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僕の父と母の不幸なところは、この世で一番向いていないことが二人とも同じ一つのことだったというところだろう。それ以外のことはまるで似ていなくて、得意なことも好きなことも休日の過ごし方も好きな天気も違うというのに、子育てがへたくそという一点が共通していたがためにどちらかに押し付けることができず見事なまでに失敗し暗転し座礁して転覆した。何がって、人生が。二人は地元で有名な犯罪者になってしまった。
特に幼児虐待とか、うるさいころだったし。
恨みもしたし憎みもしたが大きくなって彼らと会ってみるとむしろ同情しかわかなくなってしまった。
いい人たちだった。
いい人たちなのに、実の息子に、「いい人たち」と遠目に評価され、一生ついてくる汚名を背負い、なにより、実の親を「いい人たち」などと評する息子のせいでそんな目にあっている。
僕はいい子になりたくなった。
いい人たちの子供としてふさわしいいい子になって、そうすればちゃんといい家族が作れるんじゃないのか。僕のせいでいい人でいられなくなった二人を何とかすることが出来るし、なによりあの人たちに早く帰って欲しいという顔をされなくなるんじゃないのか。
二人は僕に「ごめんなさい」と何度も言ったから、僕はその何倍も「ごめんなさい」といわなければいけないような気分になる。子供に向かってごめんなさいなんて言いたくなかったろうに言わせてごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ここから出して。
「だってここには音がないんだ。暗くて静かで誰もいないんだ。寒いよ。音がないんだ。ざーざーするんだ。音がないからざーざーするんだ。耳がざーざーするよ。うるさいんだ。僕に関係のないことばっかりだ。おはようとかおやすみとかいただきますとかごちそうさまとか僕の知らない言葉をみんな使うんだ。ざーざーするんだ」
***
僕は病気なので、たまに吐いたり叫んだりする。
みんな迷惑そうにする。
***
僕の目玉が正常になったとき、乙町が膝枕してくれているのを何故だかすぐに理解してしまって、あんまりびっくりしたからもう一回頭のイタイ子になってしまうところだった。
「AVがお釈迦になってしまった」
「そう」
「嘘だよ」
「知ってる」
乙町の声が意外と静かだったから、ひょっとすると膝枕というのは気のせいかもしれないと僕は思い始める。
「僕はさ」
「うん」
「いい子にならないと駄目なんだ」
「そうじゃないとみんなが困るから」
「うん、兎が寝てるとびっくりする」
「申し訳ない」
「うん」
申し×な×。
次の日、緒地が別のキャンパスに移ると言い出した。
***
ある研究施設の作りつけてある、うちの大学の別のキャンパスに移動しなくては、緒地のしたい実験が出来ない。つまりはそれだけのことなのだけれど、僕と乙町はびっくりしてしまって、びっくりしているうちにおいていかれてしまった。やつがいなくなったとたん僕達は家で何をしたらいいのかさっぱりわからなくなり、余計体に悪い飲み物を飲むようになって、気がつくと裸で隣り合って寝てい×りだとか×繰り返した。
僕はたびたび自分を見失うようになった。
大学での居場所はいよいよ無くなっていた。――どう話が伝わったのか知らないが、僕が酷い酒乱だということになったのだ。おおむね間違いではない。僕が悪酔いしたのが酒でなく喧噪だったというそれだけのことだ。酒の席で突然統制を失って、訳のわからないことをわめいて自傷した僕のことを、さすがにだれも、知り合いだと思いた×らなかったのだ。僕の生活と人間関係は完全に破綻していた。
誰かに×けて欲しかった。
「いい子にならなきゃいけないんだ」
「本当にそうなの?」
「だって迷惑じゃないか」
「別にそうでもないよ」
「君だってそういってたんだ」
「今はべつに」
そんなことを、寝不足の、真っ赤な目で言われても辛いだけだ。
兎みたいな目になって。
「今はべつに」
と××は繰り返す。
「兎はね、なんで寂しいと死んじゃうかっていうとね
「耳が大きいからなんだよ
「良く聞こえるから
「自分がひとりぼっちなのが良くわかって
「余計さびしくて
「狂って死んじゃうんだよ」
「別に、もう、兎をさらってこなくても、私はさびしくないからいいの」
真っ赤な目でそういわれて、
僕は乙町を振り払って逃げ出した。
寒かった。当たり前だ。僕は何も着ていなかった。部屋を飛び出してからそれに気づいて、おろおろした後緒地の部屋に逃げ込んだ。合鍵を×ったのは初めてだった。大家のお爺さんに鍵を返していなかったのか、それとも×地が勝手に作った鍵だったのか、なんにせよ、荷物の引き払われた殺風景な部屋にぼくが×××て×るとは乙町も思×まい。なぜ彼女から逃げ×したのかもわからず、僕はその場で×を抱えた。
殺風景な部屋。
あの部屋に似て×る。
僕の意識がまた千切れてノイズにまみれ意味を失いそして
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