第7話 死を意識する
僕は足元に小さなゴーレムを創造する。僕を投げさせると同時にゴーレムの手を蹴って大ジャンプした。走っても間に合わない距離を一瞬で詰めて、ヒグマの近くに着地する。
こうして間近に立つと、ズィーベンの巨大さが良くわかる。腕を振り上げて立ったその巨体は、平屋の家並みの背の高さがある。
僕って、馬鹿だな。
鉤爪を振り上げたズィーベンの前で、妙に冷静になってそんなことを考えていた。
アプフェルみたいに精密な魔力操作ができるわけでもない僕が、ズィーベンを止められる保証なんてないのに。
でも、咄嗟に体が動いてしまった。
なら、やるしかない。
「アース・ゴーレム!」
僕が魔法杖を一振りすると、新たなゴーレムが想像されていく。
僕の背丈ほどしかないゴーレムが、ズィーベンの鉤爪をがっしりと受け止めるが力が違いすぎた。すぐにゴーレムの腕にヒビが入っていく。
普段の僕ではズィーベンの勢いを殺しきれなかっただろう。
だがこの山で長く練習してきたためか、マナが学園で扱う時よりもずっと身体になじんで、普段より大きくて頑丈なゴーレムを創りだすことができた。
色さえも普段と違い、こげ茶色ではなくやや白みがかっている。これは、アース・ゴーレムというよりももう一段階上のゴーレム、ストーン・ゴーレムに近い。
突如出現したゴーレムに対してズィーベンは二度、三度と爪を振り下ろしていく。
人の十倍近い体重と二倍近い身長を持つヒグマは、マリグネと化していなくても馬車にはねられて平然としているほどのタフネスと怪力の持ち主だ。
石に前足を打ちつけているというのに意に介した様子もない。
むしろ闘志を掻き立てられたかのように大きく吠え、山の空気を震わせる。
さっきよりもさらに強烈な一撃をゴーレムに打ちつけていく。
石に腕を振りおろしても平然としているところからするに、元来のタフネスに加え魔法で身体を強化しているのだろう。マリグネの中には魔法を使う個体すら存在する。
攻撃に耐えきれずにとうとう、ゴーレムが砕けた。
白みがかった石がガラスのように小さな破片となって宙を舞う。
僕とズィーベンの間にはなにも盾が存在しない。
拳闘士の拳のような速さで振り下ろされるズィーベンの鉤爪。
それがやたらにスローで見えることを不思議に思いながら、僕はふと思った。
なんで、アプフェルのために命をかけたんだろう?
キルシェや両親のためならとにかく、アプフェルは僕の頬をひっぱたいたり、睨みつけたり、大して大事な人じゃないはずだ。
逃げちゃえばよかったのに。
そこまで考えると、すごく嫌な感じに全身を蝕まれるような感じがした。
見知った人を見捨てるのは嫌だっていう、それだけのものだろうか。
それにさっきキルシェに対する態度は立派だった。カッコよかった。
そこまで考えると、妙にすっきりしたことに気がつく。
じゃあいいか。僕に対して大事な人じゃなくても、キルシェにとっては違ったかもしれない。それに知り合いが目の前で死んだりしたらキルシェは悲しむだろう。そんな思いはさせたくない。
さっきより僕の頭に近付いたズィーベンの鉤爪をはっきりと見据えながら、僕は腹を決めた。
構えていた樫の魔法杖を頭上で大きく横薙ぎに振り、ズィーベンの前脚に横からぶつける。
本来は頭を狙ってきた敵の剣を弾くための型。
学園で必修だった剣術の授業で習った。
でも僕は剣術は苦手で、握りもくそ握りで腰の入れ方もなっていないってよく怒られた。そんな僕の剣術だけど、当たり所が良かったのか火事場の馬鹿力か、ズィーベンの前脚の軌道は外側にそれて僕の耳から肩にかけて掠めるだけにとどまった。
耳元で聞こえた前脚の唸りは、間近で見えた鉤爪よりも怖かった。
でもこれで体勢が完全に崩れた。
もう次のゴーレムを作る時間はない。
手を伸ばせば僕の首をへし折れる位置に、ズィーベンがいる。
はっきりと死を意識した。
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