第3話
「よーし、授業も終わったんで」
「調査を始めましょう」
いえい、とノリノリのエミリーに対し、ジゼルは変わらぬ表情である。が、その実テンションはそこまで変わらない。あまり抑揚のない声とほぼ変わらない表情で誤解されがちではある。が、ある程度親しければその辺りはすぐに分かるので、少なくともここにいる面々はそこそこ分かっている。
「それで、一体何をするのですか?」
「待って」
「どうしたのですかクラウディアさん」
「どうしたもこうしたも。何でここにいるのアナスタシアさん」
なるべく人のいない位置のテラスで、お茶会に見せかけた作戦会議の真っ最中だ。そんなメンバーの中に、何故かいる。今回の調査に微塵も関係ないアナスタシアが、いる。
それを疑問に思わないのもどうなんだ、とツッコミを入れ終えたクラウディアはエミリーとジゼルの二人を睨んだが、揃って何か変だっただろうかと首を傾げるばかりだ。
「え? クラウディアが仲間に引き入れたんじゃなかったの?」
その片割れ、エミリーはそのままそんなことをのたまった。寝耳に水なその情報を耳に入れたクラウディアは、思わず彼女を見る。誤魔化そうとしているようには見えず、どうやら本当に素で聞いているらしかった。ならばとジゼルを見たが、こちらはポーカーフェイスのまま沈黙を保っていた。
「……わたしは誘ってないです」
「お、おう」
「ということは、勝手についてきたというわけですね」
「ええ。その認識でよくってよ」
「いいんだ……」
自信満々にのたまうアナスタシアを見て、クラウディアは割ともうどうでも良くなってくる。が、そういうわけにもいかない。彼女が事件の犯人側である可能性も十分ある以上、そう簡単に引き入れるわけには。
「それで、一体何をなさるのですか?」
「この学院に最近広がった怪談の調査を、ちょっとね」
「エミリーさん!?」
言っちゃうの? と思わず目を見開いて彼女へと詰め寄る。怒涛の剣幕に思わず圧されたエミリーであったが、まあここまできたらしょうがないしね、と軽い調子で笑った。そこにはアナスタシアを疑っている様子は見られず、むしろ味方だと確信しているようにも思える。
何故そんな態度なのか。その理由がどうにも思い付かず、しかし否定する材料を口にするのも憚られ。
「クラウディアさん、安心してください」
「何を安心すればいいの……?」
「エミリーさんのあれは、聖女の記録に基づいてやっています。自信満々なので、まあいいんじゃないでしょうか」
「ちょっと前に聖女の記録が役立たずって本人言ってたけど」
「ふむ。それは困りましたね。まあこれについては役立ちにバリバリだったと思っておけば、ジゼルもクラウディアさんも一安心のハッピーハッピーなのですよ」
それは現実逃避と言わないだろうか。そうは思ったが、それを口にしたら色々と終わりのような気がしたのでクラウディアは飲み込んだ。懸命ですね、と頷いているジゼルを一発引っ叩きたくなったのはきっと自分のせいではないだろう。そう彼女は思う。
話が脱線した。とレールを軌道修正するべく、こほんと咳払いを一つして皆を見渡す。ついでに、そういうわけなので興味がないなら他言無用でよろしくとアナスタシアに言い放った。
「あら、クラウディアさんはわたくしがここで尻尾を巻いて逃げるような淑女だとお思いなの?」
「別に逃げるとかじゃないでしょう……こういう、事件みたいなものに関わったら帝国側とも色々起きる可能性だってあるし」
「そこは心配ありませんわ。わたくし、この国にいる間に何があってもそれを口実にしないという誓約書を双方に送ってありますもの」
「そこまでしたの!? だったら余計に関わっちゃ駄目じゃない!」
何かあっても関係ないと宣言するというのは、逆に言えば何かあった時に助けを請えないという意味でもある。自分でどうにかする、あるいは、自分から要請の手続きをする必要がある。
