第39話 ゲットだぜ
だがそれから数十分、一向にラ―べは攻めてこなかった。
「もう、首が、痛い」
ずっと空を見上げているので、大分首に負担がかかっている。
だが少しでも空から視線を反らせば高度を下げてくるので、大きく、近付いてくる鳴き声のため少しも気を抜けない。
さっきアプフェルのお陰で盛り上がった雰囲気も、戻ってしまった。
「あいつ、何のつもりですの?」
「カラスは頭が良いからな…… 僕たちが疲労するまで待っている気だろう」
「でも、カラスはそんなに長く飛べるものなのか?」
確かに、カラスが渡り鳥みたいに何時間も飛ぶところは見たことがない。マリグネと化したラ―べも同じはず。
ということは。
鳴き声のリズムが変わり、こちらの警戒心を喚起するかのように甲高くなる。
「ギリギリまで飛び続け、こっちの疲労を誘ってたってことか」
ラ―ベは旋回する角度を変え、こちらに降りてくる。
だが動きが遅く、十分に目視できるレベルだ。
僕はストーン・ゴーレムをアプフェルとツィトローネの盾にする。
ズィーベンと初めて接触した時と違い、守られることを拒否せずにアプフェルは大人しくストーン・ゴーレムの影に隠れた。
いや、自分が出るまでもない、ということだろうか。
「来る方向さえわかっていれば!」
ローデリヒが先頭に立ち、剣を構えた。カウンターで真っ二つにしようという腹だろうか。
ラ―べは先細の口を開き、不気味な舌を見せて爪を振り上げてくる。
普通のカラスより爪が長く大きい。抉られれば腕の肉くらい簡単にこそげるだろう。
「絶妙剣!」
ローデリヒが正眼に構えた剣を凄まじい勢いで振りあげ、そのまま振り下ろす。
無駄や虚飾の一切ない、洗練された縦一文字の斬撃。
正眼からの正中線を取っていく、彼の流派の代表技。
だが。
ラ―べはローデリヒに突っ込まず、そのまま空に飛んで行ってしまった。
逃げたのかと思ったが、側の木に止まりこちらを監視するようにうかがっている。
「どういうことですの? ローデリヒに恐れをなした、ということ?」
ローデリヒは唇を噛みながら首を振る。
「いや、僕は弄ばれていた」
「つまり、あいつの、狙いは」
「僕らを徹底して疲労させることだ」
単に上空を旋回し続けるやり方から、威力偵察を織り交ぜるやり方に切り替えたのだろう。
それから逃げることも考えて道を少し歩いてたり、走ったりしてみたが、ラ―べは付かず離れずの距離を保って木から木へと飛び移り続けた。
あいつの羽ばたく音にどんどん神経質になってきて、木が風で揺れるだけでも精神が擦り減っていく。
「一旦、引き返すかい?」
ローデリヒが提案するが、アプフェルが首を横に振った。
「開始早々に湖まで撤退すれば、大きな減点となりますのよ。それにイェーガ―家の娘として、おめおめと引き下がるような真似だけはごめんですわ」
口調は力強く、強固な意志が感じられるが少し意固地になっている気もする。以前ヴァイス山でズィーベンに襲われた時も、明らかな強敵とわかりながら家の名を気にして無理に立ち向かっていた。
ツィトローネもアプフェルの様子に気づいたのか、小声で話しかけてきた。
「アプフェル、ちょっと」
「うん、家名を気にして意固地になってる。以前もこんなことがあった」
ツィトローネも少し危ういと感じたらしい。
手の中でペンほどの大きさの魔法杖をくるくる回しながらラ―べを何度か見上げ、自らに言い聞かせるように、腹を決めるように大きく頷く。
そして意を決したように声を上げた。
「私がやって、みる。もう一回だけ、付き合って」
「あいつに火をつけるつもりですの? でも、それは無理だと」
「時間をかければ、かけるほど、あいつの優位に、手を貸す。考えが、ある。アプフェル、ラッテ君、協力お願い」
