第2話:居場所のない、ひからびた技術者
空が蒼くて、目が眩むような午後。
巨大な基地倉庫や、管制塔全部が光で、黒く焦げ付いたような影に沈んでいた日。遠くで何かのデモのアジテーションの声が聞こえている。
どんどん、このあたりの街は、きな臭くなっているけど、まぁ、どうでもいいかな。そう思いながら、見上げた空の上は、こんな輻射熱とは無縁だろうなと、鉄製のロールキャブをゴロゴロと押しながら、アフタという整備士は虚ろに考えていた。
アフタの外見を一言で言うなら、みすぼらしい。
そして、惨めったらしい。そんな男で、鼠色の体格に合っていないダボダボの整備服を裾まくり、袖まくりして着ていた。
アフタは、今日の作業は、この暑さを見込んで単純作業にしていた。
作業をしながら、整備士のアフタは考える。
新聞の一面記事の隅っこに載っていた小さな記事。それが気になっていて、なぜ気になったのか自分でも理解できず、国際技術連合が世界的に提供している『世界通信データネットワーク』の中で、寝る間を惜しんで検索を繰り返していた。
胡散臭さ満載で、ソース不明なデータもあるが、その気軽さ故に、最先端の技術や、真実を最速で手に入れることができることもごく稀にあった。
要は、探す人のスキルの問題だ。
アフタが気になった新聞記事は、新しい通信関係の話。
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【国際技術連合による、前世紀の遺跡の立ち入り調査開始。世界同時配信へ一役オブラビア歴100年の完成を目指す】
第三文明人の遺産。浮遊要塞の再利用の話が国際技術連合により持ち上がっている。浮遊要塞は成層圏界面(高度約50km)程を移動し続けており、国の管轄・所有が不明確なため開発調査が遅れていたが、前世紀の技術へアプローチを行い、新しい情報通信ネットワークを構築しようと言う構想が立ち上がった。
この独自通信に関するデータは、現在の地上の通信とは切り離された、独自のネットワークになる。5年後のオブラビア歴100年の記念行事のインフラ開通をセレモニーイベントの一つとなるため、完成を急ぐ。
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ふわふわと成層圏の界面に浮かんでる【太古の遺跡】を利用して、独立した情報通信ネットワークを構築する。今ある既存のネットワークからは切り離し、別のネットワークで大容量の高速通信を実現する研究が始まると言う。
研究スタート段階であり、国家が割り当てている予算もさほど高額ではないため、ニュース性に乏しいと判断されたのか、それでも、新聞の一面の中を賑わせる一つとなっているというのは、新聞社の中にも、自分と同じ気持ちを抱いている人がいると言うことかなぁ…と漠然と考えていた。
あまり、期待されていないプロジェクトは、ぶち上げたはいいものの、打ち切りになることも多い。これも、その類のものかもしれない。
漠然とそう考えながら、一度この記事を書いた新聞記者と会ってみたいと思いながら、部屋の壁に切り取った新聞記事をピンで貼り付けた。
虚ろにそんなことを考えていると、高音の耳鳴りのような音をさせて、重機兵と呼ばれている人型の機体が整備士のアフタの五十メートルの向こう、至近距離と言っても過言ではない位置につけて…唐突に着地した…。
整備士は、至近で起こったミサイルの着弾に近いイベントにも動じずに、目の端でそれを認め、ほぉ…と声を微かにあげた。
日に照らされていて、余りにも熱を持った滑走路は、陽炎が立っていた。強引に着地した『重-機甲騎兵』(人型の兵器)は、灼けたゴムの匂いをさせていて、着地した時の勢いで起きた風が、きな臭い臭気を運んできた。
一瞬の爆風のような風で整備服の開いた胸元から風が打ち付けるように飛び込んできて引きちぎるように風を孕み、腰を落としているにもかかわらず、整備士のアフタをよろめかせた。
その空でこそ自由に飛び回ることができる『重-機甲騎兵』略して、『重騎兵』と呼ばれる機体は、本来地上においては鈍重で、重量のため、着陸にもかなりの技術と繊細さを要した。なのに、この機甲操兵は、派手な怪鳥が鳴くようなスリップ音を発し、二度ほど横回転するだけで一瞬にして着地していた。
素人目には、事故かと思われるような、慣性の法則を一瞬で消し去るアクロバティックな動きだった。
その異音と鼻をつくゴムが焼けるような臭気。
着地に呆けたようになって滑走路の日陰に身を隠していた虚な目をしたスタッフや、機甲操兵達は、夢を見ているかのように、ふらつきながら、覚束ない足元で日陰から出てきた。
皆が一瞬何が起きたかわからなかった。
いや、そもそも、何もわかっていなかった。
「あの短距離で着地できるのか!」
その認識が脳内で繋がった瞬間に周囲がザワついた。
その、無茶な着地を実現させた『重騎兵』の操兵はキャノピーを跳ね上げ、飛び降りてきた。
再び小さな背中を丸めて軽量化された重騎兵のフレーム部品整備作業をしてるアフタに向けて駆け寄る。
「なぁ!君の名前は何だ?! 」
その操兵、いわゆる一般的にはパイロットと呼ばれる彼は、問い詰めるように話しかけた。
整備士は答える。
アフタ…。
髭で顔が隠れるような風体の彼は呟くように言った。老人のように見えた彼は近寄ってみると思いのほか若い…。
「君は、パイロットなのか?
