第48話 嫌味

 以前、アプフェルの父上の雷撃を見て色々と考えた。

 僕のゴーレムが数発の攻撃しか耐えられなかったヒグマのマリグネ、ズィーベンを一瞬で屠った「アメジスト・ライトニング」。

 僕は雷撃の魔法は使えないけれど、どうにかしてあの雷撃に耐えられるゴーレムが作れないか。

 魔法を使うマリグネもいるというし、雷撃に耐えられるゴーレムが必要になる時が来るかもしれない。

 ずっと考えた。寝る時も食べる時も、授業の時も、ロルフたちにからかわれて嫌な思いをする時もクラスメイトに嫉妬する時も、ケルナ―・ブロートでプレッツエルを食べながら遠目にキルシェの胸が揺れるのが見えてドキドキする時も。

 僕の魔法は土に干渉する。

 普段は土をそのままゴーレムにしたり、土の中の石を使ってゴーレムを創るけれど、以前アメジスト・ライトニングが放たれた現場で、土中でほとんど雷撃の影響を受けていない鉱物があることに気がついた。その鉱物の名前と特徴について錬金術師に聞いてみた。

通常の石や土よりもはるかに融点が高く、高位の錬金術師や技術者でなければ精製できない。

鉄でさえ溶けるような高温ですら溶かすことが叶わず、雷にも強い性質があるとのこと。

 これなら雷撃に耐えられるゴーレムの材料になるんじゃないか?

 そう思い、その鉱物にゴーレムを創るのと同じ要領で魔力を通してみたが、出来上がったのはゴーレムとも呼べない不格好な塊でしかなかった。

 その鉱物は水晶言われる宝石の一種で、純度の低いものならば山脈から発見されることも多い。純度の高く錬成されたものはクリスタルと言われる。

 けれど材質が通常の石とは違いすぎて、魔力を通すのに困難を極めた。

ゼクスとの戦いまで一度も成功しなかった。今回成功したのは、本当に運が良かった。



 僕とクリスタル・ゴーレムの魔力のつながりが切れたのを感じる。

透明に輝いていた体は元のポケットに入るくらいの大きさに戻った。

 魔力の調整が困難なためか、ストーン・ゴーレムよりも持続時間が短いらしい。まだまだ課題が多い魔法だな。

 ゼクスとの戦闘が終わり、周囲にマリグネも獣の気配もしないので僕はほっと一息つく。

真っ二つになったゼクスの亡骸からマリグネ・ケルンを探し出し、血を軽く下草の葉でぬぐう。それから布ごしに拾い上げてザックの中の水筒の水で洗い流す。

 ラ―ベの時とは違う色。

 日の光どころか、月の光ですら吸い込まれそうな今までに見たことのない色だった。

僕は黒いマリグネ・ケルンを大切にザックの中にしまった。

「これからどうする?」

 僕はスクールカースト最下位としての分をわきまえ、アプフェルの意見を聞くことにした。

 だがアプフェルは呆けたような目で僕を見たまま返事しない。

「アプフェル?」

 僕がもう一度呼びかけるとアプフェルはやっと我に返ったように顔を上げた。

「あ、ああ、これからですわね」

 アプフェルは再びイェーガ―家の紋章が刻まれた懐中時計を取りだすと、時刻を確認した。

「そろそろ帰らないと集合時間に遅れてしまいますわね!」

 なんだかアクセントがおかしい。

「ローデリヒ、なら帰ろうか」

「もちろんだ。騎士たる者、五分前行動くらいできなくては」

 剣にべったりと付着したゼクスの血と脂を布でぬぐい、鞘に納めながら答えた。

「じゃあツィトローネ。そういうことでいい?」

 だがツィトローネは僕のことを気味が悪いような、警戒するような目で見ていた。

 彼女のこんな目を見たのは初めてで、少し怖い。

 クリスタル・ゴーレムを使ったことが悪かったのだろうとはなんとなくわかるのだけれど、それがどうしてかまではわからなかった。

 困惑していると、ツィトローネの方から口を開く。

「ラッテ君、あなたは、何者?」

「何者って……」

 ツィトローネの質問の意味がわからない。見た目に何か変なところがあるだろうか?

「僕はただの、男爵風情だよ」

 とりあえずいつもの答えを返しておいた。

 だがツィトローネは、眉根を寄せて不機嫌な感じになって言った。

「冗談、言わないで。クリスタルなんて希少な鉱物、に魔力を通すなんて、並の魔法の使い手じゃ、決してできない芸当。希少な鉱物、たとえば、金に魔力を通すのが、困難だから錬金術師という、レアな職業があるくらい。鉄に魔力を通すのが、困難だから名だたる鍛冶師が、打った剣には万金の価値がある」

「金や鉄に魔力を通して、それが持続できれば金貨や剣として扱えるから、魔法使いとして一流だろうね。でも見ての通り、僕は水晶にほんの短時間しか魔力を通せなかった」

 そう言って僕は掌の中の、くすんで輝きのろくにない水晶の欠片を見せた。

「あなたは、いつもそう。なんで、卑下ばかりする」

「簡単だよ」

 風が木々の間を通り抜け、いくつか木の葉が舞った。

 その時の僕は、自分でもわかるくらいに哀しい目をしていたと思う。

 今までの経験がフラッシュバックして、口の中を噛んでそれに耐えた。血の香りが嫌な記憶を少しだけ紛らわせてくれる。

「高望みすると、ろくなことがないからだよ」

 僕は集合地の方を向き、そっけなく告げる。

「それより、そろそろ集合時間だ。もう帰ろう」

 僕は彼らの返事も聞かずに、帰り道を歩き始めた。

 みんな、何も言い返さずに黙ってついてくる。

 自分でも嫌な対応をしているな、と思う。でも、止められなかった。

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