第86話 斬り開く力

宮本武蔵がいる西軍の本陣を強襲する少し前。

ユウ達一行は二手に分かれてグリフォンに騎乗し、戦場のはるか上空を飛翔していた。


現実世界での上空1000メートル付近の気温は15度程度だが、現在ユウ達がいるPAOでの同高度ではそこまで涼しさを感じられなかった。

また、高度的に地上よりも酸素が薄いので、少なからず息苦しさを感じるものだが、それもない。


リアル指向を謳ったPAOからしても、プレイヤーの体調に影響を及ぼすような調整はゲームを楽しんでもらうに当たり本末転倒なのだろう。


だからきっと、自分の腰に手を回して体を強く密着させているニカは寒さではなく、高さに恐怖しているのだろうとユウは考えた。


ー ビュォオオオオオオ ー


耳にまとわりつく風の音や、高校の修学旅行で乗った飛行機の窓から見た空の眺めと寸分狂いない景色。


逆に言えば、気温や酸素濃度以外はリアルそのものであり、高所が平気か否かで現状況を楽しめるかがはっきりと分かれる。


「大丈夫だよ、ニカさん」


ニカは後者だろうと感じたユウは風の音で聞こえないと知りながらも優しく囁いた。



このユウの推測は半分正解、半分間違いであった。


(わ、私、ユウ君を抱きしめちゃってるー!!!♡こんなに幸せで良いのかなー!?!?)


確かにニカは恐怖を感じていた。

ただ、高所による恐怖ではない。

幸せ過ぎる現状についての恐怖であった。



(はしたない女性だと思われたらヤだな・・・あ〜、でもでも!その時はその時だよね!ああ〜、ユウ君良い香りがする〜♡)

※PAOではモラルの関係上、体臭関係は無臭に設定されています


幸せ過ぎる現状に恐怖を感じつつ、今が幸せなら良いんじゃない精神で、更に体を密着させて、己の欲望のままに幸福を堪能するニカ。


(この時間がいつまでも続けば良いのにぃ♡)



そして、青春漫画やドラマではほぼ必須のワードを胸に秘めたニカの現状はもちろん、お約束展開で急転直下きゅうてんちょっかする。


物理的に。



ー ヒュオッ ー


「ひぅっ!?」


ー ヒュゴォオオオオオオオオオ!! ー


「ーー!!」



少し先をんでいたメロアと小次郎騎乗のグリフォンリーダーが敵本陣を発見、強襲の為に急降下を開始したのに付随し、ユウ達のグリフォンも身をひるがえして急降下したのだ。


先程よりも鋭い風切り音が響き、尋常でない速度で景色が流れる。


まるでジェットコースターである。


グリフォンにまたがっている『騎乗状態』では、強い攻撃を受けるか自分の意思で下馬しない限り、振り落とされる事はないと事前に説明されていてもなお、リアリティのある急降下風景により本能が恐怖を訴え、ニカは必死でユウにしがみついた。


今の彼女に先程までの甘酸っぱい想いはなく、ただただ本能的恐怖に耐えるばかりである。


だが、その恐怖の急降下も刹那的時間であった。


幻翼のスキル程でないにせよ、瞬く間に地上へと舞い降りた2頭のグリフォンは莫大な落下エネルギーをともなったまま敵本陣へと突入した。



ー ドゥォオオン! ー


ー ズガガガガガガガガガ!! ー


爆撃さながらの轟音が鳴り響き、着陸時の衝撃と風圧で凄まじい量の砂埃が舞い上がる。


周囲にいた100人近いプレイヤーが状況を理解できないまま為す術なく吹き飛ばされ、また、着地点の直線上にいた数十人のプレイヤーは、駆けたグリフォンに轢かれて一瞬で光の粒子と化した。



