第19話

「あ? 何か余計なモンくっついてきやがった」


 強制転移で使用した移動魔法陣から出てきた人影を見て、アルメは面倒くさそうな顔をしてそう吐き捨てた。が、そこに言葉以上のものは感じられない。文字通り、邪魔な何かがくっついてきた程度にしか思っていないようであった。


「まあいい。さて失敗作、お前今弱体化してんだろ? あん時私を煽った階位レベルの高さすらもう誇れない状態ってわけだ。は、情けねぇな」

「レベル?」

「魔物の強さの指標です。単純な戦力で定められるために、大した能力のないわたしが向こうより階位が上だったのも気に入られていなかったんでしょう」

「え? ただの僻みじゃん」


 エミリーが遠慮なくそう零す。ド直球のその物言いにクリストハルトは思わず吹き出し、トルデリーゼも肩を震わせ視線を逸らす。そうしながら、カサンドラに向こうを煽ったという経緯について尋ねた。


「……皆を馬鹿にされてちょっと怒れたので、つい」


 しょぼんとした表情で、人差し指をくにくにさせながらぺしょりとそう述べるカサンドラは大変可愛らしかった。エミリーが戦う前から大ダメージを受けて倒れるほどには、である。


「くだらねぇ時間稼ぎは終わったか?」

「確かに下らないことだけれど、時間稼ぎなどではないわ」

「ゴミが喋んな。私はそこの失敗作以外には興味もねぇよ。ああ、まあ一応出来損ないの聖女はついでに狩っとくか」


 トルデリーゼの方を見もせずに、何の価値も見出さずにアルメはそう述べ、倒れているエミリーを一瞥する。明らかな侮蔑の表情で、言葉とは裏腹に、あるいは違わず、本当に一応程度の認識であった。


「成程。つまり俺達に討伐されるお前は塵以下というわけだ」

「はぁ……挑発ってのは相手を選ばなきゃ意味ないんだぞ? 構ってやるから向こう行ってろ」


 パチン、とアルメが指を鳴らす。その拍子に明かりのない空間の暗闇から影がズルズルと這い出してきた。ワラワラと出てくるそれには見覚えがあるが、しかし少し違う個体。下級《シャドウ・サーヴァント》の群れが一斉にクリストハルト達へと襲いかかった。


「殿下!?」

「てめぇはあのゴミ溜めの心配してる暇あんのか?」


 一足飛びでカサンドラとの間合いを詰めたアルメは、その異形の右腕を振るう。咄嗟にハルバードで防御をしたものの、勢いを殺しきれずに壁まで吹っ飛ばされた。バキバキと壁の破壊される音が響くが、しかし空間には何の影響も見当たらない。


「てか、なんじゃここ? どっかの部屋、の割にはやたら広いし明かりもないのに周りが見えるし」

「聖女のくせに知らねぇのか? これは魔物の領域だ。そこの失敗作には出来ないから知る機会もなかったってか? 出来損ないにも程だな」

「あん? ――領域、《テリトリー》と呼ばれるスキルで、自身の周囲をベースに創造する隔離空間の名称。基本的には魔物が相手を殺し食らう時に発動させるもので、魔物の能力強化に最も手っ取り早いとされている。かつては決闘空間とも称され、魔物と聖女の決戦時に使われたが、今その使い方をするものは稀。あー、後は周りに被害を与えないように暗殺に使うっていう方法もあるんだっけか」

「……何だ、お前?」

「ただの、出来損ないの聖女だよ。ふーん、これがその領域かぁ」


 当たり前だがゲームや資料集、ビジュアルファンブックに考察サイトで出てくる用語は英美里の魂でしっかりと刻まれている。が、だからといってそれを実際に見て看破出来るかは話が別だ。特に今回は最初から領域に放り込まれたので、そういう意味ではエミリーの反応は真っ当だともいえる。

 ともあれ、突如ペラペラと語り始めたエミリーに、アルメは薄ら寒いものを感じた。振る舞いも、立ち位置も、何もかもがかつての聖女にかすりもしない出来損ない。そう断じていた評価に、小さな罅が入る。


「あ、そうそう。確かあんたドラ様んとこにいたメイドだよね? 王子やトルゼさんが無反応だから流したけど」

「っ……それよりもいいのか? お前の大好きな失敗作は向こうに吹き飛んだまんまだぜ?」

「いやいやご冗談を。てーかね、それはこっちのセリフ」


 はん、と鼻で笑ったエミリーを見て顔を歪めたアルメは、しかし自身に迫るそれを見て即座に視線を移し替えた。

 ハルバードが振るわれる。それを異形化している右腕で受け止めると、相手を押し戻すように突き出した。それをバックステップで躱したカサンドラは、どこか自慢気に立っているエミリーの横へと着地する。