なぜ、あんなチューニングができる?」
矢継ぎ早に質問をする操兵を少し鬱陶しく感じながら、バレたか…と内心相手を値踏みするように、チューニングに関する質問には答えず、逃げるように言葉を返した。
「僕は整備士でアフタだ。6番のグリッドの整備班長だけど…。班長といっても、僕しかいない。小物の調整整備専門。君の『重騎兵』は僕の担当じゃないけど…。」
実際には、たどたどしく喉の奥から押し出すような声で、どこまで聞き取れたかはわからないが、アフタは、相手の反応など気にせず続けた。そもそも、相手に興味がないのだ。
「それとね、ねぇ、あんな派手な着地はしないほうがいいよ。才能は隠しておくもんだ。今まで通り…。ほら、君の重騎兵に興味持った奴らが群れている…。」
そう言われて、操兵のトーケンは自分の『重騎兵』を見た。
見事に操兵の彼に興味はなくて、システムユニットをラインを引きちぎりながら引きずり出して検証していた。
「君は、上手に才能を隠して生きてるね。
あれだけの腕を持っていながら、だれも君に興味を示さない…。」
勝手に、屍肉を貪るみたいに群れている奴らの方を指差し、言う。
「君の『重騎兵』興味本位で分解されるよ?君はかなり、馬鹿にされてるなぁ…。あれ、君のだろ?」
トーケンは口の端を歪めて、苦笑いをつくって、手でふわふわとハエを払うような仕草をしてみた。どうでもいいと言うような仕草だった。
アフタは「君の名前は?」と聞いた。
トーケンは自分の名前を告げた。自分の機体に群れ、喧々諤々と議論している奴らを見つめながら、「操兵の腕前なんて、僕は戦果さえあげてないのに、なぜわかる?そんなこと。」と苦々しい顔をして問う。
「もともと、僕も重騎操兵だったからね…。
機体の癖とか…関節だったり、装甲のすり減り方とか見たら…。それと、君の体つきかな…?」
「そして、君の重騎兵は、なかなかに良いロットみたいだけど、反応がよくなかっただろ?電気信号を送るのに、コンマ何秒かズレる。旧式のTYPE-Gのコネクタ接合部のノイズだとか、量産機にありがちなコストダウンシリーズだからね。
そこを変えるだけで、ずいぶん、乗り心地は違うだろ…? 」
そう、言ってはみたものの、アフタは自分の言葉に納得できないような顔をして、舌打ちをした。
明らかに、自分のついた嘘に辟易したような仕草だ。
ちらり、と目線だけでトーケンの顔を見た。
夏の暑さのせいだろうか、誤魔化すのもめんどくさいほど疲れてたからなのかもしれない。アフタは間を置いて自分の嘘をつき通すのをやきらめたように続けて話した。
「というのは、建前で…。
監視システムへ、この『重騎兵』は、電気信号を随時送ってるんだ。フィードバックして引き戻してtrueなら実行、falsなら実行しない。そんなことをやってるんだよ。コンマ何秒かの間に…。
君の頸椎の奥に仕込まれてるチップの中と連動しててさ。
99.99%がtrueだと分かっていてもね。ほとんどfalsなんか返しやしない。なのに、そんな通信が常時行われてるんだ。馬鹿げてるだろ?
