第81話 幕間 1年に一度の逢瀬
これは虚しい戦いだ。
『アマノガワ』がある限り、領土を広げる事もできず、得るものもない。
ただただ、お互いの陣営を消耗させるだけの意味のない戦い。
統治者である国王達もそれを理解しているはずなのに、それでも両国とも引かず、戦いは終わらない。
たとえ目的も名誉もない幾度の戦いで私達の、いや、両国の軍が心身共に疲弊していようと、自軍だけでは満足に戦力を割く事もできず、また、消耗を抑える為に多くの傭兵を投入する状態になったとしても、戦いに異を唱える事を国王は許さない。
『相手より先に折れたくない』
そんなクソみたいなプライドの為に。
そのクソみたいなプライドを守る為の、クソみたいな戦いの為に私達は戦っている。
ただ・・・
1つだけ。
この虚しい戦いの中に、1つだけ希望を見つける事ができた。
私が初めて参加したこの戦いでは、使命感に駆られ、ただひたすらに戦場を駆け抜けた。
功績が認められ部隊長となった2度目の戦いでは、強敵の部隊と相見え、お互い一歩も引かないまま戦いが終了した。
上官達が相次いで戦死した事により、副官を任された3度目の戦い。
強敵・・・彼の部隊が本陣へ強襲を仕掛けてきた事で再び刀を交えた。
4度目の戦い。
今と同じ乱戦の中、彼を見つけ、彼もまた私を見つけ、まるで引力が働いたかのように引き合い、お互いの刀をぶつけた。
戦場で同じ相手と3度も相対する事は珍しく、斬り結びながらも苦笑し、屈託のない笑顔を向けてくる彼の顔が戦いが終了してもなお、頭から離れなかった。
5度目の戦中、不慮の出来事により、偶然にも私と彼は戦場から一時的に離脱した。
お互い救援を待つ間、短い時間だったが、彼と様々な事を語り合った。
この戦いに対する率直な気持ち、これからどうするか、どうしたいか。
そんな戦いの話はもちろん、生い立ち、趣味嗜好、将来の夢など、お互いの『人間』の部分も。
戦場から離脱した時点で張り詰めていた心の糸は切れており、この時はただただ、友人あるいは恋人と話す時のように、笑い、時に熱く、時に不機嫌になり、むくれて宥められる、そんな、私にとってとても心地よい時間だった。
正直に言おう。
私はこの時から、いや、彼の笑顔を見た時から、彼に惹かれている。
そんな彼と、この時に約束したのだ。
お互い司令官となってこの戦いを終わらせようと。
次の戦いかもしれない。
もしくはその次の戦いかもしれない。
しかし、必ず司令官となってこの悲しい戦いを終わらせよう。
約束の後、救援にきた多くの護衛に囲まれながら、私と同じ副官となっていた彼は、自陣へと戻っていった。
私は物陰に身を潜めながら、遠ざかる彼の後ろ姿を、彼との約束を心に刻み込んだ。
想い人との約束だ。
決して違える事はしない。
そして、6度目の戦い。
努力の末に、この戦いで司令官となった私は絶望の中にいた。
部隊長の時から、私を守ってきてくれた部下達は護衛の任を解かされ、代わりに国王の取り巻き達が選んだ者が私の護衛に就いた。
その者達と連携が上手くいかず、また、度重なるアクシデントにより、何度かあった彼との接触の機会は全て失われ、ついに彼の姿を見る事も叶わないまま、この年の戦いが終了してしまった。
1年に一度、数時間の内の、更に限られた時間での逢瀬。
彼と逢う為だけに1年間死に物狂いで努力し、しかし、報われなかった。
この時の絶望は『シュンガ海溝』など比べものにならないほど深かった。
それでも、私は再びこの1年努力してきた。
心が折れそうになっても、挫けそうになっても、彼との約束を守る為に、私は前へと進んだ。
・・・いや。
純粋に彼に逢う為に。
そして、7度目となる今回の戦い。
私は今、前線にいる。
戦いの中、彼が敵軍の司令官である事を知り、いてもたってもいられなくなったのだ。
周りの護衛達は
だからこそ、前へ私は進む。
クソなプライドを守る為のクソな戦いを終わらす為に。
私と彼の逢瀬を、私と彼の約束を果たす為に。
敵軍の兵を蹴散らし、敵軍が雇った傭兵達を屠りながら私は進む。
傭兵達は私と同じく特殊な技を時折使ってくるが、実力は上級兵より少し上といったところで、現時点では私の敵ではない。
私が司令官である事を把握しているのか、周囲の敵兵は増える一方であり、人波によって先が見えない。
それでも、私は前へ前へと進む。
斬って、殴って、蹴って、また斬って。
そうして散りゆく魂が放つ光の粒子で溢れかえる前線を斬り進んだその先にーー
彼はいた。
「ああ・・・」
やっと逢えた。
彼の姿を見つけただけで、これまでの努力が全て報われた気分になる。
もう止まれない。
一層激しくなる剣戟の嵐を進み、やがて彼の前まで辿り着いた。
「・・・
2年振りに想い人と対面し、彼の名を呼ぶ。
周囲にお互いの護衛や傭兵がいるが、もはや私の目には彼しか映っていない。
逢いたかった。
彼、武蔵もこの2年間、私に逢いたいと思ってくれていたのだろうか。
そうだと嬉しい。
彼の声が聞きたい。
私の名を呼んで欲しい。
僅か数秒にも満たない時間なのに、私の気持ちは
そして、武蔵は何故か一瞬戸惑ったような表情を浮かべーー
「敵であるお前がなぜ俺の名を知っている?」
最悪の言葉を口にした。
「・・・え?」
彼の言葉が一瞬理解できなかった。
まずい。
頭が回らない。
武蔵の言葉を理解しようとするが、本能がそれを拒否する。
何も考えられない。
訳が分からないまま、周囲を見渡す。
そして、敵はもちろん、味方の護衛からも
その瞬間、私は全てを理解した。
「・・・お前達、まさか・・・」
声が掠れ、上手く言葉を発せられない。
私の世界が崩壊していく音が聞こえる。
周囲の外道共が、私の努力を、武蔵との約束を全て無に帰したのだ。
彼は洗脳、もしくは記憶を消されている。
対処方法も知っている。
だが、身体が、
彼の顔、声で私の存在を否定された。
その事実で、私の心は完全にへし折れてしまった。
それが武蔵の本当の言葉でない事は分かっている。
それでも、もう疲れたとばかりに私の四肢、心に力が入らない。
勝手に涙が流れ始める。
涙で
ああ、もう疲れた。
武蔵に討たれるなら・・・まあ良いか。
最期を察した身体は勝手に脱力を始める。
もう今更どうしようもないが、やはり悔しい。
願わくば、国王含め外道共に天罰を。
願わくば、この戦いに終止符を。
願わくば、来世でまた武蔵と巡り会えるように。
そして、最期の時が近付いてくる。
ああ、強がってはみたものの、やはり怖い。
「助けて・・・」
誰にも聞こえない声で呟く。
そう、誰にも聞こえない。
聞こえたとしても周囲の外道共には届かない言葉のはずであった。
ー ズガガガガガガガァアアア! ー
しかし、届いた。
その者は轟音と共に敵を蹴散らしながら現れた。
その者は黒鎧に光の粒子を纏わせ、私を守るように立っていた。
「1人の女性を囲んでニヤついているなんて・・・セクハラ案件ですね!」
その者は
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