第5話
そうはいっても即座に援軍を呼べるかと言えば答えは否。元々潜入捜査の名目でやってきている二人に加えてカサンドラ達をこの場に置いておける理由をこねくり回す必要があるからだ。具体的にぶっちゃければ、じゃあ最初の二人いらなかったじゃんを否定しなければならない。
「あーたしーはやくたったずー」
「精神に異常をきたしてしまったようですね。ジゼルにはもう手の施しようがありません」
「酷っ!? てかそっちも役立たず二号だかんね!」
「それがなにか? 期待をされる方が余計なしがらみが増えてギチギチです。このくらいが丁度いいのですよ」
「あたしはそこまで割り切れないんだよなぁ……」
転生前ならそれでもよかったが、なまじっか聖女というポジションに押し上げられたせいで、エミリーとしてはマイナス評価はダイレクトに心に響く。今までプラスの評価がない、と以前トルデリーゼにばっさりいかれたことは既に忘却の彼方らしい。
「成程。何か美味しいものでも食べれば解決ですね」
「子供かっ!」
クリストハルトがいれば全力で首を縦に振る。ともあれ、まあいいやと溜息を吐いた彼女はジゼルから視線をクラウディアに向けた。ある意味自分よりも落ち込んでいる彼女を見た。
「大丈夫?」
「……あはは。うん、大丈夫。わたしは平気」
「どう見ても大丈夫ではありませんわね」
やれやれ、とアナスタシアが肩を竦めた。援軍追加の決定をしてから、彼女はずっとこうである。思い出したかのように黄昏るファッションネガティブのエミリーとは違い、クラウディアは常時ダウナーモードだ。
「姉さまと違って、わたし、本当にダメだなぁ……」
「卑下し過ぎるというのも嫌味ですわよ」
呆れたようにアナスタシアが述べる。この程度の失敗でそこまで評価を落としたならば、彼女以下の掃いて捨てるほどいる学院の生徒は存在していてはいけないレベルだ。ついでにいうと学院の学年主席を争っている自分を遠回しに馬鹿にしているとも取れる。
「成績と実際に動けるのはまた別だよ……」
「そうかもしれません。ですが、少なくとも今回の話は別にはならないでしょう?」
「え? そう、かな?」
「では逆にお聞きしますが。あの怪談を成績不良者が解決するにはどうするのがよいのでしょうか?」
「それは――」
アナスタシアの言う成績不良者は、恐らく学院の生徒として知識も実力も彼女達より一歩遅れている者だろう。そういう連中が咄嗟の判断で怪談を撃退する。そんな事が出来るのだとしたらそれは実力を隠しているか眠っていた力が目覚めたか。
そしてそうではないが機転で解決するとして、その場合は。
「誰かに、相談する?」
「あら、どうやら成績不良者が実際に動けるという評価の行動はクラウディアさんと同じもののようですわね」
「うぐぅ……」
「おお、唸り声がドラ様と一緒だ」
「その感想は気持ち悪いです。ジゼルもちょっと引きます」
ポーカーフェイスの目がほんの少しだけ細められたが、それに気付くものはまずいないであろう。当然といっていいのか、エミリーも気付かない。
そんなわけで一週間程度は本格的な捜査を再開出来ない。そう結論付け、細かい捜査はするものの、基本は通常の学院生活に戻る。それは同時に、エミリーとジゼルは表向きの理由である短期留学を行うことを意味していた。
エミリーとしてはゲームの知識以外のこの世界のことをがっつりと魂に刻む作業の一環でもあるので嬉々として授業に取り組んでいた。教師も彼女の姿を見て流石だと笑みを浮かべるほどだ。
それを同じクラスで見ていたクラウディアも評価は同様のようで。
「凄いね、エミリーさん」
「んあ? 何が?」
「聖女なのに、凄く真面目に授業聞いて、知識を得ようとして」
「……いや、あたし普通に勉強嫌いだから」
「え? でも」
優等生、という肩書は確かに心地よいものであるが、正しくない評価で褒められても別段嬉しくはない。そんなわけでエミリーはクラウディアのそれに対して首を横に振った。そうしながら、しかし彼女の言ったことはその通りだと続ける。
「この世界の知識がね、欲しいわけよ」
「……?」
よく分からないと首を傾げる。そんなクラウディアに、エミリーは自分にはこの世界の知識が足りていないのだと述べた。聖女の記録はあくまで記録でデータベース、本当の知識はこうして身に付けなければまた間違えるのだと苦笑しながら言葉を続ける。
「また?」
「……聖女の記録だけで動いてたらドラ様と仲がこじれて、あー、ダメだ、思い出すとマジ凹む」
「姉さまと? 話を聞いただけだとそんな感じはしなかったけど」
