第4、5、6話 アカウント名登録〜



 あっちへ行ってもピー、こっちへ逃げてもピー。どこへ行っても笛の音が僕らを追っかけてくる。

 大勢の足音と人影が街路のあちこちに交錯する。


「こっちです。えーと……」


 蘭さんが可愛らしく小首をかしげる。

 蘭さんでなきゃメロメロなんだけどなぁ。いや、蘭さんでもメロメロ? スカートはいてるもんなぁ。


 ピコンと目の前に、とつぜん、モニターみたいなものが浮かびあがった。

 ピコピコとカーソル上のものが点滅している。

 えっ? なんだ、これ?


「えーと?」


 もう一回、蘭さんが首をかしげる。

 ほら、カーソル、カーソルと目が語っている。

 あっ、そうか。名前ね。名前の入力画面か。


「えっと、僕は、かーくん」

「えっと、僕は、かーくん?」

「違うよ! ただのかーくん」

「ただのかーくん?」

「だから、違うって!」

「だから、違うって?」


 ああ、もう! もどかしい……。

 僕はため息を吐きだし、ついでに深呼吸して気持ちを落ちつける。

 スーハースーハー。もういいか。


「……かーくん」

「かーくん、ですね?」

「かーくん」


 カーソルが自動で動き、空中に“かーくん”と描く。ピコン、ピコンと二回点滅して、これで僕の名前は、かーくんで登録されたようだ。


「じゃあ、こっちに来てください。かーくんさん」


 僕は蘭さんにそう呼ばれて、ガックリした。ずいぶん昔、某有名ゲームでの失敗をくりかえしてしまった。そうだった。こういうゲームって、名前のあとに、さん付けで呼ばれるんだよね。

 これから、ずっと、僕、かーくんさんか……。



 *


 僕は蘭さんに手をひかれて、走っていった。

 ずっと背後のほうから、兵士の声がかすかに聞こえる。


「お待ちください。姫! らんらん姫ー!」


 ん? 姫? もしかして、蘭さん、王女様か? や、やっぱり蘭さんがヒロインなのか?

 うーん。どうしよう。蘭さん、だって男だもんなぁ。顔は絶世の美女だけど……。


 そんなノンキなことを考えていると、目の前に、ど迫力のお化け屋敷が、ドンと立ちはだかった。


 んん……イヤな予感。


「えっとぉ。蘭さん……」

「じつはこの家の地下から、街の外へ通じる抜け道があるんです。そこを使って、外へ出ましょう」

「えッ? 僕、まだ戦闘したことないんだけど? こういうのはさ。たいてい、街の外のすぐ近くんとこで、スライム一匹から始めるんじゃない? ダンジョンって、ワールドマップ上より、モンスターいっぱい出るよね?」


 蘭さんが一瞬、侮蔑的な目で僕を見た。

 やめてェー。そんな麗しい顔で軽蔑の視線よこさないでェー。

 心が痛い。


「なるほど。しょうがないですね。まあ、ここはスライムていどの弱いモンスターしか出てきません。僕が援護しますから」

「あっ、そう?」


 えへへ。ラッキー。

 ではでは、いざ、ダンジョンへ〜

 僕らはお化け屋敷へと乗りこんでいった。



 *


 ヨーロッパ風の街並みだったのに、なんでお化け屋敷だけアメリカンホラーな木造建築なんだろう?

 一歩進むごとに、ギシッ、ギシッと、廊下が軋む。

 廃墟らしく、内装もあちこち傷んでるし、もう、やだなぁ。

 怖いよぉ。猛ぅー。助けにきてよぉ。

 そういえば、この夢のなかには兄ちゃんが出てこないなぁ。いるの? いないの? いるんなら、早く助けに来てよぉ。


 一階にはお化けは出てこない。モンスターもいない。まだモンスターの出るフロアじゃないのか。


 僕ってレベル1だよね?

 ほんとに戦えるのかな?

 さっきのモニターみたいなの、また見れないかな?

 初期ステータス確認したいなぁ。


 と思ってると、目の前にまた、あの透明なボードみたいなモニターが現れた。

 ステータスは簡易だなぁ。

 HP20、MP0、力3、体力3、知力6、素早さ3、器用さ5。

 うーん。これを見たかぎりだと、僕は魔術師系かな?

 えらく知力にかたよってる。


 あっ、そうそう。

 スキルみたいなのないのかな?

 マジックとか。

 マジックは、ナッシング!

 まあ、レベル1なんだから当然か。

 ん? なんか得意技ってあるな。なんだろ?


 得意技——

 泣きマネ。つまみ食い。逃げ足の速さ。


 な、なんだこりゃ。

 現実世界での得意技まんまじゃないか!


 あっ、まだある。

 小銭拾い……って、た、たしかに小銭はよく見つけるよ?

 だからって、ろくな得意技ないなぁ。

 つまみ食いよりは役立ちそうかな。五十円、今ひろえないかなぁ? 犯罪者にはなりたくない。


 ん? もう一個あるな。

 けっこう、いっぱいあるぞ。

 小説を書く、か。

 うん。小説は書くね。

 あーあ。やっぱ戦闘に役立ちそうなスキルはなしかぁ。

 これが猛だったら、柔道、剣道、空手。頭もいいし、あっ、推理に念写に電気ショックかぁ。いいなぁ。使える技ばっかり。


 まあ、いいや。

 なげいてもどうにもナッシング〜


 あっ、いよいよ地下だ。

 蘭さんがニッコリ笑って、薄暗い地下へと続いていく扉を示す。

「さ、行きましょう。ここが抜け道ですよ」


 ごっくん。行きます……か。

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