Ⅲ ゲス女には素敵なアクセサリーを

 また、その夜、眺めの良い高級ホテルの高層階にある、とあるフランス料理レストランでも……。


「――ウフフ…ホワイトデーの今日呼び出されたってことは、いよいよ結婚届出すつもりかしら? それとも、先に結婚式の日取り決めちゃうとか?」


 清楚かつゴージャスにドレスアップした若い女性が一人、指に光るダイヤの指輪をうっとり眺めながら、後から来る相手の男性を幸せそうな面持ちで待っていた。


 女子アナにでもいそうな整った顔立ちをしていて、一見、まったく擦れることなく育ってきたどこぞのお嬢様と言った感じだ。


 彼女は某大手企業に勤める20代後半のOLであるが、先頃、資産数十億ともいわれる某IT企業の社長と婚約し、近々、寿退社することとなっている。


 ま、いわゆる〝玉の輿〟というやつなのだが、しかし、彼女もまた男を愛すべき対象などとは微塵も思ってはいない……。


 先刻のゲス女とは少し異なるタイプであるが、例えるならば、彼女は男を道具というより、自らを飾るためのアクセサリーだと認識しているのだ。


 だから、自分の目の前により優れた男が現れる度に、情け容赦なく前の男をバッサリと切り捨て、特に愛しているわけでもない次の男へと鞍替えしてきた。


 しかも、相手に恋人がいようが友人のカレシであろうがお構いなく、手段を択ばずに横取りをし、なのにそのために出した犠牲を気に留めるでもなく、用がなくなればあっさりと捨て去るのである。


 そのようにして、同期の一般社員からもっと上の一流企業の社員へ、その社員から若手の医師へ、その医師からベンチャー企業の若き創業者へ、年収300万から500万、500万から1000万、1000万から2000万……そして、ついには現在の大金持ちの婚約者へと登りつめたわけだ。


 ちなみにその婚約に至らしめるためにとった作戦というのも、なんともえげつないものであった。


 この前のセント・バレンタインデー、某有名ショコラティエの作った高級チョコレートを原料に、料理上手の友達に頼んでいかにも「素人が作りました」風な外見に作り直し……


「やっぱりぃ、こういのは手作りじゃなきゃいけないと思ってぇ……これ、わたしが自分で作ってみたんだけどぉ、初めてだからうまくできてるか心配だなぁ…」


 などと、あからさまな猫撫で声で、恐ろしいまでにあざとい嘘を吐いて彼に渡したのである。


 だが、男というものはなんとも愚かな生物。この愛のかけらもないチョコレートにすっかり騙され、彼女にプロポーズをする運びとなった次第だ。


 無論、そんな偽りの愛でバレンタインデーを冒涜する輩を、聖ウァレンティヌスの信じた神は許すはずもない……。


「――やあ、遅れてすまない。またせたね」


 しばらくすると、その婚約者であるIT企業の若手社長が、ノーネクタイのシュッとしたスーツ姿でやって来た。


「いいえ。わたしも今来たところですから……」


 遅参をわびてから席に着く婚約者に、彼女はテンプレートな返事をして笑顔で首を横に振る。


 内心では「ま、セレブの奥様になれるんなら、少しくらい待つのも屁じゃないわ…」と思っているのであるが。


「じつは、これを受け取りに探偵の事務所へ寄っていてね……」


 ところが、彼は席に着くなり、一枚のA4封筒を鞄から取り出すと、なんだか妙なことを口にし始めた。


「探偵?」


 彼女は訝しげに小首をかしげると、差し出されたそれを受け取り、中に入っていた紙を検める。


「こ、これは……」


 するとそこには、同期の男性から始まり、一流企業の社員、医者、ベンチャーの創業者と、それまでに彼女が付き合ってきた男達がリストにまとめられている。


 いや、そればかりか、さらに遡って大学、高校に至るまで、よりグレードアップする度に捨ててきた、歴代カレシ達が列挙されているのである。


「夢に神さまを名乗る人物が出てきてね。君のことをいろいろと教えてくれたんだ……あまりにリアルな夢だったんで、悪いが興信所に頼んで調べさせてもらったよ。君、昔の男達にはすこぶる評判悪いみたいだね。その男の元カノ達にも」


 驚く彼女に、婚約者は努めて冷静沈着な口調でそう説明して聞かせる。


「ち、違うの! みんな、わたしにまだ未練があるから逆恨みしてるだけなの! お願い! こんな未練がましいやつらの言葉に騙されないで!」


 血の気の失せた顔で慌てて弁解をする彼女……。


「いいや、それは違うよ。みんな、君の本性を知って、今ではむしろ別れてよかったとたいそう満足していたからね」


 だが、彼は静かに首を横に振ると、男達の意見を代弁するかのようにそう言って反論した。


「僕もいつ捨てられるかわからないからね。婚約の話はなかったことにしてもらおう。ああ、その指輪はホワイトデーのお返しにそのまま取っておいてくれ。ショコラティエと料理好きの君の友人が作ったチョコレートのお返しにね」


 そして、もう用件は済んだとばかりに席を立つと、多少の嫌味を口にさっさとレストランを出ていこうとする。


「ま、待って! これは何かの誤解よ! あなたみたいなステキな人、捨てるわけないじゃない! ねえ、お願いだから考え直して!」


「僕なんかより、もっと君を満足させるアクセサリー・・・・・・が見つかることを祈ってるよ」


 彼女も慌てて立ち上がり、彼の背中を人目も憚らずに叫んで呼び止めるが、婚約者は後ろ手に手を振って、まるで相手にはせずに自動ドアの向こう側に消えてしまう。


「………………」


 顔面蒼白にペタリと椅子に座り込んだ彼女は、こうして婚約も玉の輿も何もかも、すべて白紙・・に戻ったのであった。


               (おまえもホワイトデーにしてやろうか 了)

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おまえもホワイトデーにしてやろうか? 平中なごん @HiranakaNagon

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