第13話 女王、倒れる
~ガーネット 7月26日~
「なんですって!」
「すでに港は抑えられ、イギ国の軍隊は、何ら抵抗に遭うことなくここ王都へとまっすぐ進軍しているとのことです!」
(……してやられた!)
ガーネットはそう思うと、唇をぎゅっとかみしめた。
会議開始直後にもたらされた情報に、その場に居合わせた将校たちはみな、例外なく真っ青な顔を浮かべている。さすがの参謀長も、表情こそ変わらないが青ざめた顔でその知らせを聞いていた。
「……トンに比較的近い、バイステフ炭鉱に駐屯している軍を一部向かわせましょう。少しは足止めになるかもしれない」
参謀長が、いつもに比べると弱弱しい眼差しでガーネットの方を見ると、そう進言した。
「……そうね。……そうしましょう」
かすれた声で答えたガーネットは、口元に手をやった。ストレスからか、口元が痙攣し始める。
「それにしても、やつら、どうやって船を調達して港に乗り付けたんだ?たかだか千五百兵とは言え、それ相応の船数を必要としたはずだが……」
「どうせ、セガラ連邦が船を回したんだろう。やつら、金さえ積めば何でもする」
「……それにしたって、イギ国が海から攻め込んでくるとはな……。初めてなんじゃないか?
……今回の作戦は、悉く裏目に出ているな」
「……おい!」
肘で小突かれた将校は、ガーネットを見ると慌てて口を閉ざした。それほど、ガーネットは暗く沈み込んでいるように見えたのだ。
(悉く裏目か……)
確かにその通りかもしれない、と、ガーネットは思った。王都の守備隊は、ジェイドの指揮の下、昨日のうちにここ王都を発ったばかりだった。もちろん呼び寄せるのは可能だが、それではフォリーシュの防衛に心許ない。
フォリーシュへの侵攻が報告されて以降、続報が次々に寄せられてきている。予想していた通り、ファラ川流域には後続の軍隊が控えており、最終的に相手の軍は七万兵にも上った。侵攻目的は、過酷で劣悪な環境下で働かされている炭鉱夫を開放するため、とのことらしいが、イギ国には全く関係のない話であり、はなはだ国政干渉でしかない、というのが、この場に居合わせた全員の一致する意見であった。
フォリーシュにいる部隊は、援軍が到着していない中、必死に防戦している。それでも、兵数が少ない相手に苦戦を強いられていること自体、ガーネットにはなんとも歯がゆく感じられたのだ。
しかし、この軍事力の差こそ、両国の力の差なのだ。
そんなところに、海からの奇襲攻撃とは……。
外貨取得に大きく貢献している港の整備については、炭鉱に力を注ぐのと同程度に力を入れてきたつもりだが、あくまでそれは設備の面においてであり、軍事拠点としてではなかった。いわんや、海から攻撃を受けることは想定しておらず、その対策は全くと言っていいほどしていない。
「……それにしても、ミァン炭鉱はどうなっているんだ?暴動が起きてから、すでに二週間がたつんだぞ。」
この暗い空気を変えようとするかのように、一人の将校が口を開いた。
その時、会議室のドアが静かに開き、一人の兵士が中に入ってきた。
その場にいるみなが注目する中、その兵士は緊張気味に、しかしきびきびとした動作で参謀長の席へ向かうと、一枚の長い紙を手渡した。参謀長がそれを受け取ると礼をして、またきびきびと扉まで歩き、部屋から退出していった。
参謀長は、手にした紙をじっと読み始めた。ガーネットを始めとするその場にいた者全てが、参謀長が手にしている紙に注目している。読み進めていくうちに、参謀長の眉根が少しずつ寄り、険しい顔に変わっていくのが分かった。
読み終わったのか、参謀長は顔を上げると、先ほどよりもさらに血の気の引いた顔でガーネットをまっすぐ見つめ、口を開いた。
「すべては、イギ国が裏で手を引いていたようです」
そう言うと、その紙に書かれた内容を読み上げていった。
そこには、ミァン炭鉱の炭鉱夫と捕虜としてとらわれていた兵士がミァン街に逃れてきた際に報告した内容が、記されていた。あのセルマンとグスタフのことだ。
