第6話 ゴーレム

 三頭の猪を仕留め、狩りが終わる。勢子たちは処置をされた猪たちを運ぶ準備に取り掛かっていた。

「どうですの? イェーガ―家の狩りは」

魔法杖を腰に納めたアプフェルが、ドヤ顔で僕に話しかけてきた。僕の方から話しかけるとビンタするのに、自分から話しかけるのは良いんだな……

「すごかった。それしか言いようがないよ。さすがはイェーガ―家、っていう感じだった」

「そうでしょうそうでしょう!」

 アプフェルは胸を張って、喜色満面だ。 教室よりもずっと自然な笑顔に見える。

 でもとりあえず、怪我人が出なくて良かった。狩りの最中の事故って言うのは結構多い。

 何百年か前の王様も、鹿狩りのとき鹿の角がベルトに引っかかって、何キロも引きずられて死んだらしい。

 まあイェーガ―家の人たちだから、鹿ごときに後れは取らないだろう。

「この場に居合わせたことを光栄に思いなさい。そこのキルシェ・ケルナ―さんもね」

「はい。有難うございます」

 キルシェはゆっくりと、大きく腰を折って頭を下げた。

「それではわたくしたちはこれで帰りますわ。ごきげんよう」

 そう言ってその場を去ろうとしたイェーガ―家の前に、新たな獣が現れる。

 ゴーレムでも折るのが難しそうな太い木を易々と折りながら、ゆっくりとこの平原に姿を見せる。 茶色の毛並み、人の数倍はあろうかという大きさの肉体。黒い鉤爪に丸太のような四本の脚。森で最強の生物、ヒグマだ。

 僕たちを見かけると嬉しそうに口元を歪め、本能が揺さぶられるような恐怖が僕の全身を走った。

 でもこんな低山で見かけるなんて…… それにただのヒグマがこれだけの人間の集団を襲うのは不自然だ。

 この大きさといい、マリグネと化しているのかもしれない。

 人間が魔力を用いて魔法を扱えるように、獣も自然界の魔力を浴び続けることでごく稀に魔物と変化することがある。

 そう言った獣は「マリグネ(maligne)」と呼ばれ恐れられている。マリグネは普通の獣より一回り以上大きな体躯を持ち、個体によっては魔法を扱う者すらあると言われる。

 そして何より、普通の獣は驚いて人を襲うことがあるくらいだが、マリグネは好んで人を襲い、その肉を喰らおうとする。

 ヒグマのマリグネは通称ズィーベン(sieben)という。

 通常のヒグマより大きく、強く、人を恐れず。

「お嬢様、お下がりください!」

 使用人の一人、さっきキルシェを突き飛ばした人が彼女をかばうように前に出る。猪を狩るときに使っていた弓に矢を番え、構えたがアプフェルは、彼のさらに前に出た。

「わたくしを誰だと思っていますの? あの程度倒せねばイェーガ―の名を名乗る資格などありませんわ! それにマリグネは貴族の使う魔法でしか倒せないことをお忘れ?」

 アプフェルの言葉に、弓を引く彼の指から力が抜けたのがわかった。

 その隙にアプフェルは再び本黒壇の魔法杖を抜き、詠唱を開始する。

 その隙に後方から放たれた矢がズィーベンに刺さる。

 だが肉体に喰い込んでいるのにもかかわらず、毛並みに血が混じらないし苦痛の様子が一切ない。

 そして何より刺さったはずの矢が、溶けるように崩れ落ち、ズィーベンの体表を流れ落ちて土に還っていく。

 魔法以外の攻撃を無力化するあの性質、間違いなくマリグネだ。

 それに身を伏せたので、マリグネの証しである背中に僅かに生えた金色の体毛が見えた。

「アプフェル! 下がれ!」

 だがリーダーの警告に従わず、アプフェルはズィーベンに向かって突進する。

「わたくしは…… イェーガ―家の娘……」

 猪を相手にした時の冷静さがまるでない。焦っている?

 とにかく、あの状態じゃヤバい。

「アプフェル!」

 僕も魔法杖を抜いて必死に彼女を呼び止めるけど、止まる気配がない。

「アイシクル・エングレイビング!」

 再び猪を相手にした時のように氷が創造される。

 今度は形が違い、巨大な相手に合わせたのか両足の下だけに騎士の装備するガントレットのような氷の彫刻が出来、ズィーベンの動きを止めた。

「これで終わりですわ!」

 その隙にもう一度、鼻先に魔法杖を振り下ろした。

 だがズィーベンの低いうなり声。猪とは比べ物にならない圧迫感。アプフェルより距離が離れた僕にさえ伝わってくる。

 そのうなり声に気圧されたのか、アプフェルは一瞬動きを止めてしまう。

 それが決定的な隙となった。

 ズィーベンは両前足を振り上げるようにして、強引に氷の彫刻の拘束を引きちぎる。

 砕かれた氷が舞って、きらきらと輝いた。

 その光の上。太陽と共に、氷を纏ったズィーベンの鉤爪が振り下ろされようとしていた。

「アース・ゴーレム」

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