第76話 姫の戯れ
ギルドを立ち上げてから数日経ったある夜、ユウはいつも通り唐突にリングレットと遭遇し、いつも通り廃神殿へ連行され、いつも通り特訓を受けた。
「はっ!」
ー ビュォオッ! ー
リンとの斬り合いの中、絶妙なタイミングでユウは剣を鋭く振り下ろす。
レベルアップする事で得るステータスポイントを、ここ最近、筋力と敏捷性に多く振り分けていた為、その袈裟斬りは以前と比べて、より速く、より重いものとなっていた。
「ふふっ」
ただ、相手が悪かった。
一般的なプレイヤーなら為す術なく両断されたであろう一撃を、リンは踊るように紙一重で躱す。
ー ブゥォオン! ー
もちろん、
「っ!」
ー ガシャン!ガシャ!ガシャ! ー
だが、ユウの方も反撃される事を予期しており、両手で寸前まで握っていた己の剣を迷う事なく手放し全力で転がり回避する。
ー ドゴォオオオン!! ー
ー ドガガガガ! ー
直撃は免れたが、今度は粉砕された廃神殿の石畳や柱が散弾の嵐としてユウへと襲いかかる。
強固な黒鎧を装着していても、まともに受ければ無視できない量のダメージを負いそうな威力であった。
「
ー ジュォオオオオオオ! ー
咄嗟の判断でユウはスキルを発動させ、迫り来る凶弾を全て溶かして難を逃れる。
「ふぅ。」
距離がとれたので自然と仕切り直しとなり、ユウは昂った気持ちを落ち着かせる為に息を吐く。
リンの攻撃は一撃一撃が致命傷となりうるので、神経を研ぎ澄ませ冷静に対応しなければならない。
「わおっ!今の攻撃防ぎ切ったんだね!お兄ちゃんすっごーい!」
一方、リンは楽しそうである。それは強者ゆえの余裕か。
「ギリギリだけどな。」
ユウも表面上は軽口で応えながら、虎視眈々と攻撃の機会を窺う。
「ギリギリでも避けた事には変わりないよ〜。また一歩竜に近付いたねっ!」
ただ、悠長もしていられない。
頼みの綱であるスキルは3分しかもたないのだ。
会話に気を取られ攻撃するタイミングを逃さないよう、ユウは声への意識をカットする。
「そうだ!何かご褒美あげる!ねえねえ、何がいーい?」
そうとは知らず、名案が浮かんだとばかりにリンは嬉しそうに提案する。
「ねーえ?・・・お兄ちゃん?」
ユウは彼女の挙動を注視し、僅かな隙を見出そうとする。
「ねえってば。」
リンの声音が少し変化したが、もちろんユウは気付いていない。
ー プツン ー
何かが切れる音がした。
「お兄ちゃぁあああんっ!!」
怒りの叫びは竜の咆哮となり、ユウの身体を地面に縛り付ける。
「っ!?んん!?な、何だ!?」
ようやくユウも気付き、慌てて耳を傾けたが時既に遅し。
「お兄ちゃん・・・ご褒美あげる。」
「えっ?え?」
「アルとドリューの見たんでしょ?だから私のも見せてあげる。・・・私の
景色が歪む程の熱を纏い、眼を爛々と輝かせたリンは、
「ひゅっ。」
ユウの喉から変な音が出る。
彼の反応を待たずして、
(に、逃げーー)
自由を取り戻したユウの身体は反射的に逃げる体勢となるが、
逃げ場など何処にある?
それに、せっかくの特訓、しかもスキル発動中なのだ。
(迎え撃つ。)
ユウは左手の篭手盾と右手の剣に膨大な熱量を纏わせーー
「あ。」
先程の攻防の際、剣をへし折られた事を失念していた。
ユウが一瞬呆けたタイミングで、天空に大きな魔法陣が現れ、その中心を巨大な矢が炎を纏って突き抜ける。
辛うじて見えた矢の正体は、十数メートルある赤きドラゴン、火竜姫リングレットである。
(恐竜ってこんな感じで隕石を眺めてたのかな・・・)
攻撃方法の規模にユウの思考が一時停止した直後、音速を超えて落下してきた炎の矢が百数メートル先の大地に突き刺さりーー
その瞬間、ユウの意識は真っ黒に染まった。
「ここは・・・?」
蘇生されたユウの視界に飛び込んできたのは馴染みの廃神殿ーー
ではなく、数百メートルにも及ぶ大規模なクレーターの斜面であった。
深いクレーター中心にはマグマ溜りができており、茶色一色の抉れた大地の所々で黒煙が立ち昇り、火が燻っていた。
まるで地獄の釜である。
ー すたん ー
「スッキリした〜♪」
そんな場所に不釣り合いな存在が、晴れ晴れとした声と共に、ユウの前に降り立つ。
「リン?ここって・・・どこ?」
「え?場所は変わってないよ。本気出したら地形がちょっと変わっただけ。」
「ほんき?ちけい?ちょっと?」
もはや別フィールドと化した廃神殿の有様に、ユウの理解が追い付かず、少しばかり語彙力が低下する。
「ん〜?お兄ちゃんちょっとおかしくなっちゃった?もう1回死に戻りしたら治るかな?」
叩いたら直る方式を実行しようとリンが剣を構えた姿を見て、我に返ったユウは慌てて手と首を振り、落ち着いている事を必死でアピールした。
「い、いや!大丈夫!もう治った!大丈夫!」
「そう?」
「あ、ああ。場所が急に変わって混乱しただけだ。」
「そっか。時間が経ったら元に戻るし、心配ないよ〜。」
「そ、それは良かった。」
一部とはいえ全力を出せたリンはスッキリした表情となっており、先程までの御立腹オーラは消えていた。
彼女の機嫌が治った事に、そっと胸を撫で下ろしたユウは休憩がてら近況報告をする。
その中には、昼間に運営から届いた次回イベントの予告も含まれていた。
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