「いやま、あたしが一方的に凹んでるだけというか、最初から聖女の記録以外の知識も蓄えとけばもう少しうまく行ったんじゃないかとか、そういうやつ」
「……気に、しすぎだと思う。何か大きな被害が起きたわけでもないし、姉さまも、今までと違って後ろめたさも無しで全力で兄さ――殿下を慕っているから」
ぶっちゃけラブラブ過ぎて時々胸焼けする。そんなことを言いながら溜息を吐いたクラウディアは、ほんの少しだけ寂しそうな顔をした。
くわ、とエミリーの目が見開かれる。聖女の記録に頼らないとかなんとか抜かしながら即これだが、彼女の中の二次創作カップリングネタが次々と浮上してきた。え、ひょっとしてこれってこれじゃね。語彙力皆無の納得をしながら、彼女はずずいとクラウディアに顔を詰め寄らせた。
「クラウディア」
「え? な、何いきなり」
「王子のこと、好き? 勿論異性として」
「はぁ!?」
がたた、とのけぞり、そして手をワタワタさせながらいきなり何言ってんだと全力で反論した。凄い勢いで胸部の二つの膨らみがバルンバルンと上下左右に揺れるさまは圧巻である。
ここまで分かりやすいとカマをかけた自分が間抜けみたいだ。そんなことを思いながら、エミリーはつまりこういうことかと指を立てた。
「正妃がドラ様で、第二妃がクラウディア」
「ならないよ!?」
「あれ? 違った?」
二次創作ではよくあるやつだ。そんなことを思いながら彼女を見るが、顔は赤いものの言葉自体は本気で言っているようであった。諦めている、というわけでもない。
「殿下は……兄さまは好きだけど、そういうのとはちょっと違うというか……こう、甘えたくなるとかいうか、頭撫でて欲しいとか、そういう感じのやつで」
指をくにくにさせながらもじもじとそう述べるクラウディアは大層可愛らしい。胸部が凶悪なそれでなければ、子供らしい感情だと微笑ましくなるだろう。
動きに合わせてグニグニと形を変える山脈のおかげで扇情的である。無駄なエロスだ。
ともあれ、寂しいというのは間違ってはいないようで、しかし我儘を言えば嫌われるかもしれないと思った彼女は。
「あぁー。だから追加救援要請で落ち込んでたのか」
「うぅ……エミリーさん励ましてたはずなのにいつの間にかわたしが励まされる側になってる……」
図星である。大好きな義兄に失望されたくない、という考えが根底にあったからこそのダウナーっぷりだったらしい。アナスタシアの言葉で幾分が持ち直してはいるが、そこが解消されない限り彼女は心の奥底でどんよりしたままだ。
「まあつまり、あたしがこの間落ち込んでた理由と割と近いわけだ」
「……そうだね」
これじゃあ人のこと言えないな、とクラウディアは苦笑する。そんな彼女に向かい、エミリーは首を横に振るとそんなことないと否定した。そうしながら、先程自身が言われた言葉を、言った相手に笑顔で返す。
「気にしすぎ。王子がそんなことで嫌うわけないって」
「そう、かな?」
「そうそう。じゃなきゃあたしとっくの昔に見限られてる」
「……何で胸張って自慢するの……?」
おかしい、目の前の少女は紛れもなく聖女のはず。こんな崇拝力がマイナスの存在でいいのだろうか。そうは思ったが、しかしそんな軽い調子の彼女のおかげで自分の気持が多少は楽になったのも事実で。
「そうだね。兄さまはこんなことじゃ嫌わないか」
「そうそう。……いやー、むしろぶっちゃけあれだよね。あたしがさ、お前はどこまで役立たずなんだとか言われそうだよね」
「兄さまはそんなこと言わないよ?」
「えぇー……何? あの人あたしにだけ塩対応なの? いや、違うか、ドラ様達にだけ甘いのか……くぅー、流石、流石だぜ王子」
思いもよらぬところからクリドラの香りを堪能したエミリーは、悶えながら机に突っ伏す。そうして暫し動きを止めると、再起動して教壇を見た。教師がやってくるところで、今日最後の授業が始まる時間だ。
「うし、やるか」
「……姉さま達はよくついていけるなぁ」
コロコロとテンションと表情の変わるエミリーを見て、クラウディアは苦笑半分の笑みを浮かべながら自身の授業の準備を始めるのだった。
一日の授業を終えた二人は、今からどうしようかと教室に残りながら言葉を交わしていた。作戦会議も今日はない。ジゼルもアナスタシアも、思い思いの行動をしている。
小さな調査を独自で行ってもいいが、せっかくなので休暇というのも悪くはない。事実、ジゼルは完全にフリーで好きに動いている。
「帰り道に食べ歩き、とか出来たら良かったんだけど、ここ全寮制だしなぁ」
「食べ歩き?」
「ああいや、こっちの話。てかそもそも相手公爵令嬢じゃん。無縁じゃん」
