13、最後の試練
「おまえを愛しいママに会わせてやるぜ。おいこらっ! ちゃんと目え開けてるんだぞ!」
令二は優一郎を襟首に持ち替えて引きずっていった。
岩の上にリュックサックが置かれている。
地面に片方脱げた靴が転がっている。
引きずられてきたのは、満里奈と滋の消えた縦穴の所だった。
「ほら見ろ! 俺はちゃんと約束を守ってやったぞ!」
ミラノが木にもたれかかっていた。眠っているようだ。
「それなのに………、よくも裏切りやがって!!!!」
令二は泣いていた。生への執着と希望が、打ち砕かれ、死が、己の身にも迫ってきた。
絶望が、令二を本物の鬼に変貌させた。
「おまえへの罰だ。まずは、あの女を!」
優一郎を地面にうち捨て、ミラノの所へ歩いていく。優一郎にしたのと同じように髪の毛を鷲掴みし、顔を上げさせた。反応せず、やはり薬で深く眠っている。
「さあーて、どうしてやろうかな?」
令二は残忍な顔で笑って、優一郎を振り返った。
「おまえには最高に苦しむ死に方を用意してやる。逆さ吊りにして鼻に穴を開けてやる。頭に血が上って、鼻に血が溢れてきて、ガンガン頭痛がして、呼吸が苦しくって、だがすぐには死ねない、苦しんで苦しんで、最後まで苦しみ抜いて死にやがれ!
まずその前に、この女の死んで行くところを見せてやる。
…………そうだ………………」
令二は最高に残忍に笑った。優一郎の所に戻ってきて、
「来い!」
腕を取って引きずっていく。ミラノの隣に置かれ、令二はその木で首吊りの準備……直接ロープを掛けられる太い枝はないので、ひとまず細い枝の上に投げて引っ掛け、向こう側に回って同じ高さに生えている反対の枝にまた投げて引っ掛け、それをもう1セットくり返した。
ロープの輪っかを眠るミラノの首にかけた。緩く引き絞る。
「おらっ!」
優一郎の頬をビシビシ叩き、無理やり目を開けさせた。
「おまえにもう1度だけチャンスをやる」
ニンマリ笑って、それがまともなチャンスでないのは明白だ。
「ほら、ここだ、ここだバカ!」
優一郎の体を引っ張って、ミラノの前に、背をミラノに向けて座らされた。
「どっこいしょ、と。ハハ」
令二はミラノの両脇を持って立ち上がらせ、後ろに回って抱きかかえると、片脚ずつ持ち上げて優一郎の肩に置かせた。腰を前に押し出し、ミラノをしっかり優一郎の首にまたがらせた。
「おら、しっかり持て! 立て! 立つんだよ! 立たねえか、バカ野郎!」
さんざん尻を蹴られても優一郎は立ち上がろうとはしなかった。
「立たねえ気か? なら、こうだ!」
令二はロープをぐいっと引いた。上の枝で幹を一周したロープは摩擦しながらも引かれ、ミラノの首に掛けられた輪っかを上に引き上げた。
「おらおら、立たなくていいのか? おらあっ!」
令二は自分の腕に巻き付けながらロープを引いていく。幹を回った輪が締まって動かなくなると、腕を振って波を送り、締まりを緩めてまた引く。ロープがピンと張り、ミラノの首に掛けられた輪っかを引き絞っていく。薬で眠っているミラノも、肉体が命の危険を察知し、優一郎の首をまたいだ太ももが反射的に締まった。
優一郎は首がミラノの太ももに締めつけられる苦しさに負けたわけではなく、
(このままではミラノさんが死んでしまう)
と思い、膝を起こし、足を踏ん張った。
優一郎のやる気を見て令二は喜んだ。
「おっ、いいぞいいぞ。頑張れえっ!」
優一郎は悔しさで奥歯を噛み締めた。ミラノは、ひょっとしたらこのまま、何も知らないまま死ぬ方がいいのかも知れない。けれどそれは優一郎が嫌だった。殺人鬼となった令二の汚い手で殺されるなど、可哀想だと思った。
優一郎は意地でも立ち上がろうと頑張った。しかし、ミラノの尻はずしりと重く、足にはまともに力が入らず、とても腰が立たなかった。
「あーあ、だらしねえなあ」
見かねた令二が助けてやった。
「おら、手伝ってやるからしっかり立ち上がりやがれ」
