第4話
翌日。ひょっとして寮に戻った後再襲撃が起こるのではないかと危惧していたが、どうやら杞憂だったらしい。一行は無事に授業を受けることが出来た。クラウディアとエミリーは同クラス、アナスタシアは隣のクラス、ジゼルは下級生と本人達はきちんと無事の確認をすることが出来なかったのだが、まあ多分大丈夫だろうと無駄に確信していた。
クラウディア以外は、である。
「だから言ったじゃん、大丈夫だって」
「……そうだけど」
そして昼休みに集結したことで彼女はようやく胸を撫で下ろした。若干不満げな表情をしつつ、しかし誰も何もなっていないことは喜ばしいと笑みを浮かべる。そんな彼女を見て、ジゼルは思わず目を細めた。
「何でしょうか、この純粋さ。ちょっとピカピカしていて直視できません」
「いやそれはジゼルさんがやさぐれ過ぎてるだけだと思う」
「教国の連中がダメダメなのがいけません。あんなクソみたいな連中に囲まれれば、ジゼルでなくとも心がサラサラの砂漠化してしまいますよ」
「どこの国にもいるのですね、そういう輩は」
ジゼルの言葉に、アナスタシアがうんうんと共感するように頷く。そんな彼女を横目で見つつ、そんなに帝国アレなのかなとエミリーは考え込むように顎に手を当てた。自身の持っているデータ内では、少なくとも帝国の上層部は彼女の周りにいる連中に限定すれば、そこまで腐っていなかったはずだ。自身でそういうものを見ない限り、である。
この様子だと見ちゃってるのかな。そんなことを思いはしたが、それを問い掛けると色々とまずいのでエミリーは心中で済ませ自重した。
「んで、今日の調査だけど」
「あの様子だと、残りの六つも似たようなものだと考えてよろしいのでしょうね」
「あれがあと六回も……」
うへぇ、とクラウディアが顔を顰める。そんな彼女をよしよしと変わらぬ表情のまま慰めながら、ジゼルは指を一本立てた。それはともかく、と言葉を紡いだ。
あれが一体何なのか。それを考察してから向かったほうが効率がいい。そう続け、昨日エミリーと少しだけ話したそれを言うよう彼女に促す。
「んあ?」
「池の手の分析、あれをペラペラと話してやってください」
「ペラペラっつーかペラッペラで分析と呼ぶのもおこがましいやつじゃん」
「何も情報を持っていないよりは万倍マシでしょう」
それもそうかとエミリーは頷く。そうして、昨日のあれは少なくとも魔物のスキルによって生み出されたものではないという見解を述べた。
「その辺りの判定も出来るのですね」
「まね。ふっふっふ、褒め称えてもいいのだぜぃ」
「遠慮しておきますわ」
「何でさ」
「クラウディアさん、あなたはどうですか? 何か意見があったりは」
「無視かい」
エミリーのそれを流しつつ、アナスタシアはクラウディアへと視線を向ける。え、と急に話を振られびくりとした彼女であるが、息を吐くとゆっくり頷いた。とりあえず、その考察は間違っていないと思うと述べた。
「魔物に関するものなら、わたしは別にそこまで驚かないし。何だかよく分からなかったから、とりあえず魔物関係は除外していいと思う」
「詳しいのですね」
「うん、そりゃあ、ね」
少しだけバツの悪そうに頬を掻いたクラウディアは、それで他には何かあるのかとエミリーとジゼルのコンビに問う。が、二人揃って今の所それだけだと首を横に振った。
そうなると。僅かながら考察を終えた結果は結局こうなってしまうわけで。
「残りの六つも同じように調査するしかないかぁ……」
「少なくとも、魔物ではない何かが原因で、そして噂通りの何かが起こる。そう理解出来ているだけでも大分違うと思いますわ」
「そうかな」
ちらりとエミリーとジゼルを見るが、その通りと言わんばかりに頷いている。正直納得してはいないが、皆がそう言うならば。クラウディアはそう結論付け、授業が終わってからの調査をするために作戦会議の続きを促すのであった。
最初はいきあたりばったりでもあったので作戦会議の場からすぐ近くの池を選択したが、今回は最初から覚悟をしてからの行動である。場所の位置は関係ない。
が、怪談の中には特定の場所を指し示していないものもそこそこあるわけで。
「むしろ半分場所分かんねーじゃん」
というわけで、今回は知らない場所へと続く階段の調査と相成った。廊下は時間指定のため今すぐは無理であるし、存在しない教室はそもそも存在しないので場所が分からない。笑い声が聞こえる部屋も具体的な部屋は不明のため、見知らぬ場所への階段か中に閉じ込められる大鏡、そしてトイレの実質三択である。
「しかし、笑い声の部屋は不明なのに階段は分かっているのですね。不思議な匂いがプンプンします」
