第36話 索敵

 翌日の朝。厚い雲が太陽を遮り、昨日より肌寒さを覚える風が湖から吹きつけてくる。

 そんな中、湖畔にクラス三十二名が集められた。全員が魔法服に着替え、腰のベルトに魔法杖を差しこんでいる。

 魔法服には留め金と本体の皮の部分に工夫を凝らしたベルトがあり、魔法杖を差しこめるようになっている。各自の魔法杖の大きさに応じてカスタマイズされており、ローデリヒのように剣型の魔法杖でも、ツィトローネのようにポケットに入るくらいの小型の魔法杖でも同じように装着できるのだ。

 マリグネ討伐の実践演習・試験を兼ねているこのキャンプだけれど、詳細は伏せられていたので皆の顔に緊張が走っている。

マリグネと実際に戦ったことのあるクラスメイトはほとんどいない。領地にマリグネが出没することは滅多になく、戦おうとすれば普段人が立ち入らないような奥地に足を踏み入れるか、ズィーベンのように偶発的に遭遇するか、のどちらかしかない。

 マリグネと戦うことは貴族の義務の一つでもあるが、当然怪我もする。去年もこのキャンプで二人骨折程度の大怪我をしたらしい。

 それをキャンプ前から聞いていても、誰も欠席しなかった。欠席すれば後で後ろ指を指されるのが目に見えているからだ。

 それに順調な人生を送ってきた人は楽観的なのか、自分だけは大丈夫と考えている節があった。

 そんなこと、ありはしないのに。

 不幸の種はどこにでも転がっていて。

 たまたまそれを拾った人と、その周囲の人は人生が狂っていく。

「では、試験の概要を説明する」

 三十二人の貴族の前に立っているエルンスト先生が手元の紙を読み上げた。



 概要は大体以下のような感じだった。

各班が八方向に分かれ、マリグネを見つけ、狩ってくる。

 マリグネの発見も各班が行なうこと。

 制限時間は日没まで。日没を超えた場合、減点などのペナルティを科す。

 狩る数は規定しない。一頭以上なら可。狩った場合はマリグネを倒した証であるマリグネ・ケルンを証拠として持ち帰ること。

 マリグネ・ケルンとはマリグネを倒した際にマリグネがドロップする宝石で、これと樫や黒壇などの木材と組み合わせることで魔法杖を初めとする魔法の道具となる。

ヒグマのマリグネ、ズィーベンを倒した際にはアプフェルの父のアメジスト・ライトニングでケルンごと消し炭になってしまったので、手に入らなかった。

 あのケルンから生まれる魔法杖はどれくらいのものになったか考えると、惜しいばかりだ。

 去年は集められていたマリグネと檻の中で班ごとに戦う、という試験だったから今回は戦闘タイプの魔法を使うメンバーを多く入れていた班が多い。特にロルフたちの班は全員が戦闘型だったので、マリグネを発見するのも試験と聞かされて明らかに落胆していた。

 少しスカッとした。

 逆に、スヴェンの班は表情を明るくしていた。スヴェンの魔法は探知系・情報収集系だからだ。

「スヴェン様の魔法ならこの試験、楽勝ですね!」

 班員の一人がスヴェンにそう声をかけているが、スヴェンは褒められても軽く頷くだけだった。既に試験に向けて集中を始めているらしい。 

 探索範囲がかぶらないようにするため、八つの班がそれぞれ八方向へ探索を開始する。

 僕たちの班は北西に向かうことになった。

 各班に周辺の地図が描かれた紙と、余裕を持って一日分の水と食料が入ったザックが渡される。四人分の水と食料なので、10キログラム近くになりかなり重たい。

 ローデリヒが持とうと言う前に機先を制した。

「僕が持つよ。ローデリヒの魔法は荷物を持っていたんじゃ扱いにくいだろうし」

 僕はそう断って、ザックを背中に担ぎ、肩にかける紐を調整して背中にぴったりとつくようにする。少し窮屈なくらいにしておくと、ゆとりがあるよりもずっと軽く感じるし背中が擦れない。

 ローデリヒは何も持たず、僕だけが荷物を背負っているが、別にこれくらいは惨めにも感じない。僕のゴーレムなら荷物を多少持っていても操作に影響はないから、適材適所というだけだ。

 僕はザックを背負う前と変わらない足取りで、歩き始めた。

「カペル君」

 先行する僕にローデリヒが声をかける。彼はアプフェルと同じく、僕を家名で呼ぶことにしたようだ。

「君のゴーレムで偵察はできないか?」

 ローデリヒのカービング・ソードでは索敵なんてまず無理だろう。

 アプフェルのアイシクル・エングレイビングも、ツィトローネのファイア・イン・ウオラも索敵の魔法じゃない。こうやって頼られるのは嬉しいけど……

「ごめん、前にも言ったかもしれないけど僕のゴーレムは術者の僕が近くにいないと動かせないから。偵察とかは難しいかな。上に乗って、高いところから見渡すくらいはできるけどこの森の中じゃ難しいい」

「そんなこと、言っていませんわよ?」

 アプフェルが人差し指を顎に当てて頭上に疑問符を浮かべる。

 でも話した覚えがあるんだけど、別の子に言ったのかな?

「あ、ごめん。話したのはキルシェだった」

 アプフェルはキルシェの名を聞くと、柳眉を逆立てた。

「カペル! なぜ平民娘に話したことを、わたくしには話しませんの!」

「キルシェ? あの赤毛のポニーテールの、おっぱい大きい、体育魔法祭でラッテ君と、一緒にお弁当食べてた子?」

「カペル君……」

 アプフェルは怒りもあらわに、ツィトローネは目を輝かせて、ローデリヒは額に手を当てていた。

 何かまずいことを言っただろうか?

「とにかく、そういうわけで僕たちの班は自分の足で探すしかない。早めに行かないと日が暮れちゃうかもしれないから、急ごう」

遠くへ進むたびに他の班の気配が遠ざかり、いつしか感じなくなっていくことでこの試験の意味合いを体感した。

「そういうことか」 

 これを見越して先生は班をバラバラの方向へ移動させたのか。索敵が上手い班の後ろについて行って、マリグネを狩ることができないように。



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