02.提案
「まぁ、ここは僕の奢りだからたんと食べな」
「……はい」
ビチャビチャの男とスーツ姿の男が深夜のラーメン屋にいるということもあってか店員もチラチラとこちらを見てくる。
「いや〜、ここのラーメン美味しそうやね。玉子でラーメンが閉じられてるよ!! あんま見ない感じやね!」
「……そうですね」
普通なら物珍しいラーメンなのかもしれないが、俺にとってはもう馴染みのものだった。
彼女と何度も訪れた馴染みの味。美味しそうに向かいでラーメンを食べてる姿が目に浮かぶ。
目頭が熱くなる。
「僕は決めたけど君は何にする??」
「あ……俺も大丈夫ですよ」
こぼれ落ちそうになるものを必死に堪える。
青年は、店内に響き渡る大きな声とオーバーに手を振って店員を呼び止める。
二人とも注文し終わると店員は去っていく。
「さて、それじゃあ本題に行こうかな」
わずかに口角を吊り上げて青年は言葉を紡ぐ。
「過去をやり直したいって言ってたよね?」
「…………」
答えは沈黙。
「まぁ、渋るよね〜w」
青年はわざとらしくオーバーなリアクションをとる。
無性に腹が立ったが今はそれ以上に悲しみの感情の方が優っているせいかどこか冷静だった。
それじゃあ、と話題を変えるように指を軽く鳴らした。
「もしも君は過去をやり直せるとしたらどうしたい?」
そんなもの答えは決まっている。
もしもやり直せるなら俺は必ず彼女を幸せにしてみせる。
今の俺ならもっと上手くやれるはずだから……
「僕はそんなことに意味はないと思うよ」
青年の答えに俺はわずかに驚いた。
表情を見ると先ほどまでの笑みは消え、どこか悲しげな表情を浮かべている。
「おっ……ようやく話を聞くようになってくれたかな?」
すぐに先ほどまでのいやらしい笑みを浮かべるが、それはまるで本音を隠す建前のようにだった。
本音を隠すためにつく嘘……
疑ってはいる。
俺の二十数年生きてきた経験則、初対面でだいぶ距離が近い感じで接してきた人にロクなやつはいなかった。
だが、先ほどの表情がわずかにだが、気になったのも事実だった。
「少しなら……」
青年は一度咳払いをする。
そしてジャケットのポケットへと手を差し込んだ。テーブルの上に出された彼の手には何かが握られていた。
コツンと言う音を立ててそれをテーブルの上に置く。
「懐中時計……?」
掌サイズほどのサイズ。文字盤の上には文字盤にはいくつもの歯車が散りばめられている。わずかにだが、歯車同士が噛み合う小さな音が聞こえる。
アンティーク特有の金属の色。かなり年季が入っているようにも見える。
「そう、懐中時計。だけどただの懐中時計ではないんだなぁ」
どこぞやの通販番組のような胡散臭い口調。
もしやこの時計を俺に売りつける気なのか?
そうだった場合は、即刻断ってこの場を立ち去ってやろう。
「まぁ、うだうだ話しても訳もわからなくなると思うし、単刀直入に……いや、シンプルにかな……? うーん……」
この男は何を言っているんだろう?
先ほどの表情が気になってこの場に残ることを決意した数分前の俺に後悔する。
「ともかくだ……」
青年はそこで一度呼吸を整えるように沈黙する。
あたりの音がやけに大きく聞こえるような感覚が襲う。
そして、青年は糸のように細い目がわずかに開いた。
───鋭い眼光。
「これは過去をやり直せる……かもしれないよw」
前進するための大きな後退 カエサル @Siu
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