それが分かったからこそ、クラウディアは危険な目に遭わせるのをよしとしなかった。向こうがどう思っているかは知らないが、少なくとも彼女にとってアナスタシアは。
「いいえ。危険な調査の可能性があるというのならば、わたくしは決して降りませんわ。友人を見捨てるのは、貴族として恥ですもの」
「……え? とも、だち?」
「ご不満ですか?」
「そ、そうじゃなくて! わたしはそう思ってたけど、アナスタシアさんはライバルだライバルだって毎回言ってたからそれだけなんだと」
「ライバルというのはお互いに切磋琢磨する友人のことでしょう? 何もおかしなことなどございませんわ」
「そ、そうなんだ……」
一年近く誤解していた。その事実に今更気付いたクラウディアは、何だかとても悶えたくなった。物凄く恥ずかしい気分になった。猛スピードで空回りしていた感が無性に湧いてきた。
「アオハルぅ……」
「意味はよく分かりませんが、この状況にほっこりとしていることは分かります。ふむ、アオハルぅ、ですか。成程、アオハルぅ」
そしてそんな二人を見て紅茶を嗜む聖女と執政官がいたが、特に問題はないだろう。
では改めて、と話が最初に戻る。この学院の怪談の調査である。その過程で行方不明になっていた生徒達は帰還を果たしているので、現状としては緊急性は幾分か薄れていると判断しても差し支えはないように思えるが、しかし。
「戻ってきた生徒が仕込みの可能性もありますね」
「それな。つっても、怪しいでどうにか出来るわけでもないし、何よりそいつらの立ち位置がなぁ……」
うーむとエミリーが考え込む。こちらは言ってしまえば魔物令嬢側だ。対する行方不明であった生徒達は排斥派。下手に関わるとこじれる上に、カサンドラ達にも迷惑がかかる。
仕方ない、と今のところは保留にして、別のアプローチから攻めていこうという結論を出した。クラウディアも反論はなく、そうだねと同意している。
「成程。ちょっとしたお遊び、というわけではないのですね」
「そそ。だから、アナスタシアさんも関わるなら真面目にやってね」
「勿論ですわ。皆がきちんとやっているのに巫山戯ることなどありましょうか」
「ジゼルは割とふざけますが」
「仲間内が否定しちゃった!?」
「大丈夫です。そうでない場面との切り替えはきちんとやっておきますから」
「どこも大丈夫じゃないよぉ……」
げんなりとした表情でクラウディアが項垂れる。そんな彼女を見て、少しからかいすぎましたとジゼルは頭を下げた。そうしながら、こういう性格なので出来るだけ慣れてくださいと追い打ちをかける。
「……まあ、これでも執政官だし、ちゃんと線引きはしてくれるから。あたしはちゃんとやるから、ね?」
「うぅ……ほんとう?」
「ホントホント。てかそもそもドラ様困らせるようなことするわけないし」
そこだけはブレない。自分からは、という枕詞は一応つかないではないが、エミリーの場合不可抗力でも全力で腹切りしかねないのである意味質が悪い。ともあれ、そういうわけだからと気を取り直して先程から何度も脱線している話題をレールに戻した。
基本の目的は怪談の捜査である。真偽を確かめるという意味合いもあるし、発生源を突き止めるという目標もある。全体的なそれをまずははっきりとさせておく必要があった。
そのために、蔓延している怪談の種類を纏めるのが第一だ。
「確かこっちに話持ってきた時に言ってたのは、存在しない研究室と誰もいない部屋から響く笑い声だったっけ?」
「うーん、と。そうかな? 後有名なのは真夜中の廊下を模型が走り回っていたとか、大鏡を覗き込むと中に閉じ込められるとか」
指折り数えながらクラウディアが述べていく。ジゼルはふむふむとそれを聞くのみで発言はせず、アナスタシアは同じ噂を知っているのか多少の差異を語っていた。
