第3話:泥沼議会と王家の家庭の事情
マベリアの性格を一言で言えば、激烈な怒りと絶望を無理やりに押さえ込み、無表情さを維持し続ける少女だ。それを、知るものはおそらくトーケンくらいだった。
おそらく、王家に嫁いだ時からの責め苦だった。
今日は、マベリアの議会への初めての参加となる日だった。
広大なすり鉢状の議会の中で、多くの議員たちが吠えていた。
議会は白熱し、怒声が響き合う。
議題は、大陸と大陸の裂け目のような、縦長い黒い海を挟んで対岸の国、エジンプロスで、長距離移動用の軍用運搬航空機の開発が極秘裏に進行していると言う調査結果が発表された。
マベリアは、初めて参加する議会で、そんなきな臭い議題を、そこで初めて聞いた。
「エジンプロスは、長距離の空輸送機を何故開発するんだ?軍用?戦争を起こすつもりなの?」
「何かしらの成果を出す為に開発はされるものです。それが何だとしても、我々にとっては、面白い話ではありません。」
開発をしているそのエジンプロス国は、勤勉な研究熱心な国民だが、小さな痩せた土地しか持たない、弱小国家だった。
フィコからの資源に頼っていて、輸出の規制が行われればすぐに立ち行かなるほどだと聞いたことがあった。
「情報開示を求めましょう。
西のエジンプロス国は、我が国との同盟を頑なに拒んでおり、あまつさえ、我が国との輸出入の取引が減少傾向にあります。これは、フィロからの国交の離脱を画策しているようにも見えます…。それが、大事に到れば…我が国家の軍隊も、振り上げた手を下ろす術を知りません。」
マベリアは持って回った言い方をする奴らだなと飽き飽きしたという口調で「戦争になると言ってるの?」と、マルムと言う軍人然とした男に聞いた。
「はい、お妃様。早い話が、そうならないように、砂漠の国エジンプロスに制裁をちらつかせながら、戦利品をせしめようと言う話し合いです。」
「もし、制裁が効かなければ?」
「我々が軍を率いて、海を渡るだけです。海上を封鎖しつつ上陸し、周囲の主な陸路を抑え、鉄道を破壊します。」
「そう、それは大変ね…。」
「いえ、簡単な話です。資源がない国は、そこで飢えて国内で共食いを始めるか、我々の国に呑み込まれるかの選択を余儀なくされます。」
マベリアは、前のめりに背中を丸めて、事のなりゆきを伺っていたが、体を二、三回落ち着きなく小刻みに揺らしてから、思い切ったように、背もたれに体を投げるようにあずけて、背後のマルムにねじ切れんばかりに首を回し、睨み付けるように「もし、交渉に乗ったら?」と聞いた。
マルムは落胆したような口調で「エジンプロスの国の名前は残りますが、彼らの祖国は、武装解除され、我が軍の駐屯地を配備し、自国の軍隊は所有を禁止されます。」
「そして…海に阻まれていた、我々フィコの、大陸への足掛かりが残ります。」と答え、「我々は、無傷で…弾丸の消費もなく互いの人命も失われません。」声のトーンで落胆を表現した。
まるで、マベリアがそう思っていて、その勝手に想像した彼の中のマベリア像の考えに媚びるような口調だった。
マベリア妃は、スタンドカラーの内側に顎を埋めるように引いて、爪を噛み、貧乏ゆすりまで始めた。明らかに、苛ついていて、今にも吠え始めてもおかしくない状態になっている。
母のリィナは、よくできた高価な飾り物の人形のように、きっちりと背筋を伸ばしたまま、マベリアを見下ろし「よしなさい。マベリア、背筋を伸ばして、下々のものを見守ってあげるのです。毅然とした態度でね。」と視線も合わせずに言った。
「マベリア?あなたの愛しい王が裁定をきちんと下されます。何も憂うことのない未来のために。」
マベリアは、母のその言葉に、ふてくされたように荒々しく居住まいを正し背筋を伸ばして体裁をととのえたが、奥歯は不穏に一度ギリッと音をたてた。心の中で、納得できない気持ちがふつふつと湧き上がり、議会に対する尊敬心が裏切られた思いで周りの風景が歪んで見えた。
