第28話

「先輩の家はこの近く何ですか?」


「ふふふっ。このチカクであってこの近くではないわ。私は別世界の住人なのだから。」


「まあこのチカクじゃなかったら駅で帰りますからね。」


「安心しなさい、駅まで送ってくれれば十分よ。それに電車も使わなければならないわ。」


駅までと言えども地味に距離がある。帰りに買い物をして帰ることにした。


「ねえ月山君、一様確認したいのだけれど、あなた本当に誰一人親戚はいないのかしら。あと親戚でなくても覚えている人は?」


 病院でも言われたことだが私には親戚がいない。それにいたとしても自分と自分の家族の記憶がない私にとってはただの他人。ただの他人に過ぎないのだけれど、しかしただの他人も思い出せるような人はいなかった。


 今まで過ごしてきただろう小学校、中学校のクラスメイト、先生、近所の住人。誰一人として思い出すことができない。これは人付き合いを極端にしてこなかったということなのだろうか。それとも、それとも私が忘れていたものとは。


「ねえ、あなたが忘れたものって、一重に人間の方が正しいのではないかしら。」


 そういう考え方もできると思う。現に私は誰一人として誰かを思い出すことはできなかった。いくら人付き合いがなかったからといっても小学校なら6年、中学校なら3年。大体は近所の中学校にそのまま入学するだろうから、最高でも9年間一緒にいた人もいるはずだ。


 それなのに、それだというのに誰一人覚えていないのは確かに、今思えばおかしすぎる。人を忘れてしまったと考える方がはるかに現実的に思えてきた。しかしまあ、これだけピンポイントに忘れてしまうものなのだろうか。今度また病院に、いや自分で調べてみることにしよう。


「あなたのことを知っている人物がいれば、いろいろ話も聞けてあなたも思い出すことがあるかもしれないのだけれどね。」


 そういった先輩はどこか寂しそう、というか悲しそうな顔を浮かべていた。こういう時、自分がどういう態度をとればよいのかわからない。わからないけれど、先輩がそんな顔を浮かべてくれたことが申し訳なくて嬉しかった。


「あ…、先輩私のことを知っている人、1人知っています。」



今度は驚いた顔をして、期待した目でこちらを見つめてくる。驚いたのは私もだ。どうして今の今まで忘れていたのか。


「私はあなたのことを知っている。これ結局土中さんってことだったんですよね。」


「あああっ!あのヤンデレ系ラブレターね、確かにそういえば知り合いというか、琥珀ちゃんあなたのことを知っていたんだったわね。どうして忘れていたのかしら。」


「先輩も記憶喪失始まったんじゃないですか。よかった、これで人類は救われる。」


 縁起でもないことをいうなと先輩に叱られながら、私の頭の中は土中さんの、ひいてはあのメモ帳のことでいっぱいだった。どうして土中さんはあんな風に私を呼び出したのだろうか。こんな時、男なら誰しもラブレターだなんて、少しは、数ミリは、脳の容量のうち数テラバイトくらいは思ってしまうものではないだろうか。


 思ってしまうものであってほしい。自分が健全な男子高校生であることを私は心から信じている。まああのメモ帳自体にも疑問は多く残る、どうしてあんなに文字化け?とうかホラーテイスト?オカルト研究会だから?


 などと、とにかく私の頭の中は不安と期待で良くも悪くもいっぱいだった。先輩を駅まで送り、家に帰って食事をしても、いつまでもいつまでも眠れなかったのは言うまでもない。

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