そしてそれを聞いていたエミリーは、その物凄く聞き覚えのあるエピソードに思わず頭を抱えた。こういうのはどこでも一緒なんだろうか、そんなことをついでに思う。
「知らない場所へ続く階段、引き摺り込まれる池、んでお約束のトイレか……」
「エミリーさん、何か心当たりがおありですの?」
「七不思議じゃん」
「確かに今ので噂の怪談は七つですが。また聖女の記録から出た名称ですか?」
ふむ、とジゼルが問い掛ける。まあそんなところと適当な返しをしたエミリーは、自身のデータベースから該当しそうなものを検索し続けていた。前にも結論付けていたように《剣聖の乙女アルカンシェル》内では学院のイベントがほぼ無く、当然学校の七不思議にまつわるイベントなど欠片も起きていない。学園モノのパロディ二次創作でもしない限り、基本皆学生ではないからだ。そして公式アンソロジーやエイプリルフールネタから発展したウェブスピンオフ漫画でも、精々実は登場キャラの誰々だった的なオチに使われる程度でしか怪談ネタもない。
「あーダメだ。手掛かりが少な過ぎる!」
「まあ、確かに。今のところこんな噂があるってだけだからね」
「調査をするにしても、学院内では制約もありますし。その手の仕事を誰かにやらせるのは難しいでしょう」
うがぁ、と頭を掻くエミリーに同意するようにクラウディアもアナスタシアもそう述べた。ジゼルは特に何も言わないが、否定をするつもりもないようである。
つまりはこういうことだ。調査をするなら自分達で。
「それしかないか」
よし、と椅子から立ち上がる。学生寮に戻るまでにはまだ時間があるので、とりあえず噂の一つか二つの現場には向かうことが出来るだろう。そんなことを思いながらエミリーは早速その現場へと向かうため足を動かす。
その途中で、ピタリと足を止め振り向いた。
「やべ、あたし学院のマップ分かんない」
ゲーム中にはテキストと数区画しか出てきていないので、全体マップを描くことがほぼ不可能なのだ。ほぼ、というのは、資料集などを元に有志が作成した地図はあるからだ。ちなみにこちらと照らし合わせると間違っていた。
「ふふっ。では、どこから調査をいたしましょうか?」
そう言ってエミリーと、そしてクラウディアを見る。どうしよう、と首を傾げたエミリーも視線をクラウディアへと向けたので、彼女は思わず背筋を正す。
「わ、わたし?」
自分を指差したクラウディアに頷きを返し、さあどうぞと手を向けた。突然降って湧いたようなリーダー任命に、当然ながら慌ててしまうわけで。落ち着いてください、というジゼルの声を聞いてクラウディアはようやく我に返った。
「とりあえずはここから一番近い噂の現場を所望します」
「え、あ。うん、ここからだと……池、かな?」
こっちこっち、と皆を案内する。成程彼女の言う通り、その池へはすぐに辿り着くことが出来た。
学院の中庭の一角にあるそこから、何か腕のようなものが伸びてきて池の中へと引き摺り込まれる。それまでは生徒も度々訪れていたであろうその場所は、そんな噂が広がってから誰も寄り付かない寂れた空間へと変貌していた。
「何か……何だろう。嫌な感じ」
「怪談を感じるのですか?」
「あ、そういうんじゃなくて」
池を眺めていたエミリーがポツリと呟いた。ジゼルのそれを否定しつつ、上手く言えるか分からないけど、と続ける。
「賑わっていた店が潰れかけてるみたいな、そういういたたまれないというか、申し訳ないというか」
「……そうだね。ここ、一年前は結構人がいたんだけど」
「今やすっかり呪われた場所扱いですもの。池の魚も、もういなくなってしまったのかしら」
「え?」
