第9話 合格

「待ちきれなくてわたしの方から来ちゃった」



ユウと会えた事が嬉しいのか、目の前の少女、火竜姫リングレットはコロコロ笑う。


一方、ユウは困惑していた。



「あれ?なんで・・・?始まりの街に出るはずなのに・・・。バグなのか?」


「バグじゃないよお。ただ、お兄ちゃんに会いたかったからちょっとだけズルしちゃった。緊急イベントがない限り、わたしは始まりの街に入れないからねー」



リングレットはイタズラがバレたように舌を出して白状する。


その姿は本当に人間味が溢れており、到底NPCだとは思えなかった。



「それで何の用だい?俺は失格になったはずだけど」



スタート地点が廃神殿なのは、リングレットの仕業である事に納得したユウは彼女の目的を訊ねる。


ユウ的にはリングレットの御目にかなわなかったから、前回は殺されて始まりの街へ死に戻りしたと解釈していた。



「失格?遊びのこと?ん~ん、むしろ合格だよ?」



ところがリングレットはユウの言葉にキョトンとし、首を振りながら彼の解釈を否定した。



「え?じゃあ、何で俺は殺されたんだ?」



キョトンとしたのはユウも同じであった。


合格だったのなら死に戻りする必要はなかったのではないか。


そのユウの質問にリングレットは顔を背け、少し唇を尖らせながら答える。



「だ、だってビックリさせられたのが悔しかったんだもん・・・」



「なんだそりゃ・・・」


その姿に脱力感をおぼえたユウであったが、気を取り直して招待された理由を訊ねた。


「それで、合格したからもう一度俺をこの場所に呼んだのかい?」


「そうだよ。本当はもう一度あの洞窟からここに繋げようと思ったんだけど、人がひっきりなしに来るし、でもお兄ちゃんは来ないしで、もぉーってなって直接呼んだんだよ」


「そうか。話題になってるもんな」



ユウは昨日の掲示板を思い返す。


そこでは洞窟内に座するジェネラルゴブリンについての情報が飛び交っていた。


ユウ自身もその情報を元に、ジェネラルゴブリンに挑戦するつもりで今日はログインしたのだ。



「そんなに賑わっているなら洞窟に行っても順番待ちで挑戦できなかったかもな・・・。だったら、この場所で君と会えた方が楽しめそうだし良かったよ。」


「でしょでしょっ。わたしとの方がきっと楽しめるよ。あ、それでね、合格したお兄ちゃんにはして欲しい事があるんだけど・・・でも、その前に今日は選んで欲しいの」


少し声音を落とした彼女は真剣な表情を浮かべた。



「選ぶ?」


「うん。わたしとの遊びを合格したお兄ちゃんはこのゲーム内で特別な存在の1人に選ばれたの。

このままいくと、今後は特殊クエストやイベントが発生するんだけどね、場合によっては有名になったり、他のプレイヤー達から狙われたりしちゃうんだ。

・・・でも、そもそも特別な存在になる事はお兄ちゃんが自ら望んだ事じゃないでしょ?わたしとの遊びだって、強制イベントだったしね。

特殊クエストやイベントなんて煩わしい。有名になったり狙われたりなんて冗談じゃない、平穏にゲームを楽しみたい。なんて思ったりもするでしょ?

だから、まずはお兄ちゃんに選んで欲しいの。このまま特別な存在としてゲームを楽しむか、わたしとの縁を切って、平凡な1プレイヤーとしてゲームを楽しむかをね」



リングレットが言い終わると同時に、ユウの目前に『火竜姫の騎士になる』『はい』『いいえ』の選択画面が現れた。



「ちなみに決めるのは一度きりだよ。『火竜姫の騎士』は、途中で辞める事も途中から参加する事もできないから、じっくり考えてから選んでね」



「分かったよ」


ー ポチッ ー


【『はい』が選択されました。】


「え?」



リングレットの説明に頷きはしたが、ユウは彼女の言葉をまるまる無視して、即座に選択する。


さすがに予想外だったのかリングレットは呆気にとられた。


【『火竜姫の騎士』の称号を獲得しました。】


そんな彼女の様子をよそに、ユウが選択した結果が表示され、彼はリングレットに問い掛ける。


「『称号』は何か意味があるのかい?」



「な、なななにもないけどっ!?ないけどさ!お兄ちゃんわたしの説明聞いてた!?選ぶのは一度きりだからじっくり考えてねって言ったじゃない!なんで即答したの!?」


「いや、だって決まってたし」


「それでも少しは考えるでしょ!わたしの方が超ビックリしたよ!心臓止まるかと思ったよ!わたしの騎士になってすぐに竜殺し未遂してどうするの!?」


「その場合は経験値とか入るのかな?」


「冷静!冷酷!そんなの知らない!」


呆けから一転、リングレットはヒートアップしてユウに詰め寄った。


しかし、彼からしてみれば、最初から決めていた選択肢を選んだだけである。


リングレットはひとしきり騒いだ後、肩で息をしながら深いため息をついた。



「はぁ~・・・。断られたらどうしようとか心配してた自分が馬鹿みたいだよ」


「ちなみに断ってたらどうなったんだい?」


「分かんない。自分で考えろってパパ達に言われてるからね。でも、たぶん腹いせにお兄ちゃんを八つ裂きにして、あと、フィールドにいるプレイヤー全てを焼き尽くしてたかな」


「おおぅ・・・」


決めていたとはいえ、興味本位で断らなくて良かったとユウは心底思った。



(まあ、それもないかな。)



ユウは説明中のリングレットを思い出して心の中で呟く。


すがるように、泣きそうな表情で見上げてくる彼女を一体誰が拒絶できようか。



「何はともあれ、これからよろしく。で良いのかな?」


「うん。こっちこそよろしくね!お兄ちゃんっ。それと、わたしの事は『リン』って呼んでね」


「分かった。それで早速だけどお願いって何かな?」


「ん~。話が長くなるし、今日はお兄ちゃんからの返答を聞くだけのつもりだったしいいかな。また次会った時にお願いするね」


「じゃあ、今日はこれで解散だな。今後の為にもレベリングを頑張ろうかな」


「うんっ。頑張って強くなってね。あっ、それとお兄ちゃんのスキルだけどね、わたしと遊んだり、竜騎士になったから成長して進化したはずだからまた確認してみてね」


「そうなのか?それは楽しみだ」


「ふふふ~、お兄ちゃんも立派な竜になる為にいっぱい力を奮ってね。それじゃあまたね、わたしの騎士様おにいちゃん



リングレットは会った時のように花咲く笑顔で手を振りながら別れの挨拶をする。


それに応じてユウも手を振ったところで、足元に魔法陣が広がり、やがて光に包まれ始まりの街へと消え戻っていった。

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