前進するための大きな後退
カエサル
01.最悪な一日
雨が冷たかった。
傘もささずに力なく電柱に身を委ねただ立ち尽くすだけだった。
俺、
彼女の浮気が原因だ。
よくある話。よく聞く話だ
それでもいざ自分が体験するとなるときついものがあった。
先ほどまでの会話がぐるぐると頭を回る。
──やっぱり元カレのことが忘れられない。
──前は遠距離で別れちゃったけど、今は近いし今度はちゃんとしたい。
──別にとおま君のことが嫌いになったとかじゃないの……
「……だったら俺でいいじゃねかよ」
誰もいない路上に小さな声が漏れ出し、そしてすぐさま静寂へと変わった。
涙は先ほど出尽くしたのか出てこない。
いや、雨と混ざって俺自身も分からなくなっているのかも。
冬の雨の冷たさに身体中の感覚は無くなっていた。
これまでの楽しかったことがまるで走馬灯のように蘇る。
初めて会ったときのこと。映画に勇気を出して誘ったこと。動物園、温泉旅行、水族館……どれも楽しかった。
なのに……
なのに……全部嘘だったなんて……
「……今の俺ならもっと上手くやれてたのかな」
俺の口からこぼれたのは、彼女への恨みよりも自分がもっと上手くやっていたらこんな結末に至らなかったのかもという後悔だった。
あの時にあんな行動をとらなければ……
もっと上手くやれていれば……
だが、そんなことを考えたってもう無意味だった。
過去は変えられない。「できたかもしれない」なんて通用する世界なんかじゃない。
ただ、もしも……もしも……
「……過去をやり直せたら」
「ほう……お兄さんは過去をやり直したいと思ってるんだね?」
背後から聞こえてきた声に驚き、電柱から滑り落ちるように倒れ、尻餅をついた。強い衝撃がお尻に走る。
「いてぇ!!」
思わず声を上げる。
「ごめんよ。驚かせるつもりはなかったんだ」
痛みを堪えながら見上げるとそこには、傘をさした人がこちらに手を差し伸べていた。
俺は恐る恐るその手を掴んで立ち上がる。
「これは失礼。まさかあそこまで驚くとは思わなくてね」
電灯に照らされ、表情が見える。申し訳なさそうにしているかと思いきや、口元はわずかに綻んでいる。それに加えて開いてるのかわからないくらいの糸目が尚更、こちらをバカにしているかのように見える。さらに真っ黒なスーツに身を包んでいるせいもあってどこか胡散臭さがある青年。
これは関わらない方がいいと俺の直感が告げていた。
「大丈夫です……それでは」
素っ気ない態度をとり、俺はその場から離れようとする。
「ちょ、待ちなや。こんな雨の中傘もささずに歩いたら風邪ひくよ」
胡散臭い男は俺の手を引っ張って強引に自分の持っていた傘の中に連れ込む。雨に打たれすぎて感覚のない俺は容易に力負けをした。
「それに君……過去にやりなしたいって言ってたよね?」
先ほどよりも近い距離で見えた彼の笑みは、胡散臭さ……いや不気味さを増していた。
とりあえず寒いからと俺は半ば強引に深夜近くだがやっていたラーメン屋に連れて行かれることとなった。
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