第7話 火竜姫リングレット

「君はプレイヤーなのか?」


考えていても仕方ないので、ユウは率直に尋ねた。


「ううん。わたしはお兄ちゃん達みたいなプレイヤーじゃないよ?PNもHPバーもないでしょ?」


少女は首を横に降り否定する。



「言われてみればそうだな。じゃあ、NPC・・・なのか?」


「そうだね、どちらかといえばそっちかな」


「そうなのか・・・ん?あれ?・・・君は自分の事をNPCだと理解しているのか?」


「わたしは特別なNPCだからね。自分で考えて動けるように開発陣パパたちがしてくれたの。ちなみに、すっごく強いモンスターなんだよ」



少女は自慢気に胸を張る。


その姿からは彼女が強いモンスターなどと想像もつかない。



「特別なNPCモンスター・・・そんな特殊な君が俺に何の用なんだい?」


「それはね・・・っと、その前にわたしと遊ぼうよ。お兄ちゃんのスキルを見たいの。それで、わたしが楽しめたら教えてあげるっ」


「俺のスキルを・・・?君と戦うのか?」



モンスターとはいえ、目の前にいる存在ものの見た目は完全に少女であり、戦うには躊躇いがあった。


それ以前に名前もHPバーもないので、まともに戦えるかも分からない。



そんなユウの困惑した心情を読み取った彼女は純粋な笑顔で応える。


「これは仮の姿で、本当の姿になったら名前もHPバーも表示されるから大丈夫だよ。それに戦うんじゃなくて遊ぶんだよ?戦いになったらお兄ちゃんなんか・・・1秒も持たないんだから」


「っ!」



強さについてプライドが高いのか、最後の1文句を言う瞬間、少女の目に真剣な色が灯った。


ゲームの中で本当に死ぬ事などないはずだが、それでも一瞬、死をイメージしてしまい思わず身構えてしまう。



そんなユウの表情に満足したのか、少女は再び笑顔を振り撒き、そして、ユウの意志を聞かずして、まるで歌うようにかのように試練あそび開始を告げた。



「それじゃあ始めるね。わたしは火竜姫『リングレット』。お兄ちゃんも竜の末席なら知恵と勇気を振り絞って楽んでねっ!」



言うや否や少女、リングレットの身体を炎が包み込む。


炎は勢いを増して高さ10メートルを越えた。


ゲームなので痛覚はないはずだが、巨大な火柱を前にしたユウはヒリヒリと肌を焦がすような鋭い痛みを感じた。



やがて炎柱は解かれ、その高さに劣らない巨大なモンスターが姿を現す。



火竜姫リングレット・・・」



ユウはモンスターの名前を呟く。



その名が示す通り、現れたのは赤いドラゴンであった。


ドラゴンは多くのゲームや漫画で強さの象徴として描写されている。


ユウも幾度となく漫画やゲーム内においてその強さを目にしたが、このVRMMOの中で対峙した今となっては、そのどれもが生易しく感じた。



基本的にゲームや漫画で対峙したドラゴンは、仲間になるルートを除いて最終的には討たれる運命にある。


どんなに強くてもだ。



しかし、今目の前にいるリングレットはどう足掻いても、それどころか、この先どれだけ強くなろうと勝てない。


そう直感するほど圧倒的な存在であった。



本体はおろか赤色に輝く鱗にさえ傷をつけるすべも想像つかず、その巨大な身体を駆使した攻撃から逃れる方法も思い付かない。


対峙するだけで心が折れる理不尽な存在は、ある意味本物のドラゴンである。



リングレットは身構えるユウに頭を向け、大牙が生えた口を開き、開口一番、耳をつんざくような咆哮を放った。



ー グォオオオオオオオン!!! ー



「ぐぅっ!?」



戦う意思を見せる事さえ許されないとでも言うような威嚇ほうこうを前にし、だが、ユウは心がへし折られそうになりながらも何とか耐えた。



(き、距離を取ろう)


距離を取ったところでどうにもならないが、本能が強制的に後退の行動を仕向ける。


「あ、あれ?」


だが、身体がまるで鉛のように重く、思うように動かない。



すると、リングレットが巨大な翼を広げて羽ばたき、自らユウから距離を取るように斜め後ろへ翔んだ。


「っ!?」


羽ばたきの余波で起こった突風がユウを襲い、彼は倒れた石柱の側まで吹き飛ぶ。



すぐに身を起こしたユウであったが、先程感じた身体の重さが嘘のように消えている事に気付いた。


現在リングレットとの距離は数十メートルある。


(さっきの身体の重さは、リングレットの咆哮と距離に関係しているのか?)