「わかった」
「わかりましたわ」
少し迷ったけど、ツィトローネの言うことは正論だ。早めにケリをつけられるならつけてしまった方が良いだろう。それに自信ありげな彼女の姿を頼もしく思った。
何か策があるんだろうけど、初めての実戦で策を考えられるほど頭が回るのは凄い。僕ならテンパってなにも考えられなくなりそうだ。
実際、以前のズィーベン戦でも咄嗟に行動しただけだった。
「アプフェル、氷を作って。形は何でも良い」
「でもあいつにはかわされるだけですわよ?」
「かわされることすら、ない」
アプフェルがとりあえずツィトローネの指示通りに氷を作りだす。
形は何でもよいと言われたため適当な木々の彫像にしたらしい。
「ローデリヒ、粉々に砕いて。とにかく粒が空中に散乱する感じで」
創造した氷をすぐに砕かれると聞き、アプフェルが不満げな様子を見せたが口には出さなかった。
「わかった」
ラ―べを警戒しつつ、ローデリヒはカービング・ソードで氷を砕いていく。
結晶のように細かく粉砕された氷は太陽が隠れた空の下でも風に舞い、闇夜を月の代わりに照らす星のように煌めいた。
突如、頭上のラ―べが興奮したような声を上げ、そのまままっすぐ突っ込んできた。
単に真っ直ぐ突っ込んでくる感じで、さっきまでより動きが単調だ。
「やっぱり、来た。カラスは光るものが好きだって、聞いたことがある」
そうか、そのために氷を砕いたのか。
「ラッテ君は、ゴーレムで、足止めして。一瞬だけで、いいから」
「わかった」
僕はストーン・ゴーレムを操作して、氷が舞う場所の近くに位置取りさせる。
ラ―べと氷を挟む直線上に、邪魔にならないように配置した。
風を切る音が大きくなり、僕たちの眼前にラ―べが迫ってくる。
遅いと言ってもそれは距離を取っての話で、眼前に迫れば手で捕まえることなど不可能と思えるほどの速度が出ていた。
「遮れ」
僕はゴーレムに命じ、腕を突き出させる。
ラ―べはゴーレムを交わしきれず、爪が引っ掛かって一瞬だけ動きが止まった。
「ファイア・イン・ウオラ」
ツィトローネが魔法杖を振り、小さな火種が氷の光の中に混じる。
火種はあまりに小さく、夜の蛍ほどの輝きもない。
蛍にも劣る橙色の火種は、明星の輝きに隠れる六等星のようだった。
だが明星の影に隠れる六等星は、たちまちのうちに正体を現す。
火種はたちまちのうちに周囲の氷の破片を飲みこむように広がっていき、油をしみこませた布に火がついたように炎上した。
当然、ラ―べにも燃えうつった。
「護れ」
僕は咄嗟にストーン・ゴーレムを間に割り込ませて、盾とする。
ラ―べはもがくように飛びまわり、必死に火を消そうとしていたが、火の勢いは弱まることがない。
「無駄。私の魔法、燃やせる範囲は、決して大きくないけれど、炎は決して消えない。消せるのは、私の意志だけ」
ツィトローネはドヤ顔で言いきった。自信がないような口ぶりだったけど、実は結構自分の魔法に自信があったらしい。
そうだよね。
氷にも火がつくなんて、レア魔法もいいところだ。僕みたいな地味で動きものろい魔法に比べれば、ずっと凄い。
「他の火魔法と違って、天候にも関係ない」
ラ―べが金色の体毛の最後の一本まで燃やしつくされた後、ツィトローネは魔法杖を振って鎮火させる。黒焦げになったラ―べの死体を道に落ちていた枝でつつくと、胴体のあたりに固い感触がある。
少し気持ち悪いので慎重に死体をかき分けると、中から白い宝石の様なものが出てきた。
マリグネ・ケルンゲットだ。
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