第15話 高望み

「アース・ゴーレム」

 僕は樫の魔法杖を振るい、ゴーレムを生成する。それをローデリヒたちが切った丸太の方へ向かわせた。 

後片付けは僕の仕事だ。

 ゴーレムは力が強いのでこういった重量物を運搬する仕事にはうってつけだ。僕の背丈ほどのゴーレムが真っ二つになった丸太を転がし、荷車の前まで運んだ後、なんとか持ちあげて乗せる。アルベルト先輩が切りそこなった丸太を押してへし折り、二つにして同じように運ぶ。

ヴァイス山での一件以降、魔力の相性がいいヴァイス山の中でなくても時々はストーン・ゴーレムが創れるようにはなってきたが、まだ成功確率が高くないので無難にアース・ゴーレムにしておいた。

 もちろん僕に拍手が送られることはない。

 小柄なゴーレムたちが黙々と材木を運ぶ様は、船着き場や建築現場で腰を曲げて汗水たらして荷物を運搬する人夫のようでしかない。

 割れんばかりの拍手と共に会場を去るローデリヒ達を尻目に後片付けにいそしむと、なんだか落ち込んでくる。彼らと自分の住む世界が違うと、まざまざと認識させられる。

 かたや金色の剣を手にあらゆるものを切り裂く。

 僕は地味な色のゴーレムを使って後片付け。

僕に対してはせいぜい父上の商会の関連の人、作業員の人が声援を送ってくれるくらいだ。建築や土木の世界で、ゴーレムが人の手では運べない荷物を運び、人の手で細かい作業を行なうという分業制が多く取られている。

 ゴーレムのない職場では人の手で重量物を運ばねばならないため、労災も増えてしまうので危険な仕事を請け負ってくれるゴーレムはありがたい存在らしい。

 今までは知識としてしか知らなかったけど、こうして自分の魔法を大人に受け入れて、認めてもらうのは嬉しい。

 一応は自分も人の役に立てているから、これでいい。

 高望みするとろくなことはなかった。


 ローデリヒはローデリヒで活躍していたが、スヴェンも負けてはいなかった。

 大会本部が設置された屋根だけの天幕。その下に置かれた木製の椅子に座り、報告書の束に目を通しながら矢継ぎ早に指示を出していく。

「その案件は教師の方へ」

彼の後輩らしき下級生はきびきびとした動きで移動していく。

「迷子が出たか、何人くらいだ? 身分といなくなった時間を調べて優先順位の高い方から捜索班を向かわせろ」

 腕章をつけた実行委員たちが休みなく持ってくる案件を次々とさばいていく。

 その指示には一切のためらいもない。

 僕がやると案件の多さにパニックになったりどうすればいいかわからなくなりそうだけど、スヴェンには迷いがない。

 宰相の家系という、人の上に立つ者として常に下の者から上がってくる報告を対処する訓練を受けて来たのだろう。

「スヴェン様!公爵家の方が挨拶に伺いたいと」

 公爵と行ったら王族の親戚クラスだ。

 その家格はアプフェルよりもさらに上。さすがに少し緊張した様子が見えたが、スヴェンは少しだけ目を瞑り呼吸を整える。席を立ち、一見地味ながらも仕立ての良さがうかがえる高級な礼装に身を包んだ公爵家の方々を出迎えた。

 頭の下げ方、言葉遣い、淀みも隙もない。

 国賓や外国の要人を出迎えても恥ずかしくないような訓練を日ごろから受けているのがわかる。

 実務能力と礼儀作法、選ばれた人間のみが身につけうる貫禄を感じさせた。

「スヴェン」

 公爵家の方々の出迎えを終え、後輩に運ばせた南方産のお茶をティーカップから啜っていたスヴェンに誰かが呼びかけると、スヴェンははじかれたように立ち上がった。

「ち、父上!」

 スヴェンの父親はスヴェンよりやや小柄で頭髪にも少し白髪が混じっているがその身から漂うオーラは段違いだ。アプフェルの父親もすごかったけど、スヴェンの父親は静かな山のような別種の迫力がある。

「大会は滞りないか?」

「はい、小さなトラブルは山積しておりますが対処できるレベルです」

「そうか」

 それだけを言うと、スヴェンの後輩たちに軽く声をかけて生き、護衛らしき人たちと共に去って行く。

 それを直立不動で見送った後、スヴェンは糸が切れたように座りこんだ。背もたれに体を預けたまま、すっかり冷めたお茶を入れ直させることもなく、口をつけていた。

 スヴェンもスヴェンで色々と苦労してるんだな。

 

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