「そう言われれば……どうしてだろう」
ううむ、とジゼルの言葉に首を傾げるクラウディアに対し、アナスタシアは平然と答えた。おそらく池も同じであったのだろうけれど、と前置きをした。
「そこで消えたのでしょう。件の生徒が」
「……あー」
成程ね、とエミリーが頷く。消えた生徒は五人だが、その全員がバラバラに消えたわけではない。平民の三人は詳細不明だが、少なくとも貴族二人は行動を共にしている状態で消えたとされている。
「階段と、大鏡、トイレと池。そこであの連中は消えたってことで、いい感じ?」
「トイレはぶっちゃけ偽情報っぽさバリバリですが。まあ階段と大鏡と池はいい感じでしょう」
「え? そなの?」
「ずっと使用中のトイレをノックすると返事と共に扉が開いて赤い腕と青い腕が伸びてくるらしいです」
「うわベタだなぁ……」
「わたしより詳しい……」
まんまじゃねぇか、と溜息を吐くエミリーに対し、クラウディアは若干ショックを受けていた。まさか潜入捜査で転入してきたばかりのジゼルに情報で負けるとは。そんなことを思いはしたものの、しかし相手は執政官、その手の実力はやはり高いのかと感心するアナスタシアを見て幾分か納得はした。
「エミリーさん。ベタ、とは?」
「へ? ああ、うん。あたしの――持ってる知識にあったトイレの怪談と同じやつだったから」
「成程。……持っている知識、ですか」
す、と目を細める。何か探られている感じがして、エミリーは思わず視線を逸らした。これはひょっとして自分が聖女だとバレているのではないか。そんなことを思ったからだ。
そんなことを思ったので、思わず口元がにやけたのを隠すために視線を逸らしたのだ。
「エミリーさん」
「うぇ?」
「チヤホヤされたいのならば、別にぶっちゃければいいとジゼルは思いますよ」
「……向こうから気付かれるのがいいの」
「はあ、そうですか。ジゼルには理解出来ない謎プライドですね」
「おぶぅ」
胸の辺りを抉られた感がして、エミリーは思わず胸を押さえた。若干心に深いダメージを負った彼女は、咳払いを一つするとなにはともあれ現場に行こうと皆を促す。そうしながら、若干なのか深いのか分からないそれが広がらないよう無心で足を動かした。
階段は学院の東にある建物の、一番奥にある。本来ならば三階まで続くそれは、気付くとそれ以上進んでしまい、そして戻れなくなる。そういう噂だ。
「具体的な条件が何も分かんないじゃん……」
ちらりとジゼルを見る。先程のトイレの情報量からして、こちらの階段も同じような情報を持っているだろうと踏んだのだ。アナスタシアも同じ意見のようで、こちらは視線ではなく言葉で問うていた。
「一応聞いた話では、夕日が何か関係しているとか」
「あ、それならわたしも知ってる。夕日が階段に当たって、丁度段差が増えたように見えるんだけど、それが実際に増えているとかなんとか」
三階へと続く踊り場まで上がった一行は、近くの窓から差し込むそれを見やる。これも時間指定じゃねえか、とツッコミを入れるエミリーを適度にスルーしつつ、それが階段に当たるのを見届けた。
「あ、本当だ。増えてる」
「そう見えるだけでしょう。……でも、実際に増えているのならば」
ゆっくりと足を踏み出す。アナスタシアが十三段になったその階段へ足を乗せるのと同時、何かがぐにゃりと歪んだ気がした。
ぐい、とジゼルが彼女の襟を掴んで引き寄せる。一瞬息が詰まったアナスタシアが咳き込むが、それを心配することもなく視線も彼女へと向けない。
何故ならば。
「うわ、なにこれ……」
「さっきまで三階の建物だったのに」
踊り場の先にあるのは、一見すると変わらぬ廊下である。が、途切れていたはずの階段は踊り場が増設され、存在しないはずの四階への道が開かれていた。
「どうします? ジゼルとしてはこのまま四階に行くのはオススメしませんが」
「けほっ……そうですわね。わたくしも、引き返すのを推奨いたしますわ」
エミリーとクラウディアもその意見に反対する理由はなし。こくりと頷くと、そのまま踵を返した。
と、同時。上の階から何かが降りてくる音がした。カツンカツンと、階段を叩くような音が静かな廊下に響き渡る。視線の先には何もいない。ということは、この音の主は四階からこちらに向かってきているということに他ならず。
「またこのパターン……!」
「退却、退却ぅ!」
「すたこらさっさ」
「了解いたしましたわ」
出会ったら、見てしまったら。池の時にも感じた、新たな行方不明者になる気配を感じ取り、一行は即座に離脱、東棟を飛び出すように後にした。
