第25話 よろしくてよ

「皆、席につけー」

 思考は先生の一言で中断される。

 教室に担任のエルンスト先生が入ってきた。あまり覇気がなく声が小さめで、やせ気味で背の高い先生だ。

 先生の口からこまごました話しがあった後、来月の頭にグリューン山にキャンプに行くことが告げられる。

 このキャンプは例年長期休暇前に行われているもので、文明の恩恵に乏しい自然の中で過ごすことを体験することによって生きる力や自立心を育みつつ、集団生活に慣れることを目的としているらしい。

 またマリグネが多く生息する地域でもあり、貴族はマリグネ討伐に参加することもあるためその実践演習も兼ねているそうだ。

 マリグネと言うのは、普段は人里離れた山奥や海の底に暮らし、滅多にその姿を見ることはないがヴァイス山で遭遇したズィーベンのように稀に人と遭遇することもある。

 領地にマリグネが現れ、町や村を荒らせば被害が甚大になるため貴族は彼らを討伐する義務がある。自分の領地にマリグネが発生した場合、それに対抗できる実力がなければ貴族の威厳にかかわる。

 人同士の戦争はバイエルンの地から絶えて久しいが、マリグネと戦う力は備えておかねばならない。最終日にはその試験もある。

 以前のズィーベンみたいなヒグマのマリグネが出てきたら僕たちでは太刀打ちできないのではないか、と思い大物のマリグネが出る可能性を聞いてみたが、キャンプ地この一帯は針葉樹が多めで大型の獣の餌になる動植物が少ないせいもあってヒグマのマリグネはいないらしいし、万一に備えて各貴族家の精鋭が入念に調査しているから問題ないそうだ。

 うち漏らしがあってもせいぜい狼やイノシシ、鹿、トンビや鷹、鴉のマリグネ程度で学園生でも一人で行動しなければ十分に対応できるらしい。僕も小動物程度のマリグネならば対応したことはあるし、大丈夫だろう。

 先生がその他の注意事項もろもろを一通り話し終わると、みな口々に今回のイベントに向けて会話を始めた。

「キャンプか、だりいな」

「汗とか泥で汚れそうだぜ」

「マリグネ討伐なんて、専門家にやらせておけよ」

 といった否定意見から、

「キャンプですか…… お父様に連れられて何度か行きましたけど、狩った獲物をその場で調理して食べるのは美味でしたわよ」

「一緒に参りましたわね、最高級の炭で焼く鹿肉は最高でしたわ」

「それやばくない? ちょっとめんどいけど」

「マリグネ討伐ですか、腕が鳴りますわね!」

 といった肯定意見まで色々と聞かれる。

「アプフェルはどう思う?」

 僕は隣に座るアプフェルに聞いてみたけど、以前気安く話しかけて平手打ちされたのを思い出した。

 最近ヴァイス山やダンスで話していたから気が抜けていた。

こういう僕より爵位が上の生徒たちの前で堂々と話しかけるのはさすがにまずかったか、僕は平手打ちの衝撃に備えて身を固くした。

「そうですわね…… わたくしは狩りで山に入ることも多いですし、マリグネも何度か討伐しています。以前のズィーベンみたいのは出ないようですし、結構楽しみにしていますわよ。あなたはどうですの?」

 だが僕の緊張をよそに、アプフェルはいつもと変わらない口調で話しかけてくる。

「僕も山歩きで慣れてるから、大丈夫かな。マリグネ討伐はあのズィーベンと会わなければ大丈夫だと思う。ただ、班決めのときに大変かな……」

「あら、どうしてですの?」

 アプフェルはきょとんとして、エメラルドの瞳で僕を見つめてくる。

 その純粋な疑問、といった口ぶりが心に痛い。

 返事を濁したいけれど、アプフェルの性格からいって曖昧な返事をしても後から追及してくるだけだろう。

「男爵風情の僕は…… 班を組んでもらえないから憂鬱なんだ」

 トラウマを自らえぐりながら答える。肺腑をむしられたようだ。

うう、胸が痛い。痛すぎる。

「そういえばそうでしたわね。なら、わたくしが組んであげてもよろしくてよ」

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