戦時下への突入のお手本のようなやり方だった。


エジンプロスの在留大使もそれに遅れて国への引き上げをするのだが、フィコの民衆が大使館へ押しかけ暴徒まがいの状態になっていたために警察が出動する状態までになった。警察の出動に際して異論を唱える者もあったが、宣戦布告がまだであるとした警察機構は通常通りの出動を行い空港までの経路を確保した。



エジンプロスは、周辺の国への援助を求めたが、連合国としての組織化はいまだ成らず孤立。あまりにもフィコが強大であったために、周辺諸国がエジンプロスへの出方をうかがっているという側面が強かった。


ただ、そういう側面と裏の姿は同一ではない。

周辺諸国は、エジンプロスを盾に取引をしたというのが実情である。

技術立国であるこの国を攻めることによって、得られる国が所有する資産価値を周辺諸国へ配分するという契約をフィコは暗々裏にすすめながら、最後通牒を出したのだ。


周辺諸国が求めている手を出せなかった技術がフィコの侵攻を黙認するだけで転がり込むのだ。国同士のパワーバランスが崩れると進言する者もいたが、その言葉は黙殺された。


乱世が始まるな。

マーキュリーは、ひとりそうつぶやいた。

必要なのは、支配されている奴隷兵器の信望で、それを武器に小国家を束ねていけば、いずれ世界はこの手に落ちてくる。


簡単な計算だった。






そんなひっそりと様相を変える歴史の変革の中トーケンは意識をなくし、柔らかいマットレスに体を横たえて目を覚ました。その状況は、幸せな事だった。


マベリアの柔らかな肌と、熱いからだを思うと心の中で正気をなくすようなザワザワとした戸惑いが生まれた。「もう、チップでの統制は取れない。これから壊滅的なことが起きるわ。 」


トーケンの鬱屈を知ってか知らずか、起き抜けに、素肌を晒しながらマベリアはいった。 彼女は自分の考えに夢中になっていた。


まるで、処女が男と関係を持ち、それが誇らしくてたまらないというような…。そんな饒舌さだった。


そう考えて、トーケンは、思った。

処女だったのかな…?

王とは寝てなかった…?

そんなことはない筈だけど…。


トーケンは、深く考えるのはやめた。

飼い犬に処女を捧げた王の妃など、好事家というよりも、獣姦に近いゴシップネタだ。


しかし、女は強い。

自分の意思を信じて、生き抜くことができる。たとえ、自らの世界を全て滅ぼしたとしても。


「トーケン。アフタをうちに貰い受けたよ。

あの子は、お前を回収に行く助けになってくれた。感謝しろ。 」


トーケンは、虚ろな目で、素肌を晒し続けるマベリアを見つめるだけだった。何もかもが、トーケンの想像を超えていた。


想像を超えていることにぶつかったときには、思考が空白になるんだなぁと漠然と思った。マベリアは、綺麗だった。


肩越しに、こちらの顔を伺うように、マベリアは、言った。「世界が荒れるよ。天地が逆さまになるくらいに! 」


彼女は誇らしかった、安全装置が外れた兵器と同衾して屠殺されることなく生きていたのだ。


それは、自分の勇猛さを証明することでもあったし、チップなしでも愛情を受けているという証明でもあった。


それは、強力な兵器の愛を獲得し、護られているという実感だった。

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