第18話 キルシェ視点1
私、キルシェ・ケルナ―はパン屋の娘です。
ケルナ―・ブロートというパン屋で朝はパンを焼く手伝いをして、昼は店番を手伝っています、
ちなみに私は、ここ数年ずっと男性不信です。
同年代より体の発育がずっと良かったせいで、男性から厭らしい目を向けられることが増えました。
店で働いてる時も視線が怖かったです。
さらに貴族は平民の女子を囲う、と聞いていて、友達の一人が、ある貴族のお手付きになってそのまま妾にされたと聞かされましたし、いつか無理に手籠めにされるんじゃないかってずっとずっと怖かったです。
お店の扉につけてある鈴が鳴って、誰かがお店に入ってきたことが分かります。
お客さんが、女性でありますように。
近頃鈴の音を聞くと、そればかりを考えています。
しかし、男性でした。魔法学園の制服を着た冴えない感じの男子です。身なりからすると、貴族…… なのでしょうけど。雰囲気からしてあまり裕福な貴族ではないようです。
パン屋で長年働いて、何千人という人を見ていると雰囲気だけでもその人の懐具合はわかるものです。
彼は店に入るといくつかのパンをトレーに乗せて、勘定台まで持ってきました。パンもパイやケーキと言った高いものではなく、プレッツエルという棒状の生地を丸めて固く焼き、塩を軽くまぶしただけの手頃な価格のパンです。
それとコーヒーを合わせて、銅貨三枚。貴族様とは思えないお金の使い方です。
その男性は少しほころびが目立つ革の財布から硬貨を何枚か取って、丁寧な手つきで私に渡します。
そのままテラスで食べていく、といって店の入り口から出て行きました。
正直、ほっとしました。
それから何十分かして、また別の人が店に入ってきました。
今度も男性で、さらにこのごろよく店に来て、私に強引に迫ってくる貴族の二人組です。服装からして、また王立魔法学園の生徒さんですね。色のくすんだ髪を長髪にして、制服を着崩し、背が高い、はっきりいって私の苦手なタイプです。
今までは店に他のお客さんもいたので、彼らを止めてくれていたのですが今日に限って他のお客さんも店員さんもいません。
普通なら貴族様がこんな店に直々に足を運ぶなどまずありえないので、こういったトラブルはめったに起きないのですが、あの年頃の男子は女子に興味津々なのでこういった労を惜しまないものです。
「おい」
彼らは私の手をことわりもなくいきなりつかんできました。その力強さと強引さが怖くて、涙が滲んできます。
「このオンナいきなり泣いていやがるぜ?」
「貴族に触れられたことが嬉しくて、感動したってか。げはは!」
ぼやけた視界の外で彼らの下卑た笑い声が聞こえて、惨めな気持ちが止まらなかったです。
「俺とも仲良くしようぜ~」
さらにもう一人が肩に手をまわしてきました。手をつながれるより密着した面積が広くて、距離が近くて、もっと怖いです。
更に肩越しに回されたその手が、私の胸の方へ伸びてきて―――
私は身を固くして、目を強くつむりました。
でもその手が私の胸を触れることはありませんでした。
「やめろ」
その声と共に、手が止まります。さっきテラス席に移動した小柄な男性が、いつの間にか店に戻ってきていました。
興を削がれたのか、彼らは私から離れます。
助けて、くれるのでしょうか?
いえ、これも演技かもしれません。わざと襲わせて、そこを助けに入ることで格好いいと思わせようと……
「お前なにいきがってんだ、アア?」
そのまま彼は二人組に胸倉をつかまれて、苦しそうに顔を歪めました。
あれ?
そこは格好よく決めるところでしょう? なんでやられてるんですか?
どうやら演技ではなさそうですし、彼らとグルではないようですが……
「男爵風情が、いい気になりやがって」
ああ、彼は貴族でも最下級の男爵なんですね。平民との合いの子と揶揄されることさえある、あの男爵。
「お前、あの女とどういう関係なんだ?」
彼はそう言われて、言い淀んでしまいます。決断力のないヘタレですね…… 確かに今日出会ったばかりの関係ですが、彼らの手前それをはっきり言うと彼らを止める理由がなくなりますから、何と言おうか迷っているのでしょうか。
しかし彼は言い淀んだ後、思いもよらない行動を起こし、大声で言い放ちました。
私の肩を抱いて。
同じ男の人ですが、さっきの貴族と違い恐る恐る抱いてきたので怖いとは感じませんでした。というか、家族以外の男性にこんなことをされて怖くないなんて、我ながらびっくりです。
「ぼ、僕の女だ! 文句あるか!」
は? こんなさえない人の彼女、ですか?
冗談にもほどがありますね。
「女あ? 妾じゃなくてか?」
二人組のうちの一人はあからさまに馬鹿にしたような口調で、そう言います。
「そ、そうだ! 真剣に付き合ってる!」
その必死さに思わず笑いがこみ上げてきました。
しかし彼がそう言った途端、二人の貴族はあからさまに顔をしかめます。
「け、それならそう言え」
「平民を妾じゃなくて女にするなんざ、貴族の風上にも置けねえな」
二人はそう吐き捨てて、店から出て行きました。
ほっとして、腰が抜けそうになります。
助かった…… んですよね。
助けてくれましたけど、あの男爵様はこれで恩を着せようっていうことなんでしょうか?
弱いことを逆手に取ったやり口、ということでしょうか。なかなかのやり手ですね。
でも男爵様は私の予想とは違って、
「ご、ごめん! 咄嗟に嘘ついちゃって、嘘でも嫌だったよね!
そう私に向かって勢いよく頭を下げてきました。
「平民である私に対して、男爵とはいえ一応貴族が頭を下げるなんて…… ひょっとしてあなた、貴族ではないのですか?」
彼があまりに情けない態度なのでつい不躾な言葉を取ってしまいましたが、彼はそれに気を悪くした様子さえありません。
「いや、貴族だよ」
確かに貴族の子弟しか入学できない魔法学園の制服を着ている以上、貴族には間違いないのでしょうが。
「ならせめて少しは貴族らしく振舞ってくださいよ」
「ごめん、自覚してる」
そのまま頭を下げて、彼は去って行きました。
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