内容は、ミァン炭鉱の暴動が炭鉱夫によって引き起こされたものではなく、イギ国の魔法使いが産み出した化け物によって引き起こされたというものだった。
「報告書には、これが真実かどうかはわからないが、と書かれておりますが、おそらく真実なのでしょう。そうすれば、フォリーシュに侵攻してきたイギ国のふざけた大義名分とも辻褄が合う」
「確かに。私もそう思うわ」
そう言ったガーネットは、背筋につーと冷たいものが走るのを感じ、思わずぶるっと身震いをした。イギ国の本気が、ひしひしと伝わってきたからだ。
(今までの小競り合いとは全く違う……。本気で、我が国を落とすつもりだわ……)
「瑞穂帝国に、援軍の要請を行いましょう。今更ですが……。でも、しないよりましでしょう」
数日前に、真っ赤な顔で瑞穂帝国への援軍の要請をまくし立てた将校をちらっと見ながら、ガーネットは言った。
その将校は、ガーネットの視線に気づくと、一瞬たじろいだが、気づかぬふりをした。
「かしこまりました」
参謀長が答えると、別の将校が尋ねた
「そのミァン街に逃れた兵士から、直接話は聞けないのですか?」
「この話を伝えた兵士と炭鉱夫の二人を王都へ向かわせる、と書かれているから、到着次第、直接聞くことができるだろう。ただし、炭鉱夫が乗馬ができないため、馬車で向かっているんだそうだ。だから到着までには……。十日近くかかるだろうな。」
そう説明する参謀長に、別の一人が食って掛かる。
「炭鉱夫も一緒に?炭鉱夫をこの王都にいれるのですか?」
吐き気がするとでも言いたげな将校に、ガーネットはいら立ちを隠すことなくぴしゃりと答えた。
「言いたいことは、それだけかしら?」
かぁっと耳まで真っ赤になった将校だったが、女王陛下に口答えをするわけにもいかず、口の中でもごもごなにか言うと、流れ落ちる汗もそのままに押し黙ってしまった。
その様子を、さも軽蔑するかのように睨みつけていたガーネットは、一度深呼吸をすると、参謀長を見た。
「参謀長、彼らの報告の場に、私も同席いたします」
「仰せのままに」
参謀長がそう答えた時、ドタバタと廊下を走る音が近づいてくるのにみな気づいた。
「バン!」
ノックもなく大きな音を立てて扉が開いたと同時に、先ほどとは別の兵士が会議室に駆け込んできた。全力疾走をしたためか呼吸が乱れ、その場で大きく肩を上下させながら呼吸を落ち着かせようとしている。
「何事だ!」
参謀長が咎めるような厳しい声色で問いただすと、その兵士は、喉を鳴らしてつばを飲み込み、一つ大きく深呼吸をすると、起立の姿勢で声を張り上げ報告した。
「恐れながらに申し上げます!ミァン街に駐屯している軍より連絡が入り、ミァン街近郊に炭鉱夫のような出で立ちをした男たちが突如現れ、つるはし等の工具を携え街に入ろうとしたところを、駐屯している軍と衝突し、交戦状態に入ったとのことです!その数、約千人!」
「ドン!」
みな、驚いて音がした方を振り返った。そこには、両方の拳を机に振り下ろし、怒りの形相で仁王立ちする、ガーネットの姿があった。
「なんてことなの!次から次へと忌々しい!」
血走った眼を大きく見開き、口角泡を飛ばす勢いで叫ぶ女王の姿を目の当たりにした将校はみな、言葉を失った。
かろうじて参謀長だけがはっと我に返り、慌ててガーネットに話しかけた。
「へ、陛下!落ち着いてください!」
「落ち着いてですって?これが、落ち着いて……」
と言った途端、ガーネットはふっと意識が遠のき、体の力が抜けていくのを感じた。
膝から崩れ落ちたガーネットを、間一髪、傍にいた将校たちが抱き留めたので、大事には至らなかったが、そのまま寝室に運ばれ休むことになった。いくら国を統治する者といえども、立て続けに起こる国家存続の危機に善処するには、六十歳を過ぎた体にとって鞭を打つような過酷さがあった。
ふっと意識が遠のいていく中、ガーネットは、自分を呼ぶ甲高い声が以前よりもはっきりと聞こえるのをぼんやりと感じていた。
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