第14話 開戦
空の青さが、目を射るようだ。
空気は刺すように冷たい。
安定飛行に入ったスワローという純白の機体は、微かなエンジン音を立てながら進む。
エジンプロスまでは、二時間ほど。
高度一万メートルの高さにあって、空の青さは濃紺の闇に近くなっていく。
昨晩は眠れずにいたが、すこし眠っておけばエジンプロスでも良い外交ができるかもしれないとマベリアは目をつぶってみた。
十分ほど眠っていただろうか、ざわざわとした周囲のやり取りで目を覚ました。
所属不明機の戦闘機が、併行する形で、やや前に出て飛行していた。
「領空侵犯におけるスクランブル発信のようです。」
「これは外航船だろ?どういうことか?」
艦長は問いかける。
マベリアは、右手を静かに上げ人差し指で、兵を呼ぶ。
「どういうことかな?これは撃ち落されるってこと?」
「戦闘機の機銃は前方に撃つものですから、自分より前にいる相手の銃撃が自分に当たることは絶対にありません。警告の意味でしょう。次に曳光弾を含んだ警告射撃が行われます。」
さて…とマベリアは思う。
はじめに考えられるのは、エジンプロスの軍の独断専行。
次に考えられることは、フィコが派遣する大使のことをエジンプロスに伝えていなかった。
そして、まさか海賊の類の…ではあるまいが…。
それらの可能性はどれが強いだろうと。
敵機は針路と平行するように、曳光弾を撃ってきた。弾が通った跡が光の筋を描く。
曳光弾は、本来、射手に弾がどこに当たっているかを示すためのものであるが、音速の数倍で飛び、相当の破壊力があり、実弾と呼んで差し支えないものだ。
威嚇としても、緊張感は高くなる。
戦闘機は、着水しろと言っている。
兵器を積んだ空母が、領空を侵犯するのは戦争行為でしかないと音声が伝えてくる。
(まぁそうだだよね…。どこで知ったにしろ、外交船は兵器を積んだりしないものだよ。)口の端をゆがめながら、苦々しく自嘲的に思った。
「カタパルトデッキモニター入ります」
通信は、人型重機器の発信スタンバイはできていると言った。
この船の責任者は、艦長であってマベリアではない。マベリアには判断は下せない。
トーケンは出るんだろうかとマベリアは不思議な気持ちで考えていた。
この判断次第で、戦争が始まるのだ。
まったく実感がなかった。
「いちばん近い空港はどこか?」
「群島のはずれの…座標出ます。あと五分ほどの場所だと思われます。」
「着陸態勢とれるか?」
「無理です、こんな大型機が着陸できる滑走路はありません。」
艦長がマベリアにプライベートの通信で判断を乞うてきた。
「向こうも知ってて指示を出しているようです…海面に着水したとして、この機体は損壊して使い物になりません。そのうえで、我々を拿捕し、取引材料にしようという腹なのかもしれません。この場合、どのみち戦争を避けられません。」
マベリアは、深いため息をつきながら、まかせると、一言だけ言った。
機体背面のカタパルトタラップが開き、数機の人型重機器の姿が現れた。
その兵器を敵の眼前に晒すこと、それがほぼ開戦の合図となることを、みんな知っていた。領空内に武装兵器を持ち込み発進させようとしているのだ。何の言い逃れもできようはずがない。
コントロールルームの中で、ため息や、唸るように声をあげる者を、艦長が嗜めるように、「これから起こることにおいては、もう、後戻りはできない。集中せよ。」と伝えた。
(ふん、結局世界は、私に大使としての役割を微塵も果たさせてくれないのか)
マベリアは、平静を装いながら奥歯をかみしめた。
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