一章 異世界転移しちゃった
第1、2、3話 始まりの街 いや、これは夢
気がつくと、僕は変な場所に立っていた。
どんなふうに変かって?
だって、記憶にないのに、東京ネズミの国にいる。
なんというか、中世ヨーロッパ風なんだが、絶妙に作り物くさい。
なんだ、ここぉー?
夢か?
あっ、そうか。夢か。
だよね。
さっきまでコタツで寝てたもんね。
なんだ、夢か。
僕はそう結論づけ、安心しきって夢を満喫することにした。
石造りの西洋の建物。
石畳の道路。
広場には噴水。
きれいだなぁ。
遠くにお城も見える。
やったね。タダでネズミの国観覧だぁー!
しばらく歩くと、売店が見えた。
出窓にならぶ商品が、いかにもお土産。
外観の古めかしさにくらべて、内装がやけに現代風なんだよなぁ。絶対、電気とか、かよってる。
ジロジロ見てたら、店員さんに声をかけられてしまった。
「違いますよ」
「はッ?」
なんだろう? いきなり“違いますよ”は、なんか違わないか?
「な、なんでしょう?」
思わず下手に出る気弱な、かーくん。
「あなた今、売店だって思ったでしょ? 違います。ここ、武器屋ですから」
なるほど。そう来たか。
どうやら、ここはただのネズミの国でも、大阪のスタジオでも、日本で一番かせいだ子猫という名の白猫の国でもないらしい。
ゲームだ!
最近、流行りのやつね。
どうやら、僕は異世界転移したようだ。(っていう夢を見てるんだな。うん)
*
ここが武器屋で、街のなかってことは、アレだ。こここそ、いわゆる始まりの街。そして、この街の外にはモンスターとかがウジャウジャいたりするのだろう。
うわー。懐かしいなぁ。
学生のころはさ。よくしたんだよね。ロールプレイングゲーム。
まだスマホのアプリゲームが主流になる前で、質の高いいいゲームがたくさんあったもんだ。
ということは、僕はさしづめ、冒険者ってとこ?
ふつう、こういうゲームって、オープニングイベントがあるんじゃないの?
お姫様が魔王の手下にさらわれるとかさ。
自分の住んでる村が魔物の大群に襲われるとかさ。
まあいい。
近ごろはなんにも起こらないスローライフを楽しむゲームなんかもあるらしいからな。
僕はさっそく武器屋に入った……。
どう見てもお土産の売店なんだけど!
商品はクッキーの箱とか、ぬいぐるみとか、ハンカチとか、マグカップとか、はたまた木刀とかだ——って、えっ? 木刀はあるんだ?
「あの、木刀ください」
「はい。五十円です」
今、店員さん、五十円って言った!
五十円? 異世界で円?
てか、安すぎない?
なんか木刀ってわりにビニールに見えるし。
いろいろツッコミたい。
まあ、いいや。五十円なら買ってみよう。
「じゃあ、コレ」
「はい。どうぞ」
ん? あれ? 財布は?
財布は……ない。
だよね。家のなかで財布、持ち歩かないもんね。ポッケに入ってるのはスマホのみ。
「あ、あの……やっぱり、いいや。コレ」
三角巾風に巻いたバンダナ、エプロンというモブ顔のお姉さんのひたいに、わかりやすい怒りマークが浮かんだ。
「お客さま。返品は半額返しですよ?」
「いや、まだ買ってないし」
「買いましたよ。これくださいって言ったでしょ?」
「まだお金払ってないから買ってないよ」
お姉さんは口元に両手をあてて、すうっと大きく息を吸いこんだ。
あっ、なんかヤバイ。
なんて言うつもりかわかった。
「ドロボーォッ!」
やっぱり……。
*
僕はお店のお姉さんの叫び声に追いたてられて、街路へとびだした。
「待てェー! ドロボー!」
「だから、ドロボーじゃないよ! 悪かったって。財布、忘れてきたんだよ」
わめき返しながら人ごみを走っていく。なにやらお城から兵隊が呼びだされたもよう。ピーピーと笛を吹きならす音が聞こえる。
はぁ……たかだか五十円でドロボー呼ばわりされてたまるか、と思ったが、路地裏に逃げこんだあと、右手ににぎったものを見て、僕は自分の目を疑った。
あっ、僕、ドロボーだ。
木刀、持ってきちゃったよ。
うーん、これで捕まったら確実に現行犯だ。
悩んでいると、路地裏の反対側の出口から、同じようにあわてて駆けこんでくる人影。
な、なんか、こ、これは?
遠目だけど、ものすごい美女に見えるんだけど?
ドキドキ。ドキドキドキ。
これか? オープニングイベント。
きっと、中盤で結婚する予定の美少女に違いない。
僕の胸は期待でこれ以上ないほど高鳴る。
ああ、なんか、こういう感じ、久々だなぁ。
なにしろ、カッコよすぎる兄と美形すぎる同居人にかこまれて、すっかり影が薄れてるからな、僕。女の子と恋なんて何年ぶり?
待ちかまえていると、美女はみごとに僕の胸にぶつかってきた。
しかし……しかし、なんか違和感が……。
路地裏、暗すぎる。
麗しの美女の顔がよく見えないじゃないか。
「だ、大丈夫ですか? あの?」
思いきって声をかけると、美女が顔をあげた。
うっ、美しい!
間近できらめく瞳は、まさに魅了という名の魔法。
……なんだけど。
でも、これって、なんのバグだ?
僕は顔文字で言うなら( ̄▽ ̄)こんな顔のまま、言葉を失った。
だって、蘭さんなんだもん。
たしかに絶世の美女でスカートもはいてるんだけど、この世に二つとないようなその美貌は、京都の町屋で僕らと同居してる兄と同い年の男友達だッ!
ウソだ……夢のなかでまで、恋愛禁止なのかッ?
「あの……」
「早く逃げないと! 追っ手が来ました」
「う、うん。蘭さん」
「僕の名前は、らんらんですよ?」
うーん。パンダみたい。
僕の名前はって、ボクっ娘なのか?
これまたツッコミどころ満載。
とにかく、路地の切れめから兵隊らしい影がたくさん追っかけてくる。
しょうがなく、僕は、らんらんの蘭さんとその場を逃げだした。
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