同じ、ゾロス教の信者が大半の、勤勉なエジンプロスの土地を、植民地のように扱うのか…と、議会を見下ろしていた。
谷底で奸計を巡らす亡者達の、とりすました顔の下に滲んでる興奮を睨みつけるように見渡した。このまま、こいつらを視線で射抜いてしまえればいいのにと呪いをかけるように思った。
「お妃様。ご安心なさいませ。
我がフィコの国はひとりの負傷者も出さずにエジンプロスを手中におさめてみせます。」
マルムが、狂人のような眼を見開いて、笑う。
「慎め!」
マベリアは、それだけを喰いしばった歯の間から絞り出すようにして、マルムに言い放った。
「御意…。」
それだけを言い、マルムは、マベリアに話しかけるのをやめた。
いや、話しかけるタイミングを伺っていたが、そのチャンスをマベリアが与えなかった。自分に望まない結果を携えて、悪魔たちが、私の考えを勝手に誤解して擦り寄ってくる。
悪魔たちが、私の考えを誤解して擦り寄ってくるのなら…もし、戦争が始まるのならば…。私は先頭を切って、停戦活動を行うためだけに参戦してやる…。私を捕虜にしてこいつらを交渉のテーブルにつけさせてやる。
もし、捕虜となって、命をなくすことも、血を流すことも、ちっとも怖くない。この暴力と欲だけを求めて生きている者どもとは、私は違う。
人としての、尊厳を貶められること、浅ましい奸計を巡らせる儀がない行いが、私は死ぬよりも嫌だ。
マベリアはそんな考えに支配されながら、一刻も早く、この場から立ち去りたくなった。
そして、王に体調がすぐれません。自室に戻ります…と、耳打ちをして席を立とうとした。
そのマベリアの手を、母リィナが爪が食い込む程に無言で握りしめた。
「お離しください、お母さま。」
目も合わせずに、リィナは、ギリギリと腕を締め付けてくる。爪を食い込ませるほどに強く怒りに任せて話そうとしない。
「妃であるあなたが、初めての議会の場を、己の体の不調如きで後にするとは、皆に示しがつきません!」
感情的になった母、リィナが、炯々と怒りに光った目をじわりと向けてくる。マベリアの背中に、ぞわりと悪寒が走る。
抗うように、小声で怒りを含んだ声で言い放つ。
「お母さま、あなたが、妃の職位を新たに拝命すれば良いではないですか!あなたの事をだれも認めてくれないが故の私への嫉妬ですか?いいですよ?私はいつでもこの職位は手放します!お母さまであれば、きっと立派に王様に寵愛を受ける妃様になられるでしょうに!」
リィナが引き寄せたマベリアの左手は、血の筋が這いずるように流れ滴り落ちた。
「きっと、王もその方がお楽しみも増えるでしょうに!」
ダメ押しに、言い放った一言に、リィナは、想像もつかないような怪力を発揮して、マベリアを引き寄せ、己の娘を食いちぎらんとする形相で耳打ちをした。
「お前は、一体何様のつもり?この神聖な議会の中で、一体、何を言おうとするの?誰がお前を産んで、誰がこの城の…お前なんか、生まなければよかった!お前のような子は、今すぐ死んでしまえ!」
マベリアは、幼少の頃から、幾度となく繰り返されたその言葉に、ふっと力が抜け、膝をついた。
今は、恐ろしい暴力も怒声からも解放された。なのに、生まれたことが間違いだったのだと、夜に目を覚まし自分の命を呪い続けた過去が蘇ると、全身から気力が失せていく。
「マルム、マベリアを椅子へ。」
勝ち誇ったように、母であるはずのリィナが、マベリアを蔑んだ目で一瞥し、際限なく繰り返される暴力と欲をどう満たすかという、議論へ目を落として、満足そうな微かな笑みを浮かべた。
マルムは、マベリアを抱え上げるときに、その体の重さや感触に気を取られながらも、興奮気味に荒くなっている鼻息を、気取られないようにするので、忙しかった。
マベリアは、もう、何もかもどうでもよくなっていた。
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