第10話 落ちた血、流れつく果て
トーケンは、血まみれになって発見された。
ミズメリアがとどめを刺そうとした時に、アラゴの会場が爆破された。
あたりが赤々とした炎の揺らぎに染め上がられたと同時に一台の車が、ミズメリアを狙ってひき殺そうという悪意を持って割って入った。後輪をドリフトさせリアタイヤを悪意を持ってミズメリアの体を建物と車体の間に挟み込み押しつぶそうとして派手な音を立てて車体のリアシート側のドアが拉げた。
フライトスーツを着た女が運転席からドアを開けて出てきた。
片手には細身の既に抜刀した刀が握られている。
ミズメリアは、酔ったようなろれつの回らない口調で「保護者のぉお出ましだぁわ」と言った。
搭乗者は二人。
醜い小男と、はしっこそうな娘。
マベリアとアフタだった。
アフタは無表情で血まみれのぼろ布を纏ったようなトーケンを両わきの下に手を入れながら引きずるようにして保護した。
マベリアは、血まみれのトーケンを無表情に見下ろし、ミズメリアの顔をまじまじと眺めた。
「派手に暴れてくれたね。なんでこんな雑魚にこの子がズタボロにされてるんだろうね。すごい不思議だ。」
ミズメリアは瓦礫を剣で叩きながら、散る火花を見ていた。
規則的に金属が石をはじく冴え冴えとした音が耳につく。
「さぁね。私がその子より強かっただけ。それ以上でもそれ以下でもないわ。」
目を合わすことなく独り言のように呟いた。
「ねぇ、あんた。マーキュリーのとこの子よね
あんた、何やったか理解してるよね。
意味わかってやったことよね。」
苛立ちを隠すことなくミズメリアを問い詰めた。
「んぁ?なぁ…にぉ?」
血まみれの少女は話を聞いていない。
何かに陶酔しきった感じだ。
「この小娘が!」と呼ばわるのが早いかマベリアはミズメリアに向けて跳ね切りかかったが、虚ろな目をした少女は、虚ろな目をしたままで飛びのいた。
背後でアフタが呼んでいる。
「そこから先に行っちゃだめだ!」
焦げ臭いにおいがあたりを囲繞した。
(やばい!火薬の…!あいつ、これが目的で!?)
火花がどこかで着火したような気配がして飛びのくと、足元の地盤が吹き飛んだ。
「マベリア妃!今はトーケンの手当てを…!」
アフタが叫ぶ。
出血が多い。すぐにでも止血と輸血とが必要だ。
視線でミズメリアを呪い殺せる能力をマベリアは願い欲さずにいられなかった。
そして、去る前に言った。
「お前の顔は覚えた。待ってろ。私は受けた屈辱は忘れない。」そう言った。
ミズメリアは、腕が粟立つのを感じながらも、マベリアの視線を受け止め怯むことは無かった。マベリアの飼い犬を半殺しにしたのは私だという、自負があった。気が猛り狂っていた。折れた剣と折れた切っ先を両手に持って、ミズメリアは破裂音がする方へ向かおうとした。
ロイがミズメリアの細い腕を掴み、その動きを制した。
「これは、つまらない儀式だ。儀式を超えて、我々は絆を深める。」
ロイはそう言った。
ロイが言う通り、リクルーターの中では、怨嗟を高める語り草となった。
この事件は、アラゴ・コンプレックスと語り継がれ、死傷者に尾ひれが付き、悲惨な話にと昇華され、憎しみを募らせる役割を担った。
トーケンは意識をなくし、柔らかいマットレスに体を横たえて目を覚ました。その状況は、幸せな事だと後になって思った。
そして、そのトーケンの意識が戻った時、マベリアは枕元にいた。
どれくらい眠っていただろう…。
マベリアは「よく寝てたな」と、沈黙に耐えられずに発したような声で呟いた。
なぁ、私は今、お前にどう見えている?
「どうって…。」
マベリアは苛立ちながら、「まどろっこしい!」と、自らの上着を振りほどくように引き剥がしながら立ち上がった。
「トーケンが、私の舌を噛み切るつもりならいつでも噛み切るチャンスをあげるよ。」
「証明してごらんよ。
お前がチップを破壊していないことを。
もし、破壊してるのなら、その上で忠誠があるのかどうか。
私は、丸腰で君の前に立つことだってできる。
誰にも言わないしだれにも言えないことだけど。
それで、私と君との関係は保証される。」
そして、マベリアは大きく息を吸い込んで言った。
「私を抱きなさい。私を血まみれにしてもよいチャンスをあげるんだ。」
素肌を晒したマベリアは、体を預けてきた。
体をぶつけるようにして、目を見開いたまま、唇をぶつけてきた。
彼女の唇と、歯がぶつかって切れた唇の端から血が滴り落ちた。
舌を絡めると、血の味が広がった。
血の匂いを嗅ぎながら、チップで統率されてないと、僕はマベリアを守ろうと言う気が起きないんだろうか?と考えていた。この血の味は生涯忘れない。
トーケンの頰をマベリアは中指でさわる、薬指、母指球。
切れた唇の血を、マベリアが啜る。
そして、血の味に塗れた小さく柔らかく動き回る舌が、貪るように絡みついてくる。
トーケンは、目をつぶって、思考の中の言葉でマベリアの指と舌の動きを追った。
柔らかい指の腹。
細い指先。
昔、マベリアが歌っていた声。
全部思い出せた。
昔から、マベリアの匂いは変わらない。
しっとりと汗ばんでいる手のひらが、両の頬を包み、吸い付くような唇が触れ、小動物のような舌がトーケンの唇を割って絡みついた。
トーケンは、体を強張らせて、身動き一つできずにいた。
この人は、王様の妃だ。なぜ奴隷風情の僕が、こんなことをしている…?
そう考えた瞬間に、マベリアは熱っぽい瞳を潤ませて囁いた。
(しないの…?)
耳元でマベリア吐息が耳を這い回った。
トーケンの動揺を微塵も見落とさないように凝視した彼女の透明な水晶体の奥底に閃いていた瞳孔。
どうでもいい。もう、どうでもいい。
もし、これがチップを破壊されたための暴挙であるのなら、王よ僕を殺すがいい…。
両腕が、マベリアを強く抱きしめた。
「はぅ!んっ…」
マベリアは、その力に締め付けられて歪んだ表情で苦しそうな声を出す。
「す、すみません。」
焦りつつ両腕から力を抜きながら、そういうトーケンの胸を指先で押すようにして、ベッドに押し倒して、粗い呼吸で空気を貪りながら彼女は言う。
あなたが、もし、私を殺すなら、私が最後に見るのはあなたの顔ね…。
上気した火照った顔で、そう言うマベリアは唇を噛みながら、無駄に笑顔を作ろうとした。
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