第29話 マッドゴーレム

 東の山々を日が赤く染める早朝、ミュンヘン魔法学園一年生は数台の馬車に分乗し、ミュンヘンの街を出発した。出発する際は大勢の人が見送ってくれる。

 中には領地の旗を持つなど、明らかに見送りのために仕える貴族家に徴集された人もいたけれど顔色は明るかった。仕えていることに不満はないのだろう。もしくは臨時の給金が出るのかもしれない。

 一台に約十名ほどの生徒を乗せた馬車はヒースの野原を横切り、街道沿いの木々の陰を潜り抜け、尖塔のように背が高いニレの木に見下ろされながらガタゴトと音を立てて走り続ける。

 時には砂利道を、時には小石混じりの道を。

 都市から離れるにつれて舗装された道の割合が減っていく。

 輝くばかりの黄色や黎明の日のような赤色が混じり合った山々が三方に見え始めたころには、平らな場所を探すのが難しくなるようなでこぼこ道となっていた。

 日が中天にさしかかり、馬車の窓から差し込む太陽の光に暑さを感じる頃に、ようやく馬車は目的地にたどり着く。

 馬車から下りると、僕はまずこわばっていた体をほぐし、伸びをする。周りを見ると男女問わず皆同じようにしていた。こういう行動は、爵位に差が無いところだ。

 眼前には馬車から見えた黄や赤よりずっと鮮やかな色づきの森と山々が広がり、眼下には色づいた山々を映し出す藍色の湖が広がっていた。

 風で波がたつごとに湖の虚像が消えて藍色に染まり、波が収まると再び黄と赤、常盤木の緑を映し出す。

 その幻想的な光景にロルフやライナーでさえも見とれていた。

 その後、班ごとに割り当てられたコテージに荷物を置く。荷物と言っても日用生活品やアメニティは備え付けの物があるので、持ってきたのは着替えくらいだ。家柄によってはメイドや執事ごと持っていこうとする子もいたそうだが、さすがに学園に却下されたらしい。

 コテージは二人一部屋で、男女別になっている。丸太を隙間なく並べて作られた壁や屋根に、二段ベッドと机が二つ備え付けてあった。

 基本は班ごとに分けられるため、僕は必然的にローデリヒと同じ部屋になった。

 ローデリヒとは馬車の中でもろくに話ができなかったし、一夜を共にすると思うと今から気が重い。

 実際、ローデリヒと同じ部屋に入った時さえも何一つ会話がなかった。

 とりあえず体育魔法祭でも使った魔法服に着替え、所定の場所に集合する。



 湖前の広場に先生が立ち、その前にうちのクラス三十二名が集合した。

三十二人のクラスなので四名ずつで八つの班ができており、僕の班は一班、スヴェンの班は二班、ロルフとライナーが所属した班は三班だ。

 スヴェンの班は体育魔法祭で一緒に実行委員を務めていた子たちで、線が細かったり眼鏡をかけていたりとインテリな感じだ。探知系や精確なタイプの魔法の使い手が多いらしい。

 ロルフたちは火魔法の使い手である女の子と班を組んでいる。ラ―レとラウラといい、彼女たちはいわゆるギャル系で、ロルフたちがセクハラまがいのボディタッチをしてきても軽く受け流すか悦ぶような声を出している。

 ああしてふるまうのが処世術か、地の性格かはわからないけれどあれならばロルフたちとも上手くやっていけるだろう。

 一日目は自由時間ということで、クラスメイトは湖畔で思い思いに過ごすことになった。湖があるなら泳いでみたいという子もいたが、さすがに今の季節は寒いので却下された。とりあえず昼は各自自由に遊び、夜は学園が用意してくれる夕食を食べた後キャンプファイアーをしようということになったが、当然のことながら準備は僕に押しつけられた。

「君のゴーレムなら適任だろう? 体育祭の時も重量物の運搬はお手の物だったしね」

「適した人材を適した部署に配置するのは基本ですから」

「俺らは遊ぶ係を引き受けるからよ。ついでに後片付けも頼むわ」

「よろしく~」

「……」

 ローデリヒとスヴェンの言い方は、嫌がらせではない感じだった。もちろん僕を見下すためでもなければいじめるためでもない。

 いつも人に命じる立場だからただいつも通りにしただけ。家の召使に命じるのと同じ感覚なのだろう。

 ロルフやライナーたち、他のクラスメイト達は厄介事を押し付けられてラッキー、という感じで大分悪意が感じられた。

 アプフェルはさすがに申し訳なさそうな顔をしてくれていた。ただ、クラスの空気を読んで言い出せないのだろう。

 でも瞳が合っただけで、胸につかえていたしこりが大部分洗い流された気分だった。

 誰か一人でも認めてくれる人がいる、ただそれだけで僕は救われる。

だから、無理がない笑顔でアプフェルに他のクラスメイトと遊んでくるように促すことができた。

 アプフェルはじめ、他のクラスメイトが湖畔の方へ走り去っていくのを見届けてから、僕は腰に差してある樫の魔法杖を引き抜く。

 湖から吹いてくる水分を含んだ冷たい風が、清涼な匂いも運んで来てくれる。

 湖畔で遊べなくても、この香りと肌を流れる風の気持ちよさだけで心地よかった。

 じゃあ、さっさと取りかかるか。湖の側だし、いつもと違うゴーレムを作成してみよう。


「マッド・ゴーレム」

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