第20話 アプフェルの魔法
その後も大きなトラブルなくプログラムは順調に進み、一つを残すのみとなった。
「会場にお集まりの紳士淑女の皆さま! いよいよプログラムも大詰めとなりました。最後を締めくくるのはイェーガ―家の令嬢、アプフェル・フォン・イェーガ―の手による氷魔法での芸術品創造です!」
スヴェンの紹介と共に魔法服に身を包み、本黒壇の魔法杖を手にしたアプフェルが粛々とした動作で壇上に歩み出る。彼女がスカートの裾を軽くつまみ、片足を引いて頭を下げる礼をするとそれだけで会場からは同性、異性問わずため息が漏れていた。
これだけの人数の生徒や卒業生、国の気品を前にしているというのに全く気負った様子がなく、カリスマ性に満ち溢れていた。
「皆様方、本日はお忙しい仲このような席に足をお運びいただき、感謝申し上げます」
聞く者の耳朶を打つ、静謐かつ透き通った声。
彼女がたった一言発しただけで、わずかに会場に残っていたざわめきがなくなる。
場が静まり返った。
「この伝統ある体育魔法祭も最後のプログラムとなりました。最後はわたくし、ご紹介に預かりましたアプフェル・フォン・イェーガ―が務めさせていただきます」
アプフェルは、薄く艶やかな唇から僅かに息を吐き出すと、管弦楽の指揮者のように杖を振る。杖の先から小さな白い欠片が一枚生まれ、地面に落ちる。
だがそれだけだった。
破片が動きだしたり続く氷の破片が生まれることもない。
失敗か? そう感じたのは僕だけではなかったようで、観客席の一部に起こったざわめきが、満ちていく潮の様に観客席全体へと広がっていく。
だがアプフェルは観客の反応なんて聞こえていないような様子で、目を閉じたまま杖を振り続けていた。微弱な魔力が途切れることなく杖の先から流れているのを感じる。
魔力の流れによどみはなく、アプフェルの杖先に迷いはない。
これは、失敗じゃない。
やがてアプフェルが空中に点を描くように杖の先を動かすと、氷の破片が一枚、また一枚と生まれた。
硬貨ほどの大きさの破片は形が森の木の葉のように一枚一枚違う。あるものは表面が滑らかで、あるものは尖り、あるものはギザギザだ。
アプフェルがそれらの破片の中心点に向かって魔法杖を振り下ろす。
すると破片が見る見るうちに枚数を増やしながら位置を変えていく。ある破片は表面を覆い、ある破片は末端の位置を占める。一枚一枚、変化していく形が違う。
数千数万の破片の形が別の生き物のように変わる。
やがてそれらが集まって、最後には日の光を浴びて輝く白い彫像と化した。
体を覆う蛇の鱗、背中から伸びるコウモリの翼、角の生えた蛇のような頭、鮫のような牙。
伝説の生物、ドラゴンが形作られた。
そこで魔力の放出が終わり、アプフェルは一息ついて再び片足を引き一礼する。
同時に会場から、さっきとは比較にならない割れんばかりの拍手が沸き起こった。
命のない会場までもが感激に打ち震えているような気さえする。
僕も惜しみない拍手を送る。周囲のクラスメートも、観客も、皆称賛を送っていた。
あれだけの魔法を見ると嫉妬よりも敗北感よりも、崇拝や尊敬の気持ちが沸き起こってくる。
あれだけの重量と精巧な氷を創りだすのに、どれだけの技術がいるのだろうか?
どれだけ精密な魔力の制御を要するのだろうか?
やっぱり、アプフェルは僕と違う立場、違う世界の人間だ。
閉会式の後は、学園の講堂を使ってのパーティーとなった。
パーティーは毎年体育魔法祭の後に開かれ、学園生とその父兄や卒業生、後援者のみが招待される。
講堂には白い清潔なリンネルをかけた長机、その上に並べられた色とりどりの豪勢な料理。中央にはダンスができるスペースが設けられていた。
チェロやフルートを手にした音楽隊の演奏が会場の空気を昼とは別物に変え、ジランド―ルに据えられた蝋燭の光が幻想的な陰影を創りだしている。
昼とは違って、学園生も大人と同じタキシードやドレスに身を包んでいる。
壇上に学園長が立っての挨拶の最中も、開始を今か今かと待ちわびている様子だ。
「皆さま、本日はお忙しい仲体育魔法祭の後のパーティーにまで参加いただき誠にありがとうございます。ささやかではありますが料理や音楽を用意させていただきましたので、お楽しみください」
ごく簡単な挨拶が締めくくられると共に、ダンス用の音楽が奏でられ始めた。
気が早い男子はお目当ての女子に早速ダンスを申し込み、女子はそれを受け入れて共に踊り始める。
音楽に合わせて軽やかにステップを踏み、時に激しく、時に静かに舞う。
音楽の区切りと共に一礼してまた新たなパートナーを探し、ダンスに憑かれると料理やおしゃべりを楽しむ。
それが青春。それがリア充。
僕はどちらにも縁がないので会場の隅で料理をちびちびと食べながらダンスを見学し、会場の会話に耳を傾けていた。
父兄や卒業生、後援会のお歴々は今日の体育魔法祭のことを話題に出し、子息の魔法の凄さを褒め合う一方、ビジネスや進路、政治のことについても話題を広げていた。
その内容の大部分は当たり障りのないものだったが、時折お歴々の方々の目が鋭く光るのがわかった。
父上もよく言っていた。
パーティーはコネクション作りの場。
人との会話から敵と味方を見極める場。
相手の力量を量り、自分の力量を量られる場。
商売人や政治家にとっては、パーティー会場もまた戦場の一つ。
この席でろくに会話に加われない僕は、商売人としては落伍者なのかもしれない。
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