第35話 一夫多妻

「カペル! あなた、どこに行って、ましたの……?」

 キャンプファイアーの場所まで戻ると、僕の姿を認めたアプフェルが駆け寄ってきた。

 暗闇では火を焚いている方からは相手の顔が分かりにくいのに、よく見つけられたなと僕は不思議に思った。

 ちょうどアプフェルの周りにいた人だかりが途絶えたところだし、わかりやすかったんだろう。

 だがアプフェルは僕の顔を見た時は満面の笑顔だったのに、隣にいたツィトローネを見るやいぶかしむように目を細めた。

「なんでツィトと一緒にいますの?」

 ツィト、というのがツィトローネの愛称らしい。

 だがなんでと言われても、さっきまで一緒にいたからなんだけど。

「私が、静かな場所を探して移動したとき、たまたま、ラッテ君もいた。それだけ」

 それだけ、という言葉を妙に協調してツィトローネは話した。

「それならわたくしも、連れて行って下さいまし」

「いや、アプフェルは友人も多いし。いきなり僕たちと違うところに行ったら探しにこられるんじゃない?」

 今でも、アプフェルを遠巻きに伺っている女子が数人いるのだ。

 この状況でアプフェルがこの場を離れれば、彼女たちもついてくるに違いない。

「まったく、邪魔ばかりして…… 先ほども彼らがいなければ、わたくしが真っ先に彼を追い掛けましたのに」

 アプフェルは足を小刻みに動かしながら、何事か呟いている。

「それより、今まで何してたの?」

「男子たちは、火のついた薪を拾って振り回してましたわよ。火花が散って綺麗だ―、なんて言っていましたけれど、わたくしたちはそれを呆れて眺めたり、湖の側に生えている花を鑑賞していましたわ」

 遠目に見ると、火のついた薪を構えたローデリヒが中心になって寸劇みたいなことをやっている。

 お堅い印象があるローデリヒだけど、やっぱりこういう場所ではテンションが上がるんだろう。

「あなたは混じりませんの?」

 アプフェルの言葉に、僕は首を横に振る。僕は入れてもらえるわけがないからだ。

 そのことに気がついたのか、彼女は少しばつが悪そうだった。

「それより、ツィトローネ。君の魔法はすごかったね。あの薪に火がつくなんて」

 僕は空気を紛らわすために、少し強引に話題を変えた。

「すごく、ない。『ファイア・イン・ウオラ』は火だって蝋燭程度の大きさに、しかならない。ロルフの班にいる女子と比べれば、おもちゃみたいな火」

 ロルフの班にいる女子、ラ―レとラウラは「ファイア・ガンショット」という火の塊を高速で打ち出す魔法の使い手で、彼女たちの家は代々軍の砲兵将校を務めているらしい。

 確かに火力だけを比較すれば、優劣の差は明らかだろう。

 でも……

 何か引っかかる。火力の優劣で魔法の優劣が決まるのだろうか? 天の時と地の利、という言葉もある。

「敢えて自慢できるところと言えば、水中でも燃えることくらい。火がつかなかったことはない。氷の表面でも雪の中でも火をつけることができる」

 それは素直にすごいと思うんだけど……

 通常、火と水、風と土は魔法に置いて反発しあう。

 理由ははっきりとわかっていないがそれぞれの属性を司る精霊や神といった霊的な存在に起因するらしい。

 そう考えれば、ツィトローネの魔法は魔法の常識を覆すものだ。

 でも彼女は魔法において侮られることに慣れてしまっているのか、僕の話を聞こうとはしなかった。

「それより、ラッテ君の、魔法をもっと聞かせて」

 僕のメイク・ゴーレムは土や鉱物の構成に魔力で干渉するものだ。

 基本は足元の土から作るアース・ゴーレムで、人間は常に足元で地面を感じているからそこに流れる魔力と波長を合わせやすい。一番の基本だ。

 一番の特徴は周囲の土の種類で創造できるゴーレムに若干の違いが出ることで、赤土の地面から作ったゴーレムは赤っぽくて水に強く、砂交じりの土で作れば砂交じりのゴーレムができて水に弱い。以前ヴァイス山で創ったストーン・ゴーレムはアース・ゴーレムと比較してマナの扱いが難しいため、成功したり失敗したりだ。