それを無効化するように配列をね…。」
アフタは、顔も上げずに小さな抑揚のない早口で告げる。
きょとんとした顔で、それって、難しいのかと聞く。自分が操作している機械であっても、トーケンにはよくわからなかった。それもそのはずで、アフタが秘密裏にこれまで調べ上げてきた、彼しか知らない秘密の機構内部内の知識概念だったから。
「今から話すことも、さっき話したことも、ここで話したことは、全部言っちゃだめだよ。」と念を押す。自分の能力を相手に低く見せようと努力する人間は、信頼できるはずだと、アフタは思いこもうとしていた。そして、ため息まじりに話す。
「あのね、難しくはないけど、廃棄されたマスター専用機くらいの機体の一部があるとパーツが取れるからね、通信を無効化させるカウンター信号を発生させるやつをね、手に入れて組み込む…。近くで戦場があれば、出かけて行って、機体の墓場荒らしするよ…。落ちてる機体なんて誰も興味持たないけど…。宝の山なんだ。」
そう言って、すこしため息まじりに念を押す。
「これって、犯罪かな?捕まりたくはないんだけど…。本当に黙っててよ?」
トーケンは口を引き結んで、うなずいた。
アフタは顔も上げずに、また話し始めた。
今更だが、自分の口の軽さを、うじうじと後悔していた。なのに、その後悔が更にアフタの口数を増やす。
「トーケンくんは、誰を代わりにエースにしようとしてんの? まぁ。そいつを守れないなら、守る気がないならやめときな。キミがいない時に、その子死ぬよ?」
髭面のアフタは、自分でも本気で喋りすぎてると思いながら、自分の頭を両の手で猿のように掻きむしった。まるで、頭の中のノイズやエラーを掻き出すように。
「いや、僕は誰も守らなくてもいいんだ。マベリア妃さえ守れればそれでいいんだ、成果を上げてしまえば、きっと操兵隊の中でいろんな役目が降ってくるから…」
髭面のアフタは、かきむしる指の動きを止めて唖然とした顔でトーケンを眺めた。
「出世したくないの?キミは?」
「まぁ…ね、これは内緒だよ」
トーケンも、アフタと同じように嘘をつけずに苦々しい思いを表情に浮かべながら言った。
「おい、トーケン、その狂ってる奴と話すのはやめときな!」
高いソプラノのオペラ歌手のような声量で、マベリア妃が明らかに不快な顔をして歩いてきた。トーケンを管理したい母親のようだった。フライトスーツを着ている。
(何事だろう?)とトーケンは訝しげな顔をして見ていた。
「ほら、ママが呼んでるよ。きみの…。トーケン。」
マベリア妃のおかげで、トーケンから解放されそうだと思ったアフタは、少し落ち着きを取り戻し、マベリアを横目で見ながら言った。
「そうそう、トーケン、キミの重騎兵は修復しとくから。」
マベリア妃は、トーケンが話している狂人のような整備士のアフタと名乗る男に、興味をなくし、トーケンの重機甲兵器に群がる彼らを追い払っていた。
爪先の尖った軍用ブーツで蹴ったり鉄パイプで殴ったりしている。
アフタは、階級があればそういった暴力行為も正当化されるのだと、醒めた気持ちでマベリアを眺めていた。
マベリア妃は、トーケンを早く来なさいと呼ぶ片手間に、再度整備士や、機甲操作兵などを叩き続けている。早く行かないと、より深刻な流血騒ぎになりそうだ。
「今日さ、重・軽 双方、機甲操兵たちのミーティングあるんだ。来ないか? 君は、マスターがいないんだろう?外出許可証いらないよな?」
マベリア妃に呼ばれながらも、それでも立ち去り難い気持ちがあったのか、振り返りながらトーケンは駆け出し、声をかける。
アフタは、顔を上げた。
じっとトーケンの顔を見て言った。
「僕はやめとくよ!会議って柄でもないから!」
期せずして、大きな声が出た。最近ずっと出したことがない声で、恥ずかしかった。
ずっと一人でやってきたから…と、そのあとトーケンには聞こえるはずもない声で独り言のように呟いた。
アフタは、誘ってくれたトーケンに対して驚きながら、それでも、心の準備が出来ずに断った。その誘いの言葉に少し心を奪われたのも確かで、誰かに誘われたのも初めてだった。
気後れした自分を、少し後悔しつつも、居心地の悪いような、心がざわつくような感覚を抑えきれずに、頭をかきむしりながら、水場へ行き、水道の蛇口から出る水にしばらく頭を打たせるままにしていた。
「なんなんだろう、あのトーケンって言うのは」
アフタには、仲良くしようと言う人間はおろか、話しかけられもしなかったから。普通に皆がするようなことを話しかけられるだけでも、意図を掴みかねた。
トーケンに、なに一つ意図はなくても。
なに一つ意図がないだけに、アフタに答えは出なかった。
普通の人間であっても、貴族であっても、奴隷であっても、ずっと一緒にいる相手であっても、他人のような間柄しか構築できないこの世界の中で、奇跡のように特定の人物とは、一気に短期間で身内のような親密さにまでなれることもある。
アフタには経験がなかったが…。
人と人との関係は、時間ではなく、お互いの世界観と思いの深さの問題なのかもしれない。
ずぶ濡れになったアフタは、ようやく気持ちを整えて、トーケンの重機器へ足を向けた。
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