第46話 通った
状況は絶望的だ。
アプフェルの氷は雷撃ですぐに解かされてしまう。
ツィトローネの炎は動きまわる相手には使いにくい。
ローデリヒの剣も、正面から渡り合えば雷撃を喰らうだろう。
「逃げ、よう」
ツィトローネは震える手から魔法杖が滑り落ちそうになっているのを、強く握りこんで止めながら言った。
しかしアプフェルは首を横に振る。
「逃げられませんわ。イノシシは人間よりも足が速くてよ? 馬ほどではないけれど、イノシシから走って逃げる人間など見たことがありませんわ」
移動速度が速くなる魔法の使い手なら別だろうけど、そんな子が都合よくいるわけもない。
「ここは、僕が囮になる。その隙にみんなは逃げるんだ」
ローデリヒは剣を構え直し、金色の光を纏わせる。
僕は初めて彼に対しコンプレックスの混じらない好感を持った。
今までずっと、彼に対してはコンプレックスを感じてばかりだったし、当たり前の様に僕を使用人扱いしたこともあった。容姿だって、家柄だって、魔法の才能だって、僕がかなうところなんて何一つない。
本来なら「ラッテ君を囮にして、僕たちは逃げよう」そう言うべきなのだろう。僕の命の価値がこの中で、一番軽いのだから。
ロルフやライナーならば何のためらいもなくそう言っただろう。
でも、ローデリヒはこの極限状況の中でもそうしなかった。僕を捨て駒にせず、自ら捨て駒になろうとした。
アプフェルも、ツィトローネも、僕を見捨てて逃げようとしない。
それが、嬉しかった。
いつも除け者にされてばかりだったから、嬉しかった。
「逃げる必要はないよ。囮になる必要もない。ゼクスは、僕が倒す」
僕はゼクスを真正面から見据えながら、魔法杖を強く握りしめた。握っていない方の手がポケットに当たり、固い感触を伝えてくる。
手はある。
以前、ズィーベンと戦闘した後の出来事がヒントになって、開発したゴーレム。さっきアプフェルに言った、新しいゴーレム。
でも、このメイク・ゴーレムは一度も完全に成功したことはない。
できるのか?
そんな不安が、心を浸食してくる。
ずっと男爵として虐げられてきた経験が、成功するというイメージを邪魔する。
卑屈にふるまうことに慣れて、失敗することに慣れて、馬鹿にされることに慣れすぎてしまったから。この新しいゴーレムが成功するという確信が、持てない。
不安や迷いは魔力にも表れる。
ゼクスが周囲に白い火花を散らせ、ふたたび雷撃の準備をしていた。
アプフェルとツィトローネが僕を見ている。
アプフェルは縋るように、ツィトローネは祈るように。
二人を、守りたい。
そんな気持ちが心の奥底から強く強く湧き上がる。
不安も迷いも、完全には消えない。僕はしょせん男爵風情だから。
でもやるしかない。
腹が決まった。
ゼクスが周囲に展開していた白い火花を牙の先に収束させはじめた。
ツィトローネのお父さんは奥さんを三人娶ったというけれど、守りたい人が多かったのだろうか。目の前で危ない目にあって、今の僕みたいな衝動に駆られたんだろうか。
僕は、あがり症で気が小さくて、他人の視線が苦手だ。
他のクラスメイトからこんな風に見つめられれば、萎縮して基本の魔法さえ発動できなかっただろう。
でも、アプフェルとツィトローネ、この二人を見ていると。見られているって意識すると。
体の底から、心の奥底から、力と魔力がみなぎってくる気がした。
魔力が魔法杖の先端に収束してくのがはっきりと知覚できる。
けど足りない。
今まで失敗続きだったから、よくわかる。
もしキルシェがこの場にいたらどんなふうに思ってくれるんだろうか、ふとそんなことも頭に浮かぶ。
さっきよりも強い魔力を感じ取れた。
魔法を勉強して、魔力が知覚できるようになってから。自分の魔力をここまではっきり知覚できたのは、初めてだ。
今まで、できなかったけど。
今なら、できる気がした。
僕はポケットの中の鉱物を取りだす。
白樫の魔法杖を天に掲げ、新しいゴーレムの名前を詠唱する。
魔力が、通った。
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