第8話 大学にて

「結局、何だったんだろう・・・」


大和は大学の講義を受けながら昨日の出来事を思い返してぼやく。



昨日、大和ことユウはPAO内において謎の少女ドラゴン、リングレットと戦い(彼女からすれば単なる遊びらしい)、攻撃のチャンスを躊躇ためらった結果、お仕置きとして彼女に殺されたのだ。


その後、始まりの街へ死に戻りしたが、当然ながらリングレットの姿はなく、自身のステータスやメッセージ等を確認しても、何ひとつとして彼女と遭遇する前と変わらない状態であった。


その日は結局、所持金とアイテムを失っただけで、それ以上の変化は起こらなかった。



「目的を教えてもらえなかったって事は、試練あそびは不合格だったんだよな・・・」


リングレットが自分を待っていた理由を聞けず殺されたので、大和はそう解釈し、今回の特殊イベントは諦める事にした。


というよりも、諦めざるをえなかった。


彼女と出会ったあの荒廃した神殿のような場所に、再びたどり着ける気がしなかったのだ。



あの場所が気になっていた大和は、就寝する前にPAO関連の掲示板を閲覧して情報を集めようとした。


しかし、森の中で見つけた洞窟についての報告はあったものの、肝心の神殿に関する情報は一切なかったのである。


それどころか、洞窟についての情報さえ、自分が見たそれとは異なっていた。



ユウが入った時はただの一本道であったはずだが、掲示板の報告によれば、洞窟内は複数に枝分かれしており、1つを除いて全て行き止まり、残り1つの先は大部屋となっていて、中には『ジェネラルゴブリン』という中ボス級のモンスターがいたらしい。


違う洞窟ではと初めは疑った大和であったが、掲示板に載せられていたMAPを見る限り、自分が入った洞窟と同じ場所であった。


また、その話題には多くの閲覧者が、ジェネラルゴブリンとの戦闘の感想を書き込んでいたので、掲示板の情報の方が正常な洞窟の状態だと考えられた。


たぶん、自分も次に洞窟に入った時は掲示板の皆と同じようにジェネラルゴブリンと相対するのだろう。



リングレットとの特殊イベントは正直惜しいが、彼女の御目にかなわなかったのなら仕方ない。


講義を終えた大和は気持ちを切り替えて、次にログインした時に何をしようか算段しながら、昼食をとる為食堂へ向かった。



その途中の事である。



「ねえねえ、君新入生?」


「は、はい。えと、あの?」


「この大学広いし大変っしょ?道に迷ってそうだし案内してあげるよ。その前にお昼はもう食べた?」


「お、お昼はまだです・・・けど、案内は、結構でしゅ」


「緊張してんの?可愛いね。じゃあ、奢るからさ一緒に食堂で食おうよ」


「え、あ、あの・・・」



通りがかった校舎の陰からそんな男女の会話が聞こえてきた。



大和が通う大学は敷地が広く、校舎が複数棟建っている。


その中でも声が聞こえてきた校舎が建っている場所は比較的人通りが少なかった。


また、会話の内容から察するに2人に面識はなく、男子学生の方が女子学生を誘っているようであった。


つまり、ナンパである。



ただ、男子学生のやり口は強引で、女子学生は明らかに困っている口調であった。


それでも彼は気にする事なく誘い続けている。



この状況において、普段の大和であれば8割の確率で見て見ぬ振りを行っていた。


しかし、今日は残り2割の方、女子学生の少女を助ける選択肢を取った。


PAOでの初心者狩りや、リングレットとの戦闘の余韻で気が高ぶっているのかもしれない。



また、大和は現在、大学内に友達と呼べる人物がいなかった。


彼の出身校は大学がある県から数県離れており、大和を含め3名しかこの大学に入学していないのだ。


なお、他の2名は友達どころか顔見知りでもない。


人間関係は丸っきり0からのスタートである。



逆にいえば、何の枷もなく自由なので、心が多少大胆になったのだろう。


大和は2人から見えない位置からそっと近付く。


近付くにつれ、2人の風貌がはっきりと見えるようになった。



少女の方は、地味だが素朴な可愛さがある容姿で、大人しく押しに弱い感じであった。


対する男子学生の青年は、ぶっちゃけ、いかにも遊んでいそうな容姿であり、お世辞にも誠実とは言い難い雰囲気をもっていた。



言い寄られている少女は完全に怯え、青年はあと少しで落とせると更に強引になる。


少女が泣きそうになったのを見て、大和はついに声を掛けた。



「何をしてるんでしゅっ」


勢い余って盛大に噛んだ。


ただ、注目を浴びる事はでき、2人の視線は大和に釘付けとなる。



少女は安堵した様子で大和を見て、そして、何故か驚いた表情になり、青年は舌打ちをし、明らかに不機嫌な表情で大和を睨み付けた。



「何お前?邪魔すんなよ」


「邪魔って何をですか?女の子を泣かす事ですか?」



青年は低い声で威嚇したが、第一声を噛んで恥ずかしい思いをし、一周回って冷静になった大和の敵ではない。



「はあ?泣かしてなんてねえし、第一お前には関係ない事だろ」


「関係ありませんが、目に余るナンパだったので。強引過ぎて周りが引くレベルでしたよ。実際、側にいた人が急いで大学職員の方を呼びに行きましたし」


「なっ!?・・・チッ、邪魔だどけ!」


「うぉっ!?」


ー べちゃっ ー



実は職員を呼びに言った云々は嘘であったが、青年は真に受けたようで、舌打ちと共に大和を押し退け、逃げるように去っていった。


一方、最後の最後で油断した大和はまさか押し退けられるとは思わず、尻餅をついてしまう。


青年が去った後の場は静寂に包まれていた。



「あ、あー・・・、何かでしゃばっちゃいましたね。もし、今後も何か困った事があったら事務局の窓口で相談すると良いですよ。それじゃ」


「あっ、あの・・・」



微妙な空気に耐えきれなくなった大和はそそくさと立ち上がり、少女に一言二言告げて青年と同じように逃げるようにその場を後にした。



その際、彼女は何かを言いかけたが、早足で去る大和の耳に届く事はなかった。



「・・・ユウさん・・・」



もちろん、遠ざかる彼の背中に向けて放たれた密かな呟きも。



その日の夜、家事も終えた大和は、昨日ぶりにPAOにログインする。


少女を助けた事に後悔はないが、同時に起こった数々の恥ずかしい失敗の鬱憤を晴らす為、今日は徹底してレベリングを行い、掲示板の皆と同じように、森の洞窟内に座するジェネラルゴブリンに挑むつもりであった。



「ゲームスタート」


大和は昨日と同じようにデバイスを装着、PAOを選択してゲームを起動させる。


ログイン後、大和はユウとなり始まりの街へ降り立つ。


はずであった。



「ここは・・・」


しかし、ユウが降り立った場所は始まりの街ではなかった。


そこは、幾多の石柱が倒れて朽ち果て、多くの石畳が剥がれ荒れた地。


つまり、リングレットと出会った神殿のような場所であった。



そして、その神殿の中心には赤いドレスを着た少女が佇んでいる。



「待ってたよ、お兄ちゃん♪」



その少女、火竜姫リングレットは花が咲くような笑顔でユウを迎えた。


かくしてユウは、思いもよらない形とタイミングで、再びリングレットと会う事となった。

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