第26話

「………。何も、書いてないですね先輩。」

「ええ……何も書いてないわね、月山君。」


まるで新品のようにこの日記帳には何も書かれていなかった。実際これは新品なのかもしれない。新しく進展があったと思ったら何もなかったなんて、ひどく落胆した。


「まだ諦めるのは早いわ。こういう時は物事を逆に考えるべきなのよ。

いい、あなたのお母様はテンション上がって日記を買ったのはいいけれど、何を書けばいいのかわからずにベッドの下の亜空間に放置するずぼら系女子だったということが分かった。これだけでも成果はゼロではないわ。」


 それは半ば実体験だろうとも思ったが、確かにわからないということが分かっただけでも成果というべきなのだろうか。


 しかし、先輩も私も感じていた冷たい空気、というべきか雰囲気というか、きっとそこには違和感も混じっていたのだろう。先輩も言っていたがこの家はおかしい。不思議なところというか不自然なところが多すぎる。


 先輩が変態であっても、そこには間違いはないだろう、そこに間違いがあったのなら同じように感じた私も変態になってしまうからだ。


「この部屋もこの部屋よ、ここ本当にお母様の部屋なのかしら。あなた他に家族はいなかったの?」


「はい、両親と私だけだったと聞いています。だから女ものの多いこの部屋は女性の部屋、つまり母の部屋だと思っていますが。」


「ものが多すぎる、特にかわいいものが。何よこの部屋、いったい何歳児が住んでいたのと思うくらいよ。まあでも、生まれて来た子が子だから何もおかしなことはないわね。」


 先輩が可愛いと言っていたものは枕元に置かれたぬいぐるみたちだ。女性はいくつになってもぬいぐるみとか、なんか発色の良いピンク系のものが好きなものなのだろうと勝手に思っていたが、先輩曰くそうではないらしい。


 しかしまあなんとも残念なところは、先輩と私の共通認識以外、先輩の考えを否定的に見ている私がいるところである。それとちょくちょくおちょくってくるところも、私の否定的な意識を煽ってくる要因だ。


 ちなみに男性もピンクなものはいくつになっても好きだろう。それを我々紳士よりも早くに好きになっている女性たち…この世界の闇に触れた気がした。


「あなたの頭の中に触れたくはないけれど、今その手でその人形に触れないでもらえるかしら。男の子のピンク好きと、女の子のピンク好きは全然違う別世界の物なのよ、あなたたちが闇サイドだからね。」


この人が超能力者なのではないだろうか。灯台下暗しとはこのことか、と言ってやろうと思ったけれど調子に乗りそうだったからやめた。


「とりあえず最後、あなたの部屋を見てみましょう。」


「いやいやいやいいですいいです、さっき自分で見てきましたから問題ありません結構です。遠慮します。お引き取り下さい。うちにはテレビありませんから。」


「大丈夫大丈夫、ちょっと覗くだけだから、あなたの部屋が闇に満ちていても決してあなたを愛好会及び学校内で除いたりなんてしないわ。」


 いや駄目に決まっているだろう。何のために自分の部屋を先に探索してきたと思っているんだこの先輩は、別に、女子高生に対して恥じらうものなんて何もない。


 私は夢と希望とお宝をいっぱい持っている純粋な男の子だから、別に部屋に入られても何も心配はいらない。


 しかし今、この海賊に偉大なる航路を進まれては困る。この世のすべてをそこに置いてきたというのなら、確かに間違いはないのだけれど、物語は完結しないのに高校生活は終わりを迎えてしまう。


「いやいやだめでしょ。言ったじゃないですか先輩、男子高校生の部屋は聖域だって、女人禁制なんですよ。」


「ええ知っているわ。でも月山君、それは坊やの話よ、チェリー坊やの話。あなたはチェリー坊やでないのだから何も問題ないはずね。」


この先輩は本当にいやらしい。私が否定できないのを逆手にとってこんなことを言ってくるのだから。否定できないのは事実だからだ、嘘をつくのはよくない。


「もういいです好きにしなさい。もう知りませんから。」


「一人称が同じで口調が似ていることがあるからって、同じように言ったって無駄よ。私を騙すことはできないわ。それじゃ好きにさせてもらうわね。」


私の聖域にことごとく侵入していった背教者はほどなくして戻ってきた。

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