「あたしに構ってるとドラ様にぶっ殺されるぜぃ」

「出来損ないと失敗作が、ふざけやがって……」

「アルメ。あなたに言っておきますが」


 憤怒の表情へと変わっていくアルメを見ながら、カサンドラは涼しい顔で言葉を紡ぐ。馬鹿にされたと、侮られたと憤っている相手に向かい、彼女はさらなる言葉を述べる。

 その直前、アルメへと何かが飛来した。右腕で払ったそれは、先程自身が生み出した《シャドウ・サーヴァント》の影の一部。まさか、と視線をそこへ向けると、まるで血のりを落とすかのように剣を一振りしているクリストハルトの姿があった。


「な……ん……」

「あの二人は、強いですよ」


 どこか自慢気に、カサンドラはそう言って微笑んだ。






「ぷぷぷー。ゴミ扱いしてた連中に影ボコされてどんな気持ち? ねえどんな気持ち?」

「影を退けた程度で調子に乗っちゃってまぁ。所詮ゴミはゴミか」

「私たちは何も言っていないけれどね」

「調子に乗っているのはそこのフルーエだけだ」

「聖女をゴミ扱い!? 王子あたしの扱い酷くない?」


 がぁ、とクリストハルトに食って掛かるエミリーを盾で押し戻しながら、彼はそれでと相手を見る。面白くなさそうな顔をしているメイドを見る。先程エミリーの言っていた言葉は勿論耳にした。成程確かに、あの顔は王都にあるアイレンベルクの別邸でカサンドラが連れていたメイドの一人だ。トルデリーゼも同じような反応だが、どちらかというと答え合わせに近い表情であった。


「少し予想外ではあったけれど」

「ん?」

「あらごめんなさい殿下、独り言よ。まさか魔物が人に使われる立ち位置に偽装しているとは思わなかったものだから」


 わざと聞こえるように言ったのだろう。アルメはそれを聞いて舌打ちをする。下らないことをグダグダと喋るな。そう言いながら、もう片方の腕も異形に変えた。


「まあいい。ここで全員殺しちまえば一緒だ」

「おっけー。んじゃ四人で囲んでボコす」

「聖女様……」

「躊躇いなく言ったなこいつ」

「いいじゃない。私は賛成よ」


 誰も反対とは言ってない。そんなことを言いながらクリストハルトも剣を構え、そしてカサンドラもそうですねとハルバードの切っ先を向ける。

 そんな目の前の四人を見て、アルメはふんと鼻を鳴らした。先程の影は最下級だとはいえ、数で相手を圧倒するだけの力はあった。にも拘らず、向こうは支援と攻撃役の二人だけで危なげなく全てを即座に片付けてのけたのだ。自分が負けるとは思わないが、しかし油断をして思わぬ手傷を負うのも馬鹿らしい。

 そう判断すると、彼女は右腕を床へと突き立てた。床板が砕け散るが、しかしそう見えるだけで空間に何も変化は起きない。その代わり、そこからズルズルと何かが這い出てきた。影の粘体のようなそれは、一箇所に固まると段々形を整えていく。


「お前は……」

『……あら、殿下。また会いましたね』


 そうして出来上がったのは、この間に討伐したはずの《シャドウ・サーヴァント》、『カサンドラ』。以前とは違い、スカートの下部分、下半身は影の粘体のままだが、しかしそれ以外はそのままだ。面倒で形を変えていなかったとアルメがぼやいているが、『カサンドラ』本人は丁度良かったと笑みを浮かべている。


「そこの二人を始末しろ」

『クリストハルト殿下と、トルデリーゼ様。の二人で良かったですか?』

「名前なんぞ知らん。聖女と失敗作でない方だ」


 了解しました。そう言って『カサンドラ』はクリストハルトへと迫りくる。ちらりとそこからエミリーへ視線を動かすと、任せろと言わんばかりにサムズアップをしていた。正直不安だが仕方ない。足に力を込め、二人とは逆方向へと距離を取った。


「ちょっと殿下。置いていかないでくださいませ」

「ああ、すまない。忘れていた」

「……では、殿下お一人でどうにかなさってくださいな」


 はぁ、と溜息を吐いたトルデリーゼは、その場から離れた場所へ移動するとやる気を失ったように杖にもたれかかる。待て待てと彼女に声を掛けるが、トルデリーゼは全く取り合わない。

 そんな二人を見て、クスクスと『カサンドラ』は笑った。


『相変わらずのようですね』

「あれから一ヶ月も経っていないからな」

『成程。なら――』


 ずるり、と粘体の下半身を動かし彼の眼前に顔を寄せる。愛しい婚約者と同じ顔が小さく笑いながら、そっとクリストハルトへと耳打ちした。

 あの時の話は、覚えていますか、と。


「……何を手伝えばいい?」

『とりあえず、お互い死なない程度に戦闘をしてください。その後は……向こう次第ですけれど』

「あら、なら大丈夫ね」


 いつの間にかクリストハルトの横にトルデリーゼが立っていた。知っているのか、それとも推理したのか。ともあれ、何をやろうとしているかは凡そ察しているらしく、お互いの攻撃が致命傷にならないように攻撃力を呪文で下げている。


