第8話 根絶やしにする
「アメジスト・ライトニング」
遠くからかすかに聞こえたリーダーの声。
紫水晶のような色の一筋の雷が視界の端から横一直線に飛び出し、ズィーベンを捉えた。
閃光の眩しさが僕の目を焼いて視界を塞ぐ。一拍遅れて、轟音が響いた。
僕の体の芯を振るわせるほどの衝撃が伝わってくる。
同時に、何か大きなものが地面に倒れたのが振動で伝わってきた。
目を開けると黒焦げになったズィーベンが僕の前に倒れていた。
こげ茶色で豊かだった毛並みは真っ黒になってちぢれており、数条の細い煙が身体から立ち昇って、肉と毛の焦げたにおいが風に乗って鼻腔を刺激する。
煤けた匂いがする小山の様な黒塊を見ていると、数秒前の雄雄しい姿が幻のようにすら思えた。
マリグネが死んだ後にドロップする宝石、マリグネ・ケルンも融解して溶けた飴のようになっていた。あれでは使い物にならないだろう。
さらに僕のゴーレムまでも巻き込まれ、高熱で手足の一部が溶けており、ズィーベンに近かった部位は融解を通り越して蒸発すらしていた。僕の髪も一部が焦げてちりちりしており、魔法の威力のすさまじさがうかがえる。
僕はリーダーの魔法の威力に戦慄すると同時に、なぜすぐにアプフェルを助けに入れなかったのか理解した。
地面すら黒焦げになっているが、僅かに焦げていない箇所がある。その部分の土を軽く、靴の爪先で掘ってみると透明な結晶があった。土というのは火山が冷えて固まった石や鉱物なども交じっているし、おそらく雷に対して耐性が高いものが混ざっていたのだろう。僕はその結晶を一かけら、ズボンのポケットに入れた。
そうだ、アプフェルは?
ズィーベンとの戦いですっかり意識の外だったけれど、アプフェルは無事だろうか?
後ろを振り向くと、地面にお尻をついて身体を震わせているアプフェルがいた。顔は真っ青で、腰を抜かしてしまったのだろうか、下半身に力が入っていない感じだ。
でも手だけで体を支えて身体を起こし、仰向けに倒れこまないようにしている。そんな状態でも本黒壇の魔法杖は決して手放していなかった。
ただその状態で僕は正面に立ち、アプフェルは膝を立てていたので、狩り着の裾から伸びた新雪のように白い太股とその奥の白い下着が見える。
アプフェルの太股は細すぎも太すぎもせず、魅力と美しさを兼ね備えて興奮を誘う。
その奥の下着も太股と同じ色で、シンプルなデザイン。
アプフェルの脚によく似合っていた。
僕は凝視していたことに気がついて、さりげなく目を反らした。
アプフェルは気がついた様子はなかったけど、背後のキルシェから刺すようなオーラが漂ってくる。
ああ、これは絶対気付かれてるな。
「大丈夫?」
僕は気を取り直してアプフェルの手足や身体を見るけど、血も出ていないし服が切り裂かれた様子もない。転んだときに少し土と草が付いたくらいだ。
「よかった」
普段あんな目にあわされているというのに、僕はアプフェルが無事だったことにホッとしていた。僕はマゾ気質かもしれない。
取り敢えず助け起こそうと手を差し伸べるけど、アプフェルは手を伸ばさなかった。
まだ震えているけれど、少し震え方がおかしい。
怖さに震えているというよりも、これって……
アプフェルは僕と目が合うと、弾かれたような動きで膝を閉じた。
「あ、あああ」
地面に倒れ込んだアプフェルが身を震わせると、脚の付け根から黄色い液体が染み出し、瞬く間に広がっていく。
「ダメ、ダメ、止まって」
僕は呆然としてアプフェルを見つめていることしかできなかった。
狩り着の脚の付け根部分に染みが広がり、顔を真っ赤にして涙目になりながらアプフェルは必死に太股の内側を両手で押さえている。
その間も地面に流れる黄色い液体の量は増えていき、しょっぱい臭いも強くなっていく。
その姿には普段の尊大な様子は欠片もなく、ただ恥ずかしさ、みっともなさを必死にこらえる女の子の姿だけがあった。
なんだか、普段強気な女子が真っ赤になっておもらししてる姿って、妙に興奮するな。
そんなことを考えていると、アプフェルが僕をじろりと睨みつけているのに気がついた。
おしっこ漏らしながら顔を真っ赤にしている今は、普段の十分の一の迫力もないけれど、さすがに悪いと思ったのできつく目を閉じる。
だが視覚を封じた分、聴覚や臭覚に注意が向いてしまう。アプフェルの脚の付け根から漏れる音、液体が地面を流れる音、そして漂ってくるしょっぱいような独特の香りが嫌にはっきり感じられた。
「耳も塞ぎなさい、この痴れ者!」
アプフェルが倒れていなかったら一発で失神しそうなビンタが飛んできただろう。
「アイシクル・エングレイビング」
アプフェルが魔法を唱えたのが聞こえると同時に、ひやりとした風を感じた。
「もう、いいですわ」
すると水溜まりがなくなっていた。ただ乾いたのとは違い、地面に濡れた跡さえない。脚の付け根部分の濡れた跡も同様になくなっている。
「わたくしの氷魔法で凍らせた後、結晶になるまで細分化しましたから」
アプフェルは僕の手を取らずに立ち上がる。
すっかり、いつもの勝気なアプフェルに戻っていた。
「わたくしの命を救ってくれたこと、お礼は言っておきますわ。それに…… ズィーベンと真正面から戦って、前脚の攻撃を魔法杖で弾いたのはなかなか立派でしたわよ、褒めてさしあげますわ」
アプフェルは少しだけ俯いて、顔をリンゴのように赤らめる。
「それにしても、あなたはあんな魔法が使えたんですのね」
僕のゴーレムの破片を見ながらアプフェルは言った。
「まぐれだよ」
卑下でも謙遜でもなくそれが事実だと思う。もしここが学校だったら、地面に倒れていたのは間違いなくズィーベンではなくて僕だっただろう。
「お父様が好きな東方の諺に『運も実力のうち』というのがありますわ。あなたがズィーベンの一撃を止めたのは事実。イェーガ―家の称賛はありがたく受け取っておきなさい」
「不肖、このラッテ・フォン・カペル、アプフェル・フォン・イェーガ―お嬢様の称賛、謹んでお受けいたします」
少し芝居がかった調子でそう言うと、アプフェルは口元に手を当てて笑った。
やはり侯爵家ともなると笑い方一つとっても洗練されている。
……まあ、洗練されていないところもあったけど。
「……あなた、今良からぬことを考えましたわね?」
アプフェルの目がすっと細められた。
「わかっているとは思いますけど。今日の出来事は綺麗さっぱり忘れなさい。もし誰かに言いふらしたりしたら」
そこで本黒壇の魔法杖を僕に向けて言った。
「イェーガ―家の総力を挙げて一族郎党根絶やしにしますわよ」
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