第16話 ふたり
プログラムが一定消化され、昼休憩の時間となった。
この国では昼ご飯を家に帰って取る人も多いけれど、今回は祭りということもあり会場で食べる子が多い。
豪華なサンドイッチや肉料理を学外から出店している店で買ったり、生徒によっては料理人に弁当を運ばせている人もいる。アプフェルやスヴェンがそうだ。
アプフェルは父親と一緒に家の家紋が入った天幕の下で簡易式のテーブルと椅子をセットし、料理を食べている。背後には執事とメイドが立って控えており、父親をはじめとする家族と歓談しながら上品に食べていた。
パンやハム、チーズに紫色の野菜であるペーツのサラダにナッツ、タルトと言った軽いデザートまでついている。
僕はアプフェルと父親に軽く一礼すると、その場を離れた。
ぼっちの僕は、空いた場所を探し会場の裏手にたどりついた。人通りもなく、日も当たるので適度に暖かい。
日光で温められた石段の上に一人座ってパンをかじる。朝キルシェの店で買ったパンなので冷めているが、シュニッツエルという揚げた牛の肉を挟んだパンは濃いソースの味もあって冷めてもおいしい。
一人が良い。
一人で良い。
ずっとそう思っていたけど、周囲がグループを作っている中、一人で食べるのは疎外感と敗北感がある。でもそれを見られなければいい。
見られなければ、馬鹿にされることもない。後でいじられることはあるけど、食事を邪魔されるよりましだ。
そう思い、俯きながらシュニッツエルをかじるとふと地面に影が差した。同時に野山に咲く木苺の様な、仄かに甘い香りが漂ってくる。
「ラッテ様」
背後を振り返ると、いつもの白いブラウスと黒いロングスカートを着たキルシェが立っていた。
「こんにちは」
キルシェは僕の顔を覗き込むと、向日葵の花が咲いたような笑顔を見せた。
「なんでここに?」
僕は食べる手を止めて、立ち上がる。
「一般開放されてますから、私でも入れるんですよ。ラッテ様やアプフェル様が出場するはずなので、見に来ました」
キルシェはハンカチを石段の上に敷いて、僕の隣に腰を下ろす。
パンと野原の花の匂いが混じったような甘い匂いが僕の鼻腔をくすぐった。
「魔法、いろいろ見ましたけどすごいですね! 空中で花火みたいな爆発を起こしたり、何もない場所から見たこともない動物が出てきたり」
キルシェは初めてパレードを見た子供のようにはしゃいでいた。
さっきまでずっと一人だったから、こうして話す相手が目の前にいると楽しい。時に驚き、時に同意しながら話に相槌を打ったり、キルシェがわからない魔法の疑問について答えたりする。
話題が僕の魔法に移ったので、真っ先に言った。
「僕の魔法は、他の人と比べると地味だろう?」
先に自分を卑下するのは、他人から先に言われるより傷が浅くて済むから。傷つく度合いを少しでも小さくできるから。自分勝手な処世術だ。
でもキルシェは、そんな僕の言葉を一蹴した。
「そんなことないですよー」
キルシェは立ち上がって、腕を広く広げた。腕を広げた反動で、白きブラウスの下に隠された二つのヴァルハラが震えた。
「こんなおっきいゴーレムが、男の人が腕を広げても抱えきれないような丸太をひょいっと担ぎあげて運んじゃうんですよ?あれがうちのパン屋に運ぶ小麦粉を運んでくれたらいいなあって思います! 小麦粉の袋って何十キロもあるから重くって、大変なんです。ラッテ様、一つ作ってうちに置いてくれませんか?」
キルシェが目を一番星のようにきらきらと輝かせて熱心に語る。
「それができたらいいんだけど、ゴーレムは術者がそばにいないと動かせないから無理かな」
「やっぱりそう上手くはいきませんかー」
「召喚系の魔法なら術者からある程度離れられるけど、自律して動くから細かい命令を下すのが難しいんだ」
「色々あるんですね」
魔法を褒められたのが嬉しくて、僕の魔法に興味を持ってくれたのが嬉しくて、色々と話しこんだ。気がつくとシュニッツエルを挟んだパンをいつの間にか平らげていた。
二人で食べた昼食は、いつもの一人で食べる昼食より美味しかった。
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