第32話 差

 ローデリヒが謝罪してきたので他のクラスメイト達も来ないかな、と淡い期待を抱いたが結局誰も来なかった。一度ネガティブな評価を定めるとそれを否定するのは難しいし、ローデリヒやアプフェルみたいな方が特殊なのだろう。

 学園が準備した夕食は学園から運んできたパンに湖で採れた魚のフライやシカ肉のロースト、季節の野菜をたっぷりと付け合わせに盛ったもので、栄養も味も素晴らしかった。

 ローデリヒは三回もお代わりしていたし、僕も一度だけお代わりした。

 アプフェルやツィトローネも、少しだけお代わりをしているくらいだった。

 夕食を食べ終わり、少し休憩したのちにキャンプファイアーの時間となった。湖の側に薪が組み上げられているのが見える。僕が近くまで運んできた薪を、ロルフたちが「男爵、貸せ」とかいいながら勝手に組み立ててしまったのだ。

 最後だけ人前でやれば、全部自分がやったことのように見える。この授業の点がどのくらいかは知らないが、エルンスト先生からの受けも多少はいいだろう。中々あくどいやり方だ。

 しかし、キャンプファイアーをしようという時間になって困ったことが起きた。

薪が湖からの風で湿ったことに加え、すぐに消せるように湖のすぐ近くで薪を組んでいたので風に混じった水しぶきが薪にかかっており、火がつかないのだ。

 マッチで小枝や枯れ葉に火をつけて火種を作り、それを大きな薪に燃え移らせようとしても薪が火を拒んでいるかのように表面が少し乾くだけだった。

 ロルフたちの班の女子をはじめ、火魔法の使い手はいるけれど、彼らがやると薪が火に包まれるだけでキャンプファイアーにならない。

「どうすんだよ」

「これじゃせっかくのメインイベントがなくなっちまうぞ」

 クラスメイト達がざわつき始め、空気が険悪なものに変わっていく。

 それをエルンスト先生はじっと見つめるだけで、止めようともしなかった。

 その険悪な空気の矛先は当然、一番弱い存在、つまり僕へと向かっていった。

 僕一人を集団で囲むようにして、全方向から罵声を浴びせ始める。

「おい男爵風情、薪を集めてきたのはおまえだろ」

「なんとかしろよ」

「てーか、責任取れ」

 みんな口々に僕を糾弾し始める。

 ……勝手なやつらだな。そんな場所で薪を組んだのはお前らだろう。

仕事は押し付けておいて、楽しくて楽な箇所だけ勝手に手を出して、上手くいかなかったら責任を他人に押し付ける。

 ローデリヒは薪を割るのを手伝ってくれたので少し責任を感じているようでばつが悪そうだった。

 アプフェルは見ていられなくなったのか、僕を囲むクラスメイト達を押しのけて発言しようとしたけれど、その前に集団の中でツィトローネが小さな手をおずおずと手を上げた。

「あの、私の、魔法なら、火がつくと、思う」

 ツィトローネは僕を囲む輪の中から一歩一歩前に出てきて、腰から魔法杖を抜いた。やや赤みがかった樫の木でできており、ポケットに入りそうなくらい短い。

 ツィトローネは人差し指を伸ばす形で魔法杖を持ち、ゆっくりと左右に一回、上下に一回振った。アッシュブロンドの髪が揺れて柑桔類のような甘酸っぱい香りを運び、ボブカットの髪が彼女の肩をくすぐる。

「ファイア・イン・ウオラ」

 降り積もった雪から若芽を出した草のように短く、彼女の華奢な指のように細い魔法杖から火の粉が一つ、舞った。

 火の粉とはいえ既に暗くなり始めた森の中では、その存在をはっきりと知らしめる。

 薄青く染まり始めた周囲の景色の中でたった一点浮かび上がった茜色の火の粉は、水分を含んだ薪の中へ飛び込んでいく。

 通常の火ならば容易く消えるはずの中、ツィトローネのともし火は組み上げられた薪の隙間からわずかな明かりを周囲に示し続け、やがて内部から細い木が爆ぜる音が聞こえ始めた。

 その火は消えることなく、弱まることもなく太い薪すら茜色に染め上げ、その存在を知らしめる。

 ほどなくして、組み上げられたキャンプファイアーは豪壮に燃え、湖とクラスメイトを照らし始めた。

「私のファイア・イン・ウオラは、どこであろうと、火がつく。水の中でさえ、着火可能」

 ツィトローネは小さくだけど、笑っていた。

 キャンプファイアーが派手に燃え始めるとクラスメイトは現金なもので、さっきまで糾弾していた僕なんてそっちのけで火を囲み始めた。

 ミュンヘンで最近流行っている歌を集団で歌ったり、無礼講なのか男同士、女同士で踊ったり、肩を組んで叫んだりとテンションが高まっている。

 僕はにぎやかな雰囲気が苦手なのでそっとその場を離れた。

 声をかける人が一人もいないのが逆に有り難かった。

 アプフェルやローデリヒもキャンプファイアーに混じって歌ったり踊ったりしていた。友人も僕と違って多いし、僕にばかり構ってはいられないのだろう。

 多少は仲良くなったとはいえ、こういう場面ではやっぱり差を感じる。

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