第14話 剣舞う

「プログラム第一番! 『剣舞う鮮烈』です! では選手たち、どうぞ!」

 会場の隅々までスヴェンの声が響き、まずはローデリヒをはじめとする近接魔法の使い手たちが出てきた。

 片手でも両手でも使える大きさのバスタードソードを腰に差し、太陽の祝福を受けたかのように輝く鎧を身にまとった彼らは女子から絶大な人気があるものだが、そのなかでもローデリヒへの声援は群を抜いていた。

 ギルベルト家の紋章が刻まれた鎧をまとった彼が出てくると、会場からの黄色い声援がより一層激しいものとなる。

 だが僕は、それを妬ましいとも感じない。

 モテる男のオーラともいうべきものが全身から漲っていて、周囲の女子たちがそう反応するのが当然のように思えるのだ。海が全てを押し流し、空が雷を落とすことに嫉妬する人間がいるだろうか?

 彼らが一列に並ぶと、前に一つずつ丸太で出来た目標が地面に固定される。

「毎回恒例の『剣舞う鮮烈』も今回で記念すべき十回目となりました! ルールは簡単にして明快、目の前に置かれた丸太の目標を騎士の魂である剣で一刀両断にできれば次の丸太へと進めます! 一刀両断にできなければそこで失格です。では一回目、行ってみましょう」

 スヴェンの解説が終わると全員が剣を抜き、構える。

 大上段に構える者、八相に構える者、東方の剣術にある剣を鞘に納めたまま柄に手をかける者、と流派によって構えは様々だ。

 ローデリヒは鎧と同じ紋章が刻まれた剣を抜き、正眼に構えて丸太と向き合っている。

 ギルベルト家の剣は正眼を基本にして奥義とし、相手の中心に踏み込んで真っ向から倒す堅実にして大胆な流派。

「はじめ!」

 十振りの剣が、秋の日に負けじと煌めいた。



 一回目は成人男性の腕の太さほどの丸太で、全員が難なく一刀両断にした。

 地面に落ちた丸太を回収班が統率された動きで回収し、次の丸太を準備する。回を重ねるごとに丸太は太く、材質は固くなっていく。

 五本目で一人が脱落した。成人男性の胴ほどの丸太を一刀両断にできず、中ほどで剣が止まってしまった。

 七回目で三人が脱落。

 九回目を終えて、残るはローデリヒとあと一人だけになった。

ローデリヒより二回りは大きい体格。剣も同じバスタードソードだが、体格に合わせてローデリヒの使う物よりも太く大きい。

鎧は飾り気のない武骨なもので、根っからの武人という雰囲気。ローデリヒと同じく騎士の家の出身で、名はアルベルト・フォン・シュトラッサーだ。

「ローデリヒ」

 闘志を宿した瞳で、アルベルト先輩はローデリヒを見下ろしてくる。

「去年は負けたが、それがまぐれだってことを思い知らせてやる」

 そう言って一抱えほどはある丸太の前で大上段に構えた。

 あの太さになると、剣の切れ味は問題なくとも刃筋を通すことが難しくなる。目標を通過している途中で刃筋がぶれると、中程で止まってしまうのだ。材質も並みの金属を跳ね返すほどの固い木材を使っており、刃筋を通す技術に加えて足腰の力を剣に伝える技術も要求される。

「騎士は正々堂々と勝負するのみです、アルベルト先輩」

 ローデリヒは自分の剣を油をしみこませた布でぬぐいながら、淡々と答えた。布を懐にしまうと、剣を構え直す。

「カービング・ソード」

ローデリヒが魔法を詠唱した。魔力が彼らの魔法杖である剣にまとわりつき、淡い金色の光を帯びる。近接魔法の使い手は自分の武器を魔法杖代わりにすることが多く、彼らもその例に漏れない。柄の部分が魔法杖と同じ樫や黒壇といった材質でできており、そこから剣身に魔力が流れ込むのだ。

 彼の魔法は物体を刃物と化すもので、刃のついていない棒きれであっても銘のある剣に匹敵するほどの切れ味を与え、元から斬れる剣に付与すればその切れ味はさらに増す。

「セブン・ストレングス」

 アルベルト先輩も魔法を使用した。彼の魔法は膂力を一時的に強化するもので、人の身でありながらヒグマとがっぷり四つに組みあえるほどの力を授かり、四頭立てで引く馬車でも引くことができるという。

切れ味と力の勝負。どちらに軍配が上がるのか。

 二人の緊張が伝わり、息詰まるような沈黙が会場を支配する。

 あれだけ聞こえていた黄色い声援もなく、彼女たちは客席で祈るように手を組んでいた。

二人は同時に動いた。空気をも切り裂くような鋭い音と、海をも断ち割るような轟音が同時に響く。

 次の瞬間、丸太が地面に落ちる音が一つだけ会場に響いた。



「今回も俺の負けか」

 アルベルト先輩は皮一枚残して倒れなかった丸太を見てあっけらかんと呟いていた。

「いえ、今回は僕も危なかったです」

 ローデリヒはわずかに曲がってしまった剣を見ながら嘆息していた。

 一方、アルベルト先輩の剣は折れず曲がらずのままだった。

剣の状態から見ればアルベルト先輩の勝利だ。剣の巨大さと足腰の力を剣に伝える技術の賜物だろう。

競技の勝敗を分けたのは微妙な手の内の差か。

「剣で打ち合う勝負なら先輩が勝ったこともありましたしね」

「ふん、四分六で俺の負け越しだ」

 ローデリヒもアルベルト先輩も、全てを出しつくしたのかすっきりとした表情だ。

「今回もローデリヒ選手の勝利です! 皆さま、惜しみのない拍手を!」

 スヴェンの声と共に、会場から割れるような拍手が送られた。中には感極まって涙している人もいる。

ローデリヒ達は観客席に向かって深く礼をすると剣を鞘に納めて会場を後にした。



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