第9話 殺し合いと乱入してきた幼女
怪鳥のような声が谷底のような裏街へ響き渡り、ミズメリアが切り込んできた。
何ということはない、変化も何もない単調な切先だ。
一歩下がって、彼女の体を躱すと目の前に闘志に満ちた少女の大きな瞳があった。
深いブルーだと認識して、トーケンは思いっきり頭を振って、その目元に向かって額を叩きつけた。
「瞼、切れろ!」とばかりに。
そう願った通りに、彼女は頭を後ろに弾け飛ばされたようにしてよろけ、前屈みに踏みとどまった。
瞼は切れ、流血していた。
ミズメリアは、再度剣を横なぎに振り回し、距離を取ろうとしてバランスを崩して転んだ。
足元が石畳で滑るのもそうだが、剣と重心のバランスが悪すぎる。
見栄で大剣を振り回したがるのは、成熟した闘士ではない。
「あ゛ぁあぁ!」
流血したミズメリアが狂ったように叫ぶ。
精神的な安定さえ欠いていて狂人然としていた。
流血した右目は、眼球が血に塗れて視界を奪いはじめていた。
「ざまぁみろ、身の程を知れ。」
そう罵りながら、工事中の足場だらけの聖堂へ駆け込んだ。
聖堂には地下道めいた場所があり、そこは、直立して歩くのがやっとだ。
あのでかい剣を振り回すのは至難の技だ。
地下道の反響する音を頼りに少女は追ってくる。
罠にハマったとも知らないミズメリアの右へトーケンは回り込み、重量感のあるささくれ立った材木で肩口へ一撃を加える。
右手に打撲を被ったミズメリアの上腕で更に剣は鈍る。
吹き飛ばされ転がる。「うぁー」と、亡霊のような声でうずくまってうめくミズメリアを睨みつけながら体制を低くし、破損したレンガの破片を拾い上げた。
少女が立ち上がり恐怖で振り回している剣の下を潜り抜け、間をとって一呼吸で近づき、怪我した瞼の上を狙って石片で側面から殴りつけた。
軽い体躯の少女は、またそれだけで吹き飛んで転がった。
剣を取り落とさないのは称賛に値するが、それ以上でもそれ以下でもなかった。
未熟すぎる。
ザワザワと、残忍な気持ちが湧き上がる。石ころの中で転びまわっているミズメリアを見て、嗜虐心が頭をもたげた。
「おい、さっきマベリアになんか言ってたよな…」
トーケンは、違和感を覚えながらも、なぜか怒りを沈めることができなかった。
「マベリアなんか、陵辱し尽くして廃人にしてやるわぁあ゛ぁあぁ!!」
彼女が大剣を握りしめた左の肩を膝で押さえつけて肩の骨をはずした時の痛みの叫び声で語尾が消えた。
「おまえ、なんだよ?その程度でなんなんだよぉ!よくも人をその腕で殺そうとしやがったな!マベリアにひどいことをするなんて宣言できたなぁ!」
そう叫びながら、石片で頭を殴る。
(何にこだわってる?なぜこんなに心が荒れる?)
不可思議な怒りがふつふつと湧いてくる。
しんとしていた裏道で、そこらへんで、凄惨な叫び声が響いていた。
トーケンの息が上がってくる。
遠くの喧騒に混じって、近づいてくる小さな水溜りを跳ねるような足音がする。
子供…。
白とピンクのレースのドレスを着た…。
女の子だった。
笑っている。
そして、まるでかくれんぼの鬼をしていたかのように、「みーつけた」と笑いながら呟いた。
ぞくりと背中に氷柱が生えたような忌まわしさを覚えてミズメリアの体から飛び退いた。本能的な恐怖だ。
この大剣を持った少女よりも、この幼女の方が恐ろしく不気味な危機を孕んでいると本能が告げていた。
虚ろな目をしたミズメリアが血塗れの亡霊のように立ち上がる。
「あ゛ー…。何してくれんのさ…。マジでありえんのですけど…。」
彼女は、立ち上がりしなに、壁に強く肩をぶつけて、外れた肩を入れた。
トーケンの耳には、低音の羽虫が大量に羽ばたくような音が頭の中で聞こえていた。
ミズメリアの背後には、ドレスの少女がニヤニヤしながら立っている。
「ねぇ、あんた。同じ女性のよしみで教えてあげるけどさ。その剣でかすぎるんじゃない?」
少女が屈託のない笑顔で告げる。
「ゔるざぃ!!なんだこのチビがぁ!」というが速いか、剣を横なぎに振り抜く。
そして、バランスを崩して、あ゛ーと、喉奥から呪いを吐くような声を出して彼女は剣を石畳に叩きつけてへし折った。
そして、服の裾を引き破り、それを刀の柄にして握りしめ、さながら二刀流の構えに落ち着いた。
「ほう、すごいね!お姉ちゃん。尊敬するよ!」
幼女は拍手をする。
「さて、私も少し加勢してあげるよ。ちょっとかっこいいお姉ちゃん好きになってきたかも。」
そういうと、少女の背後から羽虫のような音と、緑色のランプが揺らめきはじめた。
その瞬間、トーケンの体は筋組織が全て硬直したように身動きがとれなくなった…。
ミズメリアは、血塗れの顔を向け、裂けたような口で笑った。
【仲間割れ】のあとの【拘束】だよ。
幼女は、小さな歯をむき出しにして笑った。犬歯がやけに禍々しく突き出していた。
羽虫の音は、大量になり緑色の光源はその強さを増して輝き始めた。
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