パタン、と背後から扉が閉まる音がしたが、振り返ることはしなかった。
一旦別の調査は取りやめ、遭遇した場所を重点的に調べよう。次回の作戦会議でそう決められた。このまま行くと毎回同じことの繰り返しになることを恐れたのだ。
とはいっても、何をどう調査すればいいのかと言われれば言葉に詰まるわけで。
「いっそ引き摺り込まれてみる?」
「それは駄目だと思う」
「いいんじゃないですか? ジゼルはオススメしませんしその役目は断りますが」
「そういうわけで、却下ですわね」
ですよねー、とエミリーも頬を掻く。虎穴に入らずんば虎子を得ずとはいえ、そもそもそこが虎穴かどうかすら定かではない状態で突っ込むのはただの馬鹿だ。が、それを調べるためにも多少の無茶をしなくてはならないのというのもまた真理。
もう一度あの二つの怪談へと向かう。とりあえずそこは決定したものの、そこで何をすればいいのかがどうにも決まらない。堂々巡りである。
「ここの面々では行き詰まっているのですから、外部のどなたかの意見を取り入れればよろしいのでは?」
「んなこと言われてもなぁ……」
「学院には頼れるのはいませんね。ぶっちゃけアナスタシアさんもエミリーさんの同意がなければ追い出していましたし」
「となると、学院の外?」
ちらりとジゼルとエミリーコンビを見る。学院の外からの援軍、この二人に関する面々ならば。そんなことを考え、つまりは自分の関係者に再度助けを求めるのだという結論に達する。
が、それはそれでどうなのだろうとも思う。泣き付いてばかりで、本当にいいのかと。
「わたし達だけで、もう少し調査してみようか」
「ん? いいの?」
「あんまり姉さま達に頼るのも……」
あはは、と苦笑するクラウディアを見て、別にそんなの気にしないと思うけどなとエミリーは思う。が、やはりその辺りは姉妹にしか分からない部分もあるかもしれない。そう考えると安々と口を挟めない。
「あら、クラウディアさんの姉君はそんな狭量な方なのですか?」
「そんなことないよ。わたしが申し訳ないなって思ってるだけ」
「そうでしたの。わたくしもお兄様にはついつい甘えてしまうので、気持ちは分かりますが……今はそうも言っていられないのでは?」
「んー……」
そうかなぁ、と彼女は首を捻る。その一方で、ジゼルはアナスタシアの言葉にピクリとエミリーが反応したのを見逃さなかった。つまりはその辺りが聖女の記録に関連することで、彼女を信用した理由の部分なのだろう。そう判断しつつ、すすすと二人に会話を聞かれない位置まで距離を詰める。
「エミリーさん」
「ん?」
「聖女の記録で知っているのは、彼女のお兄さんですか?」
「……あー。いや、一応両方」
「一応、ですか。あからさまに誤魔化している感がモクモクしていますが、これ以上突っついても出なさそうなのでスルーを決め込んでおきます」
「いやまあ、別にそこまで内緒にすることじゃないけど」
そう言いつつ、本人が隠しているので内緒にすることなのかもしれないと顎に手を当てた。元よりそこまで興味を持っているわけでもなし、何となく知りたかっただけなのでそれでもよし。ジゼルの判定はそんなところなので、じゃあいいですと会話を打ち切った。
いいのかよ、と悩んでいたエミリーが思わずツッコミを入れたのは言うまでもない。
「それよりも調査です。このままではどん詰まりでギュウギュウですよ」
「だよなぁ……んー」
こういう時に頼りになる相手には心当たりがある。が、それは先程クラウディアが悩んでいた手段と同じ。つまりは向こうに、学院の外にいる聖女メンバーに相談するということだ。エミリーも彼女ほどではないが、それをしたら何となく負けな気がしていた。
「ジゼルはその辺にこだわりないので、パッパと頼ろうと思います」
「悩み全否定!?」
「葛藤返して!?」
そんな二人など知らんとばかりにジゼルが言い放つ。事件の解決は早い方がいいだろう。そう言われてしまえば、勿論彼女らも反論はない。当たり前だがただの言いくるめである。それは分かっているが、言っていることは間違っていないので反論出来ない。
「では、クラウディアさんの姉君を頼るということなのですね?」
「……うん、そうする」
「……あたし役に立ってねー……」
「まあまあ。しょうがないので諦めてください」
『追い打ち!?』
がぁん、とショックを受けるクラウディアとエミリーを見て、アナスタシアは申し訳ないと思いつつも笑みが溢れて思わず口元を押さえた。
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