第1話
「…ここは?」
一面真っ白な空間にいた。あの世というやつだろうか。身体の痛みはなく、心地好い静寂が広がっている。
「お姉さん」
ふと、呼びかけられ声の方に顔を向ける。
そこには、10歳くらいだろうか、少年が立っていた。色素のないふわふわの髪を揺らし、少年は今にも泣きそうな顔でこちらを見ている。
「…良かった。無事に魂を回収出来て…」
「キミは、誰?」
「僕はロレンツ。お姉さんのいた世界とは違う世界の神さまだよ」
ロレンツ、と名前を復唱すれば、彼はふにゃりと笑いかける。
「神様?」
「正確には、神さまになったばかりの新人なんだ。大した権能も持ってないしね…。新人研修で地球に来ていたんだけど、事故に巻き込まれそうになって…。そうしたら、お姉さんが助けてくれたんだ。覚えてる?」
そうだ、見覚えがある様な気がしてたけど、あの時の子どもだ。横断歩道にトラックが突っ込んで来て、私咄嗟に彼を突き飛ばして。
「私、死んだんだね」
「ごめんね、僕のせいで…」
「ううん、気にしないで、ロレンツ。私は良かったって思ってるんだ。私のちっぽけな命でも誰かの役に立てたんだなって」
ゆっくりと噛み締めるように私は自身の胸へ手を添える。今までの人生で一番の自己満足。でもそれで良い。だって、元々死んでるようなものだったんだ。私が死んでもきっと誰も悲しまない。寧ろ、喜んでいるだろう。
「お姉さん、僕お詫びがしたいんだ」
「お詫び?」
「お姉さんを僕の世界に招待したいんだ」
「ロレンツの、世界?」
聞けば、ロレンツの世界は大きな争いもなく人々が助け合いながら暮らしているらしい。剣と魔法のあるファンタジー世界なのだとか。
「お姉さんに、僕の世界で生きて欲しいんだ」
生きて欲しい。そんな事を言われたのは初めてだ。
「でも、ロレンツ。私なんかに固執しても良いの?神様は万人に平等なのでしょう?」
「いいんだ。元はと言えば僕の不注意なんだし、それに…」
そこまで言ってロレンツは口を噤む。どうやら言いたくない事らしい。
「どう、かな?お姉さん。僕の世界に来てくれる?」
「…分かった。ロレンツの世界に行く」
私は行くと決めた。何より生きて欲しいと言われたのが嬉しかった。そんな優しい言葉をかけてくれた彼の世界を信じたかったからだ。
ロレンツの手を取る。精一杯の笑顔を彼に向ける。
「ありがとう、お姉さん。…お姉さんの次の生がどうか、優しいものでありますように…」
その言葉と共に私の身体は光に包まれる。眩い光に目を閉じ、私は再び意識を手放した。
***
彼女を見送ったロレンツは、静かに息を吐く。
「良かった、僕の世界に来てくれて…。僕の世界でなら護ってあげられる…。もう、地球の女神の好きにはさせない」
怒気を滲ませたその言葉を聞く者は誰も居ない。
「じゃあ、次はあなたの番ですね。お姉さんの唯一の味方だったあなた。どうか今度もお姉さんを側で支えてあげて下さい」
その場はまた光に包まれ、光を見送るとロレンツは満足そうに一人微笑んだ。
第二の人生は優しさに包まれて 由時 @yoshitoki105
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