第17話 高くついた代償

 ~ガーネット 7月31日(続き)~


 右腕にこそばゆさを感じ、びくっと体が動く。

 その振動で、ガーネットはふっと目を覚ました。

 まだ半分眠りについたままでその場で横たわっていると、だんだんと意識がはっきりしてくるのを感じた。

(ここは、どこ……?私は、何をしているの……?)

 そう思った瞬間、先ほどの「金を守護する者」とのやり取りが脳裏によみがえり、はっとなったガーネットはがばっと起き上がった。

 急いで辺りを見回すと、そこは先ほどと同じ、地下空洞だった。

 目の前には、祭壇がぽつんと置かれている。

 ふと横に目をやると、小さなアリが、ガーネットから離れていこうとしているのが見えた。

(このアリが、腕を伝っていたのね……)

 表情をやわらげたガーネットだったが、はっと驚いた表情を浮かべると、慌てて瞳があるあたりを両手でまさぐった。

 そこには変わらず自分の瞳があった。と同時に、物が見えているということは、瞳があるということだということにも思い至る。

 ガーネットは、しばし茫然となった。

(私の瞳を交換条件として取引すると言っていたのに、どういうこと?父は、確かに取引をして、この場で両目がないまま息を引き取っていたというのに……)

 ふと、ガーネットの頭に「金を守護する者」が約束を反故し、力を貸してくれなかったのではないかという疑念が沸き起こった。

 しかし、すぐさまその考えを否定した。

 なぜだかわからないが、約束は無事果たされ、イギ国の脅威がソラス王国から消え失せたのは間違いないという自信があったのだ。ミァン炭鉱の暴動を機に始まった頭痛も、今は、きれいさっぱりなくなっている。

 ふらふらと立ち上がったガーネットは、覚束ない足取りで、城へと続く階段の方へ歩いていった。

 そして、ゆっくりではあるが、一歩一歩、地上へと上っていったのだった。


 城に通じる扉が開いた先には、女官長を始めとする女官や近衛兵たちが、心配そうにガーネットの帰りを待っていた。

 土埃にまみれた服を着て、乱れた髪で現れたガーネットを見た彼ら彼女らは、わっとガーネットを取り巻くと、口々に、怪我はないか、とか、なにがあったのか、などと尋ねた。そのたくさんの声にガーネットは煩わしそうに首を振ると、疲れた様子でその場にいた者に尋ねた。

「なにか、変わったことは?」

 その問いに、女官長が答えた。

「はい、陛下が祭壇へと行かれてから少しした後、急に辺りが眩い光に包まれました。その後、すぐに元に戻ったのでございますが……。後にも先にも、こんなことが起きるのは、初めてのことでございます」

 全てを理解したガーネットは、満足そうにうなずいた。

 そして、女官長をあのエメラルドを思わせる緑の瞳で見つめると、口を開いた。

「私は疲れています。ですので、これから私室に戻って少し横になります。戦況を知らせる報告があったら、構わず起こして頂戴ね」

「はい、かしこまりました。

 ……しかし、そのようなお姿で、お加減は大丈夫でいらっしゃるのでしょうか?湯浴みをされますか?随分、お召し物や御髪がお汚れになっているようですが……」

 疲労の色が隠せないガーネットは、首を横に振って断った。

「私は大丈夫です。でも、とにかく疲れているので、横になって休みたいの。お風呂はいつでも入れるように、準備だけしてもらえると助かるわ」

「御意」

 胸に手を置いて頭を下げる女官長や、心配そうに見つめる近衛兵たちをその場に残し、ガーネットは私室へと向かった。

 疲労は極度にたまり、体は鉛のように重い。

 それでも、気持ちは肩の荷がすっと下りたように軽く、なぜか多幸感でいっぱいだった。

 私室の前を警護する近衛兵や室内に残っていた女官たちの驚く顔を尻目に、ガーネットは汚れた服もそのままに、すぐにベッドに入った。

 窓から入る日差しが部屋の中を明るく照らしていたので、カーテンを閉めるよう女官たちに告げると、すぐさま部屋を退出してもらう。一人きりになりたかったのだ。

 横になると、すぐ眠気を感じ、手足の先までじんわりと温まっていくのを感じる。

 意識が遠くなっていき、すぅと体が沈み込んでいくような感覚に襲われたところで、あの甲高い金属のような音が頭の中に直接話しかけてくるのが聞こえた。

「約束は果たした……。引き換えに、お前の瞳をいただこう……」

 まごうことなく、それは「金を守護する者」の声だった。

 油断していたガーネットは慌てて起き上がろうとしたが、あまりに疲れていたためか、体がいうことをきかない。

 しかし、すぐに交わした約束の条件を受け入れ、体の力を抜いた。

 そして、穏やかな気持ちで、心の中で語りかけた。

「ありがとう。あなたの協力に、感謝します……」

「……では、確かにエメラルドの瞳を四つ、頂戴するぞ」

 意識が少しずつ遠のいていく中、ガーネットはわが耳を疑った。

「四つ?四つですって!……あなたが得られるのは、この両目に輝く二つだけのはずよ!」

「……だれが、お前だけから頂くと言ったのだ。……不釣り合いな取引だと言ったことは、覚えていないのか、くくく。

 ……それにしても、お前の息子も輝くようなエメラルド色の瞳を持っているのだな。……確かに、四つ頂くぞ……」

「ちょ、ちょっと待って!……話が、……違うわ……!」

 薄れ行く意識の中、「金を守護する者」の不快な笑い声が頭の中に響き渡る。

 ガーネットは必死に体を動かし起き上がろうとするが、その努力もむなしく、どんどん意識は薄れ、ついにはなくなった。

 そして、永遠に起き上がることはなかった……。

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