第10話 火竜の右手
始まりの街へ戻ったユウは早速ステータス画面を開いてスキルの確認をした。
【オンリーワンスキル】
『
①発動から60秒間、右手に火竜のそれと同じ効力が宿る。
②1時間後に再使用可能。
「何か強そうだな。効果時間も長くなってる」
ユウは足取りも軽く草原の方へ赴く。
森の方は洞窟探索とジェネラルゴブリン討伐目的の人で溢れて、ろくにレベリングやスキルの試験使用ができなさそうだったからだ。
それに草原へ行くのは初めてなので、何か新しい発見があるかもしれない。
ユウはワクワクしながら、始まりの街の門から草原へと足を踏み出した。
草原は見晴らしの良いフィールドであり、いくつかの丘を越えた先には新たな街が広がっている。
出てくるモンスターは牛型などの草食系が多いが、時折オオカミに似た肉食系のモンスターが群れを成して草食系のモンスターやプレイヤー達に襲い掛かる姿が目撃されている。
ユウが探索を進める中で、ゲームでお馴染みの『スライム』や大きなウサギ型のモンスターである『アルミラージ』などと遭遇したが、初心者向けのモンスターだからか苦戦する事なく討伐する事ができた。
そんな折、ユウは他にプレイヤーがいないエリアで『
綿羊はその名の通り綿を纏った羊のモンスターで、ユウを認識した途端、大きな巻き角を彼に向け、勢いをつけて突進攻撃を繰り出してきた。
突然の攻撃に驚きはしたが、綿羊も例に漏れず初心者向けのモンスターであり突進速度も速くはなく、ユウは余裕をもって回避する事ができた。
避けられた綿羊は走り抜けた後、ゆっくり方向転換して再び突進攻撃を仕掛ける。
ユウの方も再度余裕をもって回避し、今度はすれ違いざまに羊の胴へ向けて片手剣を振り下ろした。
(よし!当たる!)
ベストなタイミングで振り下ろした剣は、綿羊の背に吸い込まれいく。
しかし
ー ばぃん ー
「え?」
綿羊の背に当たった瞬間、刃を押し返される感触が手に伝わった。
羊はそのまま何事もなかったかのようにすり抜け、再びゆっくりと方向転換する。
羊のHPバーを確認すると、僅かしかダメージが入っていないようであった。
(まさか硬い?いや、柔らか過ぎるのか?)
先程の押し返される感触から、背の綿毛に攻撃が阻まれたと推測したユウは、攻撃の入りそうな部位を探す。
突進してきた際に正面から頭を突ければ大ダメージを与えられそうだが、少しでもズレると巻き角に弾かれ攻撃をモロに受ける可能性がある。
足元を狙うのがセオリーのようだが綿毛に阻まれやすい上、一度のダメージが少なく討伐するのに時間がかかりそうである。
通常なら攻撃方法はこの二択に絞られるが、ユウが選んだのは結局どちらでもなかった。
再び綿羊がユウに向き合い、突進攻撃を仕掛ける為に勢いをつけたその時、彼は片手剣をアイテムボックスに戻し、ある単語を口にする。
「
それはユウのみに与えられた
『
もちろん、早く試してみたい気持もあった。
そして、スキルを発動させた瞬間。
ユウの視界が揺らいだ。
まるで真夏のアスファルト上のような揺らぎが彼の視界に入る。
また、心なしか右手が温かい。
「ん!?」
その右手を見て驚いた。
右手は赤い光の粒子を纏って輝いていた。
粒子は鱗状に形作られ煌めく。
『竜鱗』である。
『火竜の右手』だからそこまでは良い。
ユウが驚いたのは右手の周囲の空間が歪んで見えたからである。
それに右手の温かさ。
PAOのゲーム内においても痛み以外の感覚は存在する。
熱い、寒いもだ。
プレイヤーに火や水などを認識してもらう為であり、少しでも現実とのギャップを減らす為でもある。
しかし、感覚に痛みを伴えばゲームを臆する者や、逆に他のプレイヤーに痛みを与える事を楽しむ者が現れる可能性がある。
だから感覚も痛みを伴わない範囲で表現しなければいけない。
『熱い』は『温かい』まで、『寒い』は『涼しい』までといったように。
つまり、ユウの右手は今、熱をもっているのだ。
それも、周囲の背景が歪む程の熱を。
視界が揺らぐ原因は己の右手にあった。
『火竜の右手』の効力は温度にまで及んでいた。
勇敢な綿羊はユウのスキルを見てもなお、怯まず突進攻撃を仕掛ける。
一方のユウは先程と同じように攻撃を避け、少し躊躇いながらも、赤色に煌めく右拳で綿羊の横腹を打撃した。
ー ゴオゥ! ー
右手に押し返される感触が伝わったが、綿羊の方もユウの拳が当たった瞬間、燃え上がり一瞬で光の粒子となって消え去った。
残されたユウの耳にレベルアップの通知とメッセージが届く。
綿羊を
『お兄ちゃんの愛しのお姫様リンだよ~!お兄ちゃんはもうスキル使った?びっくりした?驚いた?お兄ちゃんはわたしの騎士様だからね、ちょっとだけ手心を加えちゃったけど許してね!
でも、わたしの騎士ならもっともっと強い竜にならないと駄目だからねっ。その為にも次会う時までにしっかり使いこなしておいてね!それじゃあ、し~ゆ~!』
「ちょっとだけ・・・?」
文章に脱力したユウはそう突っ込むのでいっぱいいっぱいであった。
そして、メッセージ画面を閉じようとしたところ、もう一件メッセージが届いていた事に気付く。
その送信主は運営からでPAO初のイベント告知であった。
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