エミリーのそれに共感したのか、クラウディアもアナスタシアも静かな水面をじっと眺めながら、ぽつりとそんなことを述べる。出来ることならば、事件が解決したら再びここに人が訪れるように。そんなことを思いながら、とりあえず異常がないかどうか三人は辺りを見渡し。
「ジゼルさん? どったの?」
「エミリーさん。先程の会話、どう思いました?」
「何が?」
「池の魚がいないっぽいです。呪われたから全滅した、とか考えていいのでしょうか?」
「いや、流石にそれはちょっとなー」
そうですよね、とジゼルは水面を覗き込む。ゆらゆらと揺れてはいるものの、それは風や池に落ちた葉っぱなどが波紋を生んでいるだけだ。水中から、魚や水生生物が動くことによって生み出される動きはまったくない。
「ふむ……ジゼルはこういう場所の魔力感知的なチマチマしたのは苦手なので出来ませんが、エミリーさんはどうでしょう」
「剣の聖女に何期待してんの。あ、いや、前回の聖女は出来たって言われるとアレなんでそれは勘弁してください」
ペコペコと腰を低くさせながら、エミリーは周囲を見ていた二人を呼ぶ。そういうわけなんでどうかな、と先程ジゼルとした話を伝えると、彼女達に出来ないだろうかと問い掛けた。
「そういうことでしたら。わたくしにお任せくださいな」
「おお」
「クラウディアさんのライバルであるわたくしの実力がどれほどか、とくとご覧なさい!」
そう言って取り出した杖を一振りすると、光が池全体を包み込む。その光をすくい取るように杖を振り上げたアナスタシアは、戻ってきた光を杖から自身の手の平に移動させると怪訝な表情を浮かべた。これはどういうことでしょうかと呟いた。
「何かあった?」
「……何も、ないのです」
「へ?」
目をパチクリとさせるエミリー達へと、自身の手の平を見せる。先程の呪文での調査結果が魔法陣に記されるという器用なことをしでかしているそれを皆に見せ付けると、こういうことですと言い放った。
「本当だ。見る限り異常なし」
「生物の割合もきちんといることになっていますね。完全に改竄されていますが」
「てことは、明らかに何か手を加えられた跡があるってことで、いいのかな?」
「恐らくは」
会話が止まる。これを何者かが起こしているのならば、今自分達は余計なことを知ってしまったに他ならない。このままはい解散となった後、一体どうなるのか。ひょっとしたら、新しい行方不明者が四人増えるという可能性だってありうる。
「いや、でも。これで一体何で池に引き摺り込まれるって話に――」
「エミリーさん!」
「……? うぉお!?」
クラウディアの叫びに、エミリーは飛び退る。ベシャリと池から伸びていた粘体が、彼女のいた場所を覆っていた。ずるずるとそのまま粘体は池の中へと戻っていき、その水面は再び静かになる。
「……」
即座に池から距離を取った。のたりと再度現れる粘体は、寸でのところで回避され何もない空間を掴み戻っていく。
顔を見合わせた。こくりと頷くと、そのまま無言で、ゆっくりと池を後にした。粘体はテリトリーでもあるのか、ちらりと背後を見た時索敵範囲を伸ばしつつも一定距離で止まっているのを見てほんの僅か安堵する。
「何あれ何あれ!?」
「噂そのものでしたわね」
クラウディアとアナスタシアは完全に怪談の方向に舵を切っている。確かにそれもやむなしと思える光景ではあったが、しかし。
ジゼルは少なくとも怪談とは思っていない。ポーカーフェイスのまま、ふむふむと何かを考え込むような仕草を取っている。
「エミリーさん」
「ん?」
「あれは、《シャドウ・サーヴァント》でしたか?」
「いや、違うね。魔物のスキルじゃない」
「そうですか」
明言はしない。しないが、少なくとも今回のこれは、魔物の仕業ではない。そう思って良さそうだ。二人の意見は一致した。
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