彼女の咆哮直後から動きが鈍り、距離が離れると元の調子に戻った事から、ユウはリングレットの咆哮が何らかの状態異常攻撃であり、その効果範囲は距離に準じていると推測する。


時間に準じているかもしれないが、早くに効果が切れたので、その可能性は低かった。


ただ、それなら何故リングレットは自分から距離を取るように翔んだのか。


あまりにも期待外れだったので、興味と遊ぶ気が失せ、このまま翔び去るつもりだろうか。



しかし、そんな楽観的希望は次の瞬間脆く崩れ去る。


リングレットの大きく開けた口先に、大きな魔方陣が出現したのだ。



それが攻撃の準備である事は明白である。


距離を離しての攻撃なら、きっと広範囲攻撃だろう。


だとすれば逃げれるとも思えない。



あり過ぎる力量の差にユウは膝立ちの状態で諦めかけたが、その時ふと彼女の言葉を思い出した。



ー お兄ちゃんのスキルを見たいの ー


ー 知恵と勇気を振り絞って楽しんでね ー



自分はまだスキルを使用していないどころか、知恵も勇気も振り絞っていないのではないか?


勝てないからといって本当にこのまま諦めて良いのだろうか?



否。


所詮はゲームだ。リングレットの攻撃を受けたとしても本当に死ぬ訳ではない。



だからこそ楽しまなければ損である。



だったら諦めて何もせず死ぬより、知恵と勇気を振り絞って足掻いてから死ぬ方が、今後に繋がる有意義なものになるはずだ。



ユウは頭をフル回転させ、数秒後に訪れるであろうリングレットの攻撃を回避する手段を模索する。



目の前には倒れた石柱、足元は石畳。



「っ!ドラゴンズ握力グリッパー!」



閃いたユウは一筋の可能性に賭け、オンリーワンスキルを発動させ行動を開始した。


賭けは見事に勝ち、予想していた結果が出る。


だが、そこに喜びの表情はない。


まだまだ足りないのだ。


ユウは限られた時間の中で、一心不乱に行動を繰り返す。



そして、ユウが行動を開始して十数秒後。



ー ゴォオオオオオオオオゥ!!! ー



リングレットのブレス攻撃が放たれた。


炎がまるで津波のように勢いよく押し寄せ、辺り一面が火の海となる。




「ありゃりゃ~」



しばらく経って、未だ残火が燻る地に再び少女の姿になったリングレットが降り立つ。


石柱や石畳は炎に強い為、そのままの形で残っているが、周りの草木は全て燃やし尽くされていた。


ゲームなので時間が立てば再び元に戻るだろうが、現状では正に焼け野原である。



リングレットは辺りをウロウロしてユウを探す。


だが、辺りを見回しても人らしき影はない。



「竜の力で何かしてたようだけど、間に合わないまま燃え尽きちゃったのかなあ?やっぱりまだお兄ちゃんに会うのは早かったのかも」



リングレットは少しガッカリした様子で倒れた石柱の側を通る。


その石柱は彼女が翔んだ時にユウが吹き飛ばされた先にあったものだ。


よく見ると、石柱のすぐ側に敷かれた一枚の石畳がまるで新品のように綺麗であった。


その場所は炎が迫ってきた方向と真逆の位置である。


リングレットはその石畳に気付かないまま通り過ぎようとしていた。



そして、息を潜めていたものが動き出す。



彼女が通り過ぎた直後、突如として石畳が音もなく消滅した。


石畳があった場所から石柱の下にかけて、人間1人がうずくまれる程度の穴蔵が掘られており、そこで身体を丸めて機を窺っていた人物が勢いよく跳ね起きた。



ユウである。


彼はオンリーワンスキルを以て石畳を粉砕し、そのまま石柱の下に潜り込めるよう、握力で地面を握り削り、穴を斜めに掘ったのだ。



大地フィールドを破壊できるか ー



一番の賭けであったが、結果はユウの望む方向に傾いた。


ユウは跳ね起きた勢いのまま、リングレットの背後から強襲する。



しかし、ここで問題が発生した。



いくらモンスターといえども、竜状態ならともかく少女姿のリングレットを、しかも背後から剣で斬ったり殴ったりしても良いのだろうか?


攻撃の寸前でそんな躊躇いが生じ、固まってしまったのだ。



画面越しのゲームでは生じない、VR特有の臨場感が起こすVRMMO初心者故の失敗であった。


この硬直が致命的な間となり、リングレットに振り返る時間を与える。



彼女はユウを見た瞬間、驚いた表情になったが、すぐにイタズラめいた笑顔になり、右手に炎を宿した。



「お兄ちゃん、生き残ってたんだねっ。びっくりしたよお。でもね、せっかく生き残ってわたしの隙を突いたんだから、攻撃を躊躇っちゃ駄目だよ?だからね、これはお仕置きっ」



ー ゴウ!! ー



炎を纏った右ストレートが少女にあるまじき速度で放たれユウの身体を貫く。



(攻撃を躊躇う優しさを理由に、今回は見逃してくれても良かったんじゃないかな。)


そんな他愛ない感想を胸に抱きながら、ユウは光の粒子となって消えていった。

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