第52話 僕の夢
来る時とは逆の方向に景色が流れていくのを、僕は馬車の窓からぼんやりと見ていた。段々と道が舗装されていき、ヒースの野原やニレの木が見える頃には自然が赤から暗い群青色に染められていく。
僕が座っている席は馬車の隅で、僕の隣だけ人が座っていない。仲良しグループ同士で固まって今回の試験について武勇伝を語ったり、トラウマになった子を慰めたりしていた。
馬車は班ごとに分けられているわけでもなく、男女別だから僕が話せる子は誰もいない。行きは一緒だったローデリヒも、帰りはスヴェンたちといった男子のスクールカースト上位組と同じ馬車に同乗していた。
側に誰もおらず、周囲の会話の内容が途切れ途切れに聞こえてくるだけ。
さっきまで感動していた頭が、徐々に冷えていく。
一人になるとウジウジした考えばかり浮かんでくる。
これが、僕の日常。これでいい。可もなく不可もなく、学園を無事卒業して、安定した商会に入れればいい。
いや、ぜひともそうなって、入りたい。下手に高望みして、あんな目には遭いたくない。
僕の父上は男爵で爵位が低いから、お金を稼ぐために商会を興した。最初は上手く行っていた。仕事も定期的にあり、労使の関係も良好だった。
でももっと上を、ミュンヘン随一の商会を、そういい始めた頃から狂い始めた。
急いで商売の手を広げようとしたため無理が出て経営が難しくなった。
幸い倒産は免れ、僕一人が学園に通えるくらいのお金は残してくれたけれど損失分の埋め合わせをするためにミュンヘンの外で稼がないといけなくなり、父上と母上は屋敷を出てしまい、豪華でない屋敷で雇っていた数少ない執事やメイドにも暇を出さざるを得なくなり、僕は屋敷にたった一人で残された。
屋敷を去っていく際の使用人たちの顔は、今でも忘れられない。
急いで、功を焦ったせいで父上のみならず執事やメイドたちの職までも失わせてしまった。
だから今回の件を活かして大貴族とお近づきになりたいとか、そんなことは考えたらいけない。クラスで一人ぼっちでも、いい。
安定した生活が手に入るなら、それでいい。
高望みした結果が父上のような有様。
だから、今のままでいい。今のところ無事に進級できたし、教師からの受けもよくはないが悪くもない。ロルフとライナーで少しトラブったけど、それ以外は目立った問題も起きていない。
無事に卒業して、ちゃんと就職して。
家に帰れば僕以外誰もいなくなった部屋で、暖炉に一人で火をつけて一人で夕飯を食べ、一人で眠る、そんな屋敷に人を入れて、家族で仲良く暮らしていたころに戻りたい。
それが僕の夢。
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