ミラノの脇の下を持ち上げ、優一郎の尻を蹴り、優一郎はよろよろなんとか立ち上がった。よろめくと、
「倒れるな! いいか、よく聞け、おまえはこのままこの女を肩車して立ってるんだ。ほら、こうして女は木にもたれさせてやる。だが、おまえが力を抜いて座ったり倒れたりすれば、グイッと、ロープが女の喉を締め上げるぜ? へへへ、いっそひと思いに楽にしてやろうっていうんならそれでもいいが、いいか? おまえが、この女を殺すんだ! 俺を人殺し呼ばわりした罰だ。おまえも、死ぬ前に人殺しになれ!」
令二がミラノを幹にもたれさせ、手を離した。優一郎は慌てて上体を支え、足を踏ん張った。令二は素早くロープをたぐり、ごく緩くロープが張った状態で幹にしっかり巻き付け結びつけた。
のんびり前に回ってきて、笑いながら見物した。
「そらそら頑張れ。ほーら、ロープが締まるぜ?」
優一郎は顔を真っ赤にして頑張った。腰がガタガタ震える。曲がろうとする脚を踏ん張ると、忘れていた激痛が膝から股の付け根まで突き抜けた。顔がブルブル震えてとっくに干上がったはずの汗が噴き出してきた。よろめくと、一瞬ミラノが軽くなった。慌てて支え直す。軽くなったのは、それだけミラノの喉にロープが締まった証拠だ。
令二がニヤニヤ憎ったらしく眺めている。
ブルブルガタガタ震えて耐える優一郎は、頑張りながら、意識が朦朧としてきた。
自分に問う、
いつまで頑張れる?
いつまで頑張ったらいい?
もうやめるか?
どうせミラノさんは助けられない、
あいつの言うとおり、いっそひと思いに楽にしてやった方が…………
「……………………」
ビクリとミラノの股が優一郎の顔を締め付けた。意識は眠っていても体が目覚めようともがいている。優一郎は嘘のように大きくブルブル震え、顔を真っ赤にして残り少ない体中の水分がすべて噴き出すように大量に発汗しながら踏ん張り続けた。
自分でも思う、
なんでこんなに無意味なことに頑張る?
どうせ死ぬんだ、殺されるんだ、
そもそも、
どうしてこんな所までわざわざはるばる、
死にに来たんだ?
「いやだ…………」
優一郎はつぶやいた。令二が『あん?』という顔をする。
「僕は……ほんとうは……死にたくなんか……なかったんだ……………」
令二が大笑いした。
「ギャハハハハハハ、おまえ……
ほんっとうの馬鹿か?
今さら、
死にたくなかった、だあ?
ギャハハハハハハハハ」
腹を抱えて大笑いする令二を見ながら、その視界がぼやけてきた。
ミラノさん……
ごめんなさい……
僕は、やっぱり……
クズです………………
人生最大の後悔に苦しみながら、優一郎はとうとう試練に負けた………
ザザッと背後で音がして、令二は振り返った。
バアン、と、何かに顔面を殴られた。殴られると同時にそれは粉々に砕け、令二の顔面の肌に散り、目や鼻や口に散った。
「ギャアッ」
殴られたそのものより、その後で襲ってきた細かな破片の方がものすごい痛みを与えた。
「…………………」
唾を吐き出し、そのザラザラしたものは錆の味が濃厚にした。
襲撃者を恐れて激痛の目を必死に開くと、
「!?」
ヒッと息をのむ顔に、今度は硬い物がカアーン!とクリーンヒットした。
よろめく令二の後頭部にもう一撃来た。そして、
「!!??」
令二は頭から地面に突っ込まされた。しかし頭が地面に激突することなく、スポン、と、狭い空間に突き抜けた。
事態を想像して令二は恐怖した。必死に暴れる。しかし強い力が令二の体を押さえつけ、グイグイ、押し込んだ。
「うわああっ、やめてくれーっ、た、助けてくれーーーーっ!!!」
ジタバタと令二は暴れ、しかし狭い空間でそれは無駄な努力で、かえって、
ズルズル、ズルズル、
令二を狭い闇の底へ落とし込んでいった。
令二は悲鳴を上げ続けた。しかし、それはどんどん落ちていき、やがて外からは聞き取れなくなった。
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