やらかしたぁ、と頭を押さえているエミリーを見ながら、クラウディアはそんなことないと微笑んだ。学院に入る前、アイレンベルク領でも王都でも、案外そういうことはやっていた。そう続けて、確かに久々にやりたいかもしれないと笑う。
「今度の休日、ちょっと街に行こうか」
「行く行く! ってあたしが誘われる側になってる。まあいいか」
それはそれとして、これからである。休日の予定を作るのは勿論大切だが、今日これからの予定を作るのも同じくらい大切だ。時間を持て余す的な意味でである。
そんなことを考えていた時、エミリーは間抜けな声を上げた。そうだ、と何か思い付いた。
「こないだの階段の七不思議の時に思ったんだけど、学院の場所を知っときたいんだよね」
「あ、そっか。案内するよ?」
「よろしく!」
いぇい、と拳を振り上げる。そんな彼女を笑顔で見ながら、じゃあどこから行こうかとクラウディアは問い掛けた。エミリーのデータベースのマッピングは間違っていてあてにはならない。が、それ以外の、学院の断片的な情報自体が間違っているわけではないはず。そう結論付け、とりあえず自身の知識で持っている場所を片っ端から挙げていった。
「んー。いくつか知らない場所があるけど、聖女の記録が古いのかな」
「いや、聖女の魂は別の場所から喚んでくるやつだし、そっちの世界の記録ってとこだと思う」
「そうなんだ」
嘘とも言えないが、本当ではない。詐欺ではないかと思わないでもないが、現状それを知っているのはクリストハルトだけであり、そしてその唯一の彼も別段それを説明したところで現状と大して変わらないだろうと言い放ったことで割り切ってはいる。トルデリーゼにはその辺りも見抜かれている気もするが現状はスルー。
ともあれ、クラウディアはエミリーの述べた場所をチェックポイントのようにしながら、王立学院を案内していった。それぞれの場所にたどり着くと、エミリーは暫し堪能してデータベースを更新していく。気分はほぼ聖地巡礼をするオタクである。
学院は広い。授業後の限られた時間では案内をしつくすことは出来ない。そんなわけである程度の場所を巡った後、今日はこの辺でと切り上げることになった。
「思ったより数倍広いわ」
「あはは。そうだね、わたしも最初は驚いたもの」
廊下を歩きながら、エミリーの呟く感想にクラウディアも同意する。この調子では、学院の案内が終わる前に事件の解決をしそうだ、などと軽口も叩いた。
そのタイミングで、あ、とクラウディアが声を上げる。どうしたのかと彼女の視線の先を見ると、数名の生徒がこちらを見ているところであった。睨むような視線の生徒達は、ついと視線を外すとそのまま何処へと去っていく。
「……知り合い?」
「ううん。多分向こうもこっちも一方的に知ってるだけ」
「んん? 知り合いではないけど、知ってる?」
謎掛けみたいな関係だな。そんなことを一瞬思いながら、それで何をどう知っているのかと小声で問う。どうやら、あまりいい知り方ではなさそうであったからだ。
案の定、クラウディアは苦笑しながら、あれが例の人達だよと小声で返す。
「例の、って、ああ、いなくなって戻ってきたっていう」
「うん。で、向こうがこっちを知っている理由は」
「……『魔物令嬢』か」
「うん、そう。姉さまが『魔物令嬢』だから、わたしもそうだろうって」
まあ正解なんだけど、とクラウディアは頬を掻いた。そうしながら、そういえばと疑問に思っていたことを口にした。
「アナスタシアさんって、わたしが魔物なの知ってるのかな」
「あ……どうなんだろ。『魔物令嬢』の話を知ってるくらいだし、ドラ様がそうだってのは知っててもおかしくないけど」
二人共にアイレンベルクの養女であるというのが、どこまで知られているのか。二人が正真正銘の姉妹だという答えを、手に入れられるのか。
市井にあるそれを悪意ある噂だと突っぱね、『魔物令嬢』は姉だけだ、という結論に達してはいないのか。
「今度直接聞いてみたら――は、流石に無神経か」
「ううん。そうだね、今度聞いてみる」
ダメだろう、と思った意見を採用されたことで、エミリーは思わずいいのかと彼女を見る。クラウディアはそんなエミリーを見て、大丈夫だと笑みを浮かべた。今回の調査で、友達だって分かったから、信じられると思ったから。そう言って笑った。
「うぅ、眩しい……。くそう、ジゼルさんの言う通りだった」
それはあなたもやさぐれているのでは? 脳内のジゼルがそうツッコミを入れた気がした。
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