第29話
今日という日は素晴らしい一日だ。こうして朝、まぶしい日差しを浴びることで、生きていることを実感できる。そんな朝から恥ずかしいことを言ってしまえるくらいには気分が高揚していた。今日は珍しくあの愛好会に一刻も早く行きたい気分だ。
今朝の私は一睡もしていないことからならる深夜テンションと、夢と希望に満ち溢れていた。しかしまあ不安も残ってはいるのだが。そして授業中は気分晴れやかに眠ることができた。いろいろと快眠である。
「失礼します。え、ちょっあ、つつつ土中さん久しぶり!!」
「あ月山君久しぶり。なんだか今日はテンション高いね。元気そうで何よりだよ。」
数年ぶりにあったわけでもないのにそんな挨拶を交わしてしまった。どうやら私の動揺には気づいていないらしい。せっかくのイメージを壊したくはない。というか動揺するなら土中さんの方だと思うのだが。
「そういえば先輩がいないけど、まだ来てないのかな。」
「あ違う違う、今日は会長生徒会の方に出てる日だから。今日は琥珀だけだったの。」
そういえばあんななりでも生徒会長だったのをすっかり忘れていた。あの性格だし無理もないだろうと。しかしまあ何というか都合よく、こして二人きりになれてしまったわけだが。話を切り出すタイミングが見当たらない。
「そ、そうだ土中さん。土中さんはどこか先輩みたいに遠征?というか校外学習に行ったりするの?」
「うーん校外学習っていうか、私の場合大体は友達とコレで調べてるからねー。先輩みたいにどこかに行ったりすることっていうのは基本ないよー。」
そういって土中さんは私にスマートフォンを見せてくれた。どうやらインターネットの記事を見ているらしい。
「実際のところこういうネット記事って、あたってることってあるの?私はインターネットとか使わないから。」
「え…、月山君インターネット使わないの!?よく生きていけるねそれ。今の時代、ライフラインみたいなものだよこれは。いつもどうやって生きてるの?ちゃんと生きてる?」
インターネットを使わないだけで生存確認されるとは思わなかった。確かに今どきJKということでものはご飯を取って、写真を撮ってアップ、お菓子を取って、写真を撮ってアップ、事件が起きたらハリアップ、ついでに体重もバリアップみたいなそんな生活を送ってそうなイメージではあるけれど。
「まあスマートフォン持ってないからさ、使おうにも使える環境にないんだ。それに勉強なら辞書とか使えばいいし。」
土中さんはまるで骨董品を見るような目で私を見ていた。辞書はアナログではなくデジタルなのだけど。
「そっか、月山君はそんな生活を送っていたんだね。そっか、そりゃ道理で友達作るの大変だよ。そっか、残念だなー。」
いろいろといいたいことはあったのだがとりあえず。
「なんで土中さんが残念がってるの?友達なんて2、3人いればいい方じゃないの?」
「女の子は生きていくのに友達が必要不可欠なのです。それとほら、だって月山君の連絡先とか知らないし。スマホあったらすぐだったのになって。」
女の子は生きていくのに必要なものが多いようだ。しかしそうか、土中さんは私の連絡先が欲しかったのか、そっかそっか。
「あ、連絡先が欲しかったのは愛好会の連絡をするためだから。」
とは言って欲しくなかった。心底残念だ。
「なんか今日の月山君変だ。すぐ表情変わる。それに琥珀のこと聞いてくるの割と珍しい。」
なぜだか分からないが疑いの目を向けてくる土中さん。全く気取られて恥ずかしくなるのはどっちだ。
「いやほらさ、土中さんと話す機会ってあんまなかったし、いつもはここに変態がいるからそっちで手いっぱいだし、土中さんのその、何研究テーマ?恋?だったよね、ほらやっぱ健全な男子高校生としては興味あるし、それにほら自分の研究にも関係あるかもしれないじゃん!」
「なんかとてつもなく早口で疑問形ばっか。余計に怪しい。とはいえ月山君の研究に私の研究が関係ある…関係ある!?」
そういうと突然顔を真っ赤にする土中さん。自分の研究テーマが恥ずかしくなったのだろうか。とっさの言い訳だったが何とか追及を免れて安心した。
「しょ、しょしょしょんなに琥珀の研究が気になるんだったらまた見せてあげなくなくなくなくなくなくないけど、見たいの?」
「見たい見たい、すごく見たいとてつもなく見たい、とんでもなく見たい。」
そういうと泣きそうな目で泣く泣くあのレポートを見せてくれた。もしもこのレポートの超極秘ページの内容が私の知っていることなら、というか私のことなら、それはつまりあのメモ帳の意味も、私に多少なり協力的なわけも説明がつく。
しかしこれでは分が悪い、超極秘ページを見ようものなら取り上げられてしまう。何とか土中さんをこの部室から出し、超極秘ページを閲覧する方法はないものか。
「あ、そうえば土中さん忘れてた。ここに来るとき先輩に手伝ってほしいことがあるからすぐに生徒会室に呼ぶように言われてたんだ。」
「え!本当に、そっかじゃあごめんちょっと行ってきます!」
そう聞こえるか聞こえないか、勢いよく土中さんは部室から飛び出していった。こんな時くらい先輩を出汁に使わせてもらおうではないか。急いでレポートの超極秘ページを開く。見るとページに日付けがふられている。
どうやら日記のような形式でまとめているらしい。しかしこれは相当な量だ。おそらく年単位でページが存在する。じっりと読みたいところだが土中さんがいつ戻ってくるかわからないため流し読みせざるを得ない。見るとちょうど今年の1月1日から書かれている。
「クリスマスも初詣も遊びに誘ったが相手にされない。学校が再開して、いつも通り話しかけても全然かまってくれない。バレンタインでチョコレートを渡そうとしても避けられる…。」
ただの嫌な奴にしかみえない。そしてある日付けを境に日記の内容は激変する。
「彼が突然学校を転校になった。理由を聞くこともできなかった。先生に聞いても何も教えてくれない。おうちに行っても誰も出てきてくれない。悲しい、苦しい、寂しい、会いたい…。」
この日付は今日からしてだいたい2か月くらい前のものだ。しばらく空白が続き、突然「彼とまた出会えた」と…。そしてその時部室の扉がけり破られた。正確にはそのくらいの勢いと音がした。
「ツ~キ~ヤ~マ~ク~ン、見~た~なぁぁああああ!!!」
この時私は生まれて初めて幽霊を見た。先輩にも見せてやりたかった、というか聞かせたかった。こんなにも近くに、幽霊というか鬼がいたことを。そして再び目を開けたとき、辺りは夕暮れで、温かい日の色に染まっていた。しかし私は冷たい椅子に拘束されていた。そして窓から差し込む光が例の暗幕で遮られる。
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