第41話 些細
「一体、どうしたの?」
アプフェルのアイシクル・エンピレイングで尿を凍らせて処理した後、僕は呆然として彼女に尋ねた。
何がしたかったのか、何が目的なのかさっぱりわからない。そもそもアプフェルはこんな奇行をするようなタイプではなかったはずだ。
彼女は何かをやり遂げた後のような、すっきりとした表情で答える。
「わたくし、漏らすのは恥ずかしくて、はしたないと思っていました」
まあ、普通の十代なら当然の気持ちだと思う。
「でもカペルは、わたくしを笑いませんでしたし、侮辱しませんでしたわ。あの夜の時も。そしてあの時、気がついたのです」
アプフェルは凛としたまなざしで僕を見据え、言い切った。
「あなたにしがみついて粗相をすることが、なんだか気持よいと」
混乱と落胆と惨状とで、頭の整理が追いつかない。
一旦状況を整理しよう。
元々アプフェルは少しびっくりしただけで漏らす癖があって。
成長してからは、大分抑えられるようになって。
でもあのズィーベンとの戦いで、漏らす癖がまた出てきた。
そして今は僕にしがみついて粗相をすることに快感を覚えるようになった、ということらしい。
どうしよう、整理してもさっぱりわからないよ。
でも、似たような話しは覚えがある。
つり橋の上など、緊張した状況で告白されると成功率が高いとか。
本来は危険だった屋外で食事をするとおいしく感じるとか。
緊張感は人の感情に大きな影響を与える。
ズィーベンに殺されかかった極限状況や僕に秘密がばれてしまったという緊張感が、彼女の失禁に強い快感を結びつけたのかもしれない。
「はしたないわたくしですが…… 受け入れてくださいますか?」
また、彼女の目に不安が戻ってくる。
「まあ、いいよ」
なんだかどうでもよくなって、僕は首を縦に振った。
さっきまでためらう理由があった気がするけど、まあ些細なことだろう。
「ありがとう、ございます。末永くよろしくお願いいたしますわ」
アプフェルは雨の後に咲いたバラのように、ほころんだ笑顔を見せた。
「わたくしのすべてを受け入れてくださると言ってくださった。これは、つまり……」
「何か言った?」
「いえ? なんでもありませんわ!」
彼女は今まで見たどんな表情よりも、ずっと、もっと、乙女の顔をしていた。
それから僕たちは茂みを出て、ツィトローネ達と合流した。
「アプフェル、うまくやった?」
アッシュブロンドの髪の少女が、瞳を輝かせて尋ねてきた。
「もちろんですわ!」
「君たち、何が起こったんだい?」
なんだか色々とかみ合っていない気がするけど、まあいいか。
それから僕たちは軽食を取り、疲労がある程度抜けるまで腰を下ろして休んだ。
そのうちにさっきの妙な空気はおさまり、マリグネ狩りにふさわしい適度な緊張感が戻ってくる。
雲越しに笠を作る太陽はまだ高いところにあった。アプフェルはポケットから懐中時計を取り出し、正確な時刻を確認する。
宝石のあしらわれた黄金製で、イェーガ―家の紋章が刻まれていた。
「まだ時間がありますわ。マリグネ・ケルンが一個だけというのもさみしいですし、もう少し探してみましょう」
マリグネを苦戦の末とはいえ一頭狩ったので、気持ちに勢いが乗っている。反対意見は出なかった。
出発のため立ち上がった時。僕たちの頬を撫でる風がさっきより冷たくなっていた。
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