第12話

 残念ながら私はこの土中琥珀のことを覚えていなかった。覚えていないのかそれとも単に知らないだけかも、少なくとも私は知らなかった。




「えっと、あなたは私のことを覚えているのですか。」


「うん!もちろん覚えているよ。だって中学校も一緒だったし、お家も近所だったでしょ!もーなにその言い方。高校デビューで2週間以上学校来ないなんてガチ勢だね。ま性格の方は相変わらずって感じだけど。」




 どうやらこの子は私のことを知っているの子で間違いなさそうだ。この部室前に呼び出したことも理解できる。しかし、当然のごとく私はこの子のことを知らなかった。そして私になってからも知らない子だった。クラスメイトだったのだろうか。




「なんだ、二人とも知り合いだったのね。なら話は早い。じゃ、職員室行ってくる。」


駆け出していく先輩を、足をかけてブロックする。




「何するの!危うく顔面崩壊するところだったわ。ほらじゃれてる時間はないの月山君。今日中にこれを職員室に届けなくちゃいけないの。あとでいっぱい遊んであげるから。」




「いや違うだろ、ちょっと待ってくださいそれさっきの入部届でしょ、何勝手に出しに行こうとしてるんですか。」




「え、月山君も入部してくれるの!はーよかった、これで重症患者のお世話を1人でしなくてすむよー。」




心底安心した顔をしている土中さんには申し訳ないが、まだ話は終わっていない。


「いや、そもそも私はこの愛好会に入会するなんて言ってません。とりあえず普段何をしているか、体験入部に来ただけです。」




「ええわかっているわ。ツンデレでしょ。一つ言っておくけれど、男の子のツンデレに需要なんてないわ。そういうのは男子校でやりなさい。まあもっとも初めから闇属性というか陰属性希望だったのなら…。いえ、違う違うわ。そう、あなたバスケ部とか野球部のマネジャー希望だったのね。これでパンツをとっても恥ずかしがらない理由がわかったわ。」




「え、パンツ?パンツをとってってまさか。嘘だよね、琥珀信じてたのに、月山君は男の娘だって信じてたのに。


 はっ!、そっか、ようやく男の子になれたんだね、よかった。いや、待って違う。あんなに昔から男の娘のくせに女の子よりかわいく見えて、男子に人気があって、それで女の子に嫌われていた月山君がそんな簡単に寝返るわけが、え寝返る?え寝返ったの、誰と寝返ったの?それともカモフラージュ?まさかパンツをだしに男の子と寝返るつもりだったの?それとも男の子に寝返るつもり?それとも本当にだしにするつもりだった?」




「いやもういいです。なんかもう疲れました。先輩のパンツで味噌汁作って高校生活最後の晩餐にします。」




「まちなさい、月山君。ここは家庭科部ではないの。まああなたがどれだけ家庭下部だったとしても、もう家庭科部には入れない。さっきも言ったでしょう。もうあなたは職員室に行くことはできないの。


男の娘はさっさと墜ちるに限るわ。私、じらされるの嫌いなの。さあ早く言いなさい、私は超愛好会に入会します、一生先輩の奴隷になると、じゃないといれてあげないわよ。」




 いろんな意味で話にならない。愛好会にしても、この2人の会話にしても。なんだ男の娘って、そんな理由で女子から嫌われていたのか。まあいいやどうせ記憶なんてないし、傷つきはしない。


 傷つきはしないけれど、このままだと噂が独り歩きどころか、50m走始める勢いで拡散していく。今はとりあえず誤解を解くことだけ考えよう。話はそのあとだ。




「まってくれ土中さん。この変態の言うことは事実無根だ。私は男の子だし、仮に昔の私が男の娘だったとしても今は違う。ちゃんと先輩のパンツを盗み出して、ちゃんと自分の城も建城した。なにも心配いらないから。そうやって後ずさりしていかないで。大丈夫、ちょっと痛いかもしれないだけだから、すぐ意識もなくなるよ。何も心配いらない。だからちょっとまって、私を走らせないでくれ!!」




勢いよく開いた部室の扉から、私の悲鳴と全力ダッシュしていく土中さんの足音が廊下に響いていった。




「ほら何してるの月山君。早くあなたの青春を´奪取しに行きなさい。その間に私は職員室に行くわ。大丈夫ここは任せて行って!さあ行って!」




 先輩を座っていた椅子に縛り付け、とりあえず入部届を奪取した後、私は土中さんを探しに駆け出した。ここで走ると今度は先輩にかけられた気がするからやめた。

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