第27話 ツィトローネ
「では、班分けを開始する。各人、適当に班を組んでよいが班の数は十人を超えないこと。班が決定したら班員の名前とリーダーを所定の用紙に書いて提出すること、以上」
エルンスト先生はそれだけを気だるげに言うと、朝の会議があるからと教室を出ていった。
こういう先生はすごく困る。
干渉してくるタイプの先生なら僕が一人で余ってると教室を見渡し、どこかの班が入れないといけないみたいな空気を作ってくれるけど放任主義の先生は僕が一人で余っていても何もしてくれない。
班に入ってもいい、と言ってくれたアプフェルには本当に感謝しないと。
班決めが開始されるや、席を立って同じ班になる人同士で固まっていく。こういうのはあらかじめ決まっている場合が多い。
クラスの人気者と親交がないタイプはローデリヒやアプフェルといったスクールカースト上位に声をかけることなく班を固めていく。
「アプフェル様、私たちとご一緒しません?」
「ローデリヒ様、ぜひともお願いします!」
「スヴェン様、なにとぞ!」
だがそれでも、クラスの半数以上がアプフェルやローデリヒ、スヴェンといった面々に声をかけ始めた。
なにしろアプフェルとローデリヒは既に二人で班を組んでいたのだ。同じ班に入ることができればお近づきになる機会が出来るとあって、みんな必死の表情で詰め寄っている。
スヴェンはすでに、魔法体育祭で仕事をしていたメンバーと班を組んでおり、それに異を唱えるクラスメイトは存在しなかった。
自分の班に入ろうと我先に詰め寄るクラスメイト達をものともせず、アプフェルはダンスの時のように優美な足取りで一歩前に出る。
それだけで場の空気が変わり、詰め寄っていたクラスメイト達は足を止め、口をつぐんで静まり返る。
「せっかくですけれど、わたくしたちはもう声をかけている人がおりますの。またの機会によろしくお願いしますわ」
初めの言葉は強くきっぱりと拒絶するように、後の言葉は軽く頭を下げてやや声のトーンを落として言った。
「わ、わかりました」
「申し訳ありません……」
「また、機会がありましたらお願いします」
その様子に、騒いでいたクラスメイト達も納得した様子で引き下がり、別の班を組み始める。
「ありがとう、アプフェル。女騎士のような気高さだったよ」
「さすがですね、アプフェル様」
ローデリヒとスヴェンが口々に賞賛するが、アプフェルは去っていったクラスメイト達を見ながら浮かない顔をしていた。
「でもさすがに二人では班とはいえない。アプフェル、君が誘っていた人とは誰なんだい?」
「カペルですわ」
アプフェルの提案に、ローデリヒは当惑し、去っていったクラスメイト達は僕に対して一斉に視線を向けた。その視線は当惑、嫉妬、怒りなどといったものばかりだ。
ローデリヒは嫌がってはいないけれど、明らかに歓迎されていない。
まあ普段話すことなんてめったにないから、当然か。
「ど、どうも」
僕が軽く挨拶しても、ローデリヒは当惑している様子だった。
だが僕を見る目に、他のクラスメイトと違って敵意の視線はない。すでにアプフェルと同じ班だったということもあるだろうけど、これでアプフェルとローデリヒとの仲がこじれたら迷惑がかかるな。
「アプフェル。無理しなくていいよ。僕は自分で班を探すから」
僕の提案に、ローデリヒは安堵したような表情を浮かべ、他のクラスメイト達からは当然だという声が聞こえてくる。
だがアプフェルは彼らに告げた。
「私は一度、カペルと同じ班になると約束しましたの。一度口にしたことを反故にするなど、イェーガ―家の者として許されませんわ。カペルを入れないというのなら、わたくしはあなたとは同じ班になりませんわよ」
アプフェルに毅然とした物言いにさすがのローデリヒも首を縦に振り、クラスメイト達は困惑した。
クラスメイト達には僕たちの仲を邪推している子もいるだろう。特にロルフとライナーからの視線がきつかった。
「よろしく」
「よ、よろしくお願いします」
ローデリヒは戸惑いの表情を浮かべつつも、手を差し出して握手を求めてきたので僕は握り返した。
僕が差し出した手を握り返した。僕と違って分厚く、骨太で、手の皮が熱い。
物心ついたころから剣を握ってきたせいもあるだろうが、代々騎士の血を受け継いできたお陰もあるだろう。生まれついての騎士としてのプレッシャーが手を通じて伝わってくる。握手一つでさえ、男爵の僕とは格の違いがあった。
ちなみにアプフェルは、僕のほかにもう一人声をかけていた。ツィトローネ・フォン・エーゲル子爵という火系統の魔法を使う、このミュンヘンでは珍しいアッシュブロンドの毛をした小柄な子だ。
アッシュブロンドの髪は肩口で綺麗に切りそろえられており、やや伏し目がちで声も小さい。
彼女はポーレンという小国からの留学生で、留学中はアプフェルの家に一室を与えられてお世話になっているらしい。そのことはクラスメイトも周知の上なので、彼女がアプフェルの班に加わるのはスムーズだった。
留学直後は彼女を通じてアプフェルの家とお近づきになろうとする者も、彼女を妬む者もいた。だが彼女の住んでいたポーレンという国は分裂と統合、独立を繰り返してきた不安定な国であり、あまり積極的にかかわろうとする子はいなかった。
触らぬ神に祟りなし、といったところだろう。
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