「あの二人なら、問題ないでしょう」

「ああ、そうだな」

『そうですか……。ではせっかくなので、殿下、あの時の仕返しとまいりましょう』






 異形の腕が振るわれる。それを危なげなく躱した二人は、お互いの武器をそこへと叩き込んだ。羽毛に覆われているそれは、しかし想像とは違い硬い。決定打は与えられず、追撃に振るわれた一撃を後ろに飛んで回避すると距離を取った。


「ふん。所詮その程度か。擬態を完全に解く必要も――」

「だったら人部分をぶった斬る!」


 相手の言葉など知ったことではないとばかりにエミリーがアルメの胴へと聖剣を振るう。それを異形の腕で受け止めた彼女は、何だお前と叫んだ。勿論何か問題があるのかとエミリーは返答した。


「聖女が不意打ちとかしてんじゃねぇよ!」

「はぁ!? なにいってんのおまえ!? 正々堂々戦う場面とそうでない場面くらい分けるっつの」

「……今は違うんですね」


 あははと苦笑しながらカサンドラはハルバードを構える。言われてみれば確かにその通り。真正面から卑怯な手を使わずに倒さなければならない状況とは程遠い。今重要なことは、こいつを倒して王宮へと帰ることだ。


「はっ。失敗作もこっちを睨みやがって。ああいいぜ、いくらでも来い。ただし』


 メキメキとアルメの体が軋みを上げる。着ていたメイド服が肉ごと裂け、年若い少女の形をしていた箇所がベリベリと剥がれ落ちた。そうして出てきたのは、鳥獣。猛禽類を思わせる頭部と、羽毛と獣毛が混ざりあったような体毛が施された胸部。先程振るっていた腕は更に獰猛さを増し、獅子とも鷲とも思えるような爪がこちらに向けられていた。背中には翼、二対四枚のそれは、やはり猛禽類のそれと似通っており、大きい。


『てめぇらがこの体に傷の一つでも付けられるとは思えねぇがなぁ!』


 言うが早いか猛烈な突進とともに腕を振るう。数段威力を増した爪は、当たればただでは済まない。当然エミリーは回避を選択し、カサンドラも同様だ。が、それを待っていたかのようにアルメは鞭のようになっている尻尾を振るった。着地の隙を狙われ、エミリーの思考に一瞬のタイムラグが起きる。

 それを、カサンドラが突き飛ばすことで無理矢理に回避させた。


「がはぁ……!」

「ドラ様ぁ!?」


 代わりに薙ぎ倒されたカサンドラはメキメキと音を立てながら吹き飛んでいく。床を二・三度バウンドすると、そのまま元の空間にあったのであろうカウンターへと突っ込んだ。破片が舞い散る中、見えているのは彼女の足のみ。そしてそれも、動かない。


『あぁ? 何だ随分脆いじゃねぇか。弱体化の影響か、それとも……人間に擬態なんぞしてるからか?』


 かかか、と笑ったアルメはその目をエミリーへと向ける。先程とは違い焦った様子の彼女へと爪を叩き込むが、何かに反応したように剣を構え受け止めた。


『ん? 力加減間違えたか?』

「……るさい」

『あ?』

「うるさいっつったんだよ鳥頭! 邪魔すんなぁ!」


 持っていた聖剣に力を込めた。ギャリギャリと音を立てていたそれは、次第に勢いを増していき、ついにはアルメの腕を弾き飛ばすほどの威力へと変わる。

 その光景に思わず目を見開いたアルメは、エミリーが追撃の動きをしていることに気付くのが一瞬遅れた。赤く、まるで揺らめく炎のような刀身を持ったそれは、刻まれている紋様が燃え盛るように煌めいている。


『炎……!? てめぇ、何で』

「ちゃんと出てくる敵データは忘れんわい! そうじゃなくても、お前には苦い思い出がガッツリあるんじゃぁ!」


 まだ攻略データが出揃っていなかった初期プレイ時。鳥獣系の敵の弱点は土であるというお約束を踏襲しながら進んだ先で出会ったこいつは、火属性で土無効、おまけに弱点が同属性の火であった。勿論全滅、セーブは二時間前。オートセーブはオフっていた。


『何をわけの分からないことを……』

「やかましい! いいからどけや!」


 まだ英美里がデータを頭に叩き込む前の話だ。だが、二時間の苦労が水の泡になった彼女は執念でステータスを全て調べ上げた。後に攻略本で照らし合わせるとドロップ率まで一致した。アホである。

 だから彼女は知っている。他のデータ以上に知っている。アルメの弱点も、部位破壊も、カウンターのタイミングも。


『ふざけ』

「何よりムカつくのは、あたし分かってたのに!」


 相手の攻撃を聖剣で弾く。アルメのそれは当たり前のように潰され、そして当たり前のようにそこに一撃をねじ込まれた。ならばと尻尾を叩き付けたが、ほんの僅かに体をずらすことで避けられた。


「初っ端の一撃、気付くの遅れてドラ様に庇ってもらって……そのせいでドラ様が、ドラ様がぁ!」


 尻尾を踏みつけ、聖剣を突き立てた。それだけで尻尾の先端は斬り飛ばされ、ひゅんひゅんと宙を