 そんな僕の説明をアプフェルやツィトローネは興味深そうに聞いてくれていた。

 でも僕はいつもの癖で、すぐに自分の魔法を地味だ、と言ってしまう。

 実際あの魔法を見て称賛の声を送ってくれたのはアプフェル、キルシェ、ローデリヒ、それに僕が将来就職するであろう建築や流通系で働く人だけだ。

 学園のクラスメイトは見下すような視線しか向けないし、先生は僕の魔法にC以上の評価をつけたことがない。

 でも僕の卑下と自嘲を、ツィトローネは今までとは違う強い口調で遮った。

「そんな、こと、ないと思う」

 ツィトローネの表情が、月が高く昇りさっきまでより明るさを増したせいではっきりとわかる。変化に乏しくても、怒っているのがはっきりと見て取れた。

「そんな風に、自分を、卑下するのは、よくないよ」

「私の『ファイア・イン・ウオラ』に比べれば、ラッテ君の、ゴーレムたちは、すごいと、思う。そういえば」

 ツィトローネの口調に年相応の色が混じる。

「ラッテ君、って、平民の娘と恋仲だ、って聞いたんだけど」

 いきなり話題が変わったこともだけど、彼女の口からコイバナが出たことに若干驚いた。

 ツィトローネは恥ずかしがり屋だと思っていたけれど、女子だしこういう話題はやっぱり好きなんだろうか? 

でも他の女子は、出会ったころのアプフェルも含めて平民のキルシェと恋仲だという噂を聞いて、不潔だっていう視線を向けてくるはずだけどツィトローネからはそんな感情を感じなかった。

「体育魔法祭で、パンの売り子だった、赤みがかったポニーテールの子。あの子?」

 ツィトローネは淡々としゃべるから、感情が掴みにくい。

この表情で内心では侮蔑されていたらと考えると、少し怖い。

それに誤解されっぱなしなのも苦しい。

 ツィトローネは大っぴらに話しまわるようなタイプじゃないと思うし、本当のところを言っても大丈夫だろうか?

 僕が迷っていると、ツィトローネが答えを自得したかのように軽く首を縦に振った。

「私は、気にしてない、から。男の子だもん、奥さんをいっぱいほしいよね」

 いやいや、勝手に誤解して話をまとめないでくれるかな? 平民を侍らせてるクズ、って思われるのは結構きついんだよ。

 傍で聞いていたアプフェルは難しい表情をしている。アプフェルのお父さんは一夫多妻が普通の貴族には珍しく愛妻家でお母さん一筋らしいから、余計に気にかかるのだろう。

 だが僕たちの葛藤などどこ吹く風といった感じで、ツィトローネは話を続ける。

「平民でも、飽きたら捨てるとか、駄目。大切にして。ちゃんと、男の責任、とる。みんな、幸せに、する。私も、お母さんは三人いる、けど、みんな仲いいから」 

 ツィトローネの家って一夫多妻なのか。しかもそれを好意的に捉えているらしい。ポーレンはバイエルンなどの旧ローム聖国と少し慣習が違うと聞くからそのためか、もしくはツィトローネの家が特別なのか。

 アプフェルはツィトローネの家のことは既に知っていたらしく、今度は驚いた顔もしていない。

「妾がいっぱいいるとか…… 女子なのに、不潔って思わないの?」

 思わず僕が聞き返した台詞に、ツィトローネは細い眉を逆立てて、アッシュブロンドの下の銀色の瞳で僕を睨んだ。

 さっきまでとは違う、明らかな怒りの表情とそこから伝わってくる感情。

「妾じゃない、奥さん。お父さん、お母さんたちを、馬鹿に、するのは許さない」

「ご、ごめん」

 確かに今の聞き返し方は不味かった。賛否が分かれる一夫多妻でも、彼女にしてみれば自分の親の関係なのだから。

「お父さんは、大好き。優しいし、格好いいし。お母さんたちみんなとデートに行くときとか、ほんとにエスコートが上手くて、楽しそうで、私も将来あんな家庭を築きたいな、って思う」

 そう家族について語るツィトローネは、本当に幸せそうだった。

 羨ましいと、嫉妬せずにそう思える。アプフェルも、さっきまでの難しい表情が消えていた。

 家族の形は人それぞれだけど、ツィトローネの家族は本当にいい家族なんだろうなって思えた。

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