「グ、グリフォン!?」


「特殊イベ限定モンスターじゃなかったのかよ!?」



西軍の本陣は大惨事を経て、ようやく大混乱に陥る。


「見つけたぞぉ!武蔵ぃー!!」


「小次郎さん!?は、はやっ!そしてすごっ!」



ー ヒュンッ ー


ー ヒュウンッ ー


ー ヒュォン! ー



混乱に乗じて下馬したユウ達は、急降下中に確認した敵司令官がいる方角へと斬り進む小次郎の後を追う。


彼女は刀身が1メートル近くもある愛刀『物干し竿』を、体ごと円を描く様に振り回しながら進む。

まるで円舞ワルツを踊っているような優雅ささえ感じられるが、彼女の刀に触れた者達はことごとく叩き切られて塵と化すので、敵からすればたまったものでは無い。


「に、逃げーー」


ー 斬! ー


「こうなったらやったらぁーー」


ー 斬! ー


「誰だよ!ここは安全って言ったやーー」


ー 斬! ー



逃げる者、立ち塞がる者、わめく者、小次郎はみな平等に、自分と武蔵との間にある全ての障害を斬り捨てて進む。


「凄い・・・!これが英雄の力か・・・!」


グリフォン達の陽動で周囲の敵を減らし、メロアに敏捷性強化の魔法を掛けてもらってもなお、彼女の背に追いつけない。


そんな小次郎の実力に感嘆していると、斜め後ろを走るメロアが真剣な声音でユウの言葉を否定した。


「ううん、それは違うよ」


「先輩・・・」


振り返ったユウはいつになく真剣な眼差しのメロアにドキリとする。


もしかして、メロアは小次郎の強さの秘密・・・例えばステータスや受けている加護魔法の内容などが分かるのだろうか?



「これは英雄の実力じゃなくて、夢見る女の子の力なんだよ!」


「はい」



ユウは脱力しつつ、前へと向き直ろうとした。


しかし、その時ーー



ー ガギィイイイイイン!! ー


「っ!?」


今度は横合いから凄まじい金属の衝突音が響き渡り、思わず立ち止まったユウは瞬時に音がした方へと武器を構える。


「お前らなら絶対ここに来るはずだと思って待ってたぜ。はっ、そっちの黒騎士はメロアにお熱で注意散漫ってかぁ?」


そこには、横殴りに振られた両手剣を突撃槍で防ぐニカの姿があった。


「ぐぅう、こんのぉっ!」


ー ギィイイン! ー


ニカが力いっぱい押し返し、相手はその反発力を利用して弾かれたように距離を取る。


「久しぶりだなぁ。黒騎士ぃ、メロアぁ」


両手剣のプレイヤー、かつての愛剣であった片手剣から、波打つ刀身を持つ両手剣フランベルジェに鞍替えした『ジン』はギラつく目でニカ達の前に立ち塞がった。


それに呼応するかのようにジンと共に現れた『☆さな姫★』、『ミカエラ』、『コウキ』がユウ達3人を取り囲む。



「えと・・・誰ですか?」


対するニカは少しだけ困惑する。


ジンについての記憶が曖昧なのだ。


彼女にしてみれば、ジンはかつて瞬殺したプレイヤーの1人に過ぎず、しかも、当時と武器も違うので思い出せないのも仕方の無い事であった。



「っ・・・まあいい。俺も倒した奴の事なんていちいち覚えてねえからな。だから、黒騎士に俺が誰かってのを教えてやってくれよ・・・なあ、メロア」


瞬間的に殺気立ったジンであったが、気を取り直して嗜虐する相手をメロアに絞る。



「ひっ・・・ぅ、ううん」


目を向けられたメロアは、かつてジン達から受けた罵倒の記憶がフラッシュバックし、反射的にニカやユウの背に隠れそうになったが、心に決めた事を思い出し踏みとどまった。


それは、メロアが契約した『風騎士アルストーム』との約束。


強くあれ。と。


誇り高きグリフォンの契約者であり、主人であり、そして、友であるから、身も心も強くあれ。


その約束を前にして怖気付いてなんていられない。


「ニカちゃん、ユウ君。この人、ジンさんはね」


メロアは堂々とニカの横に並んで言い放つ。



「私の事をいかがわしい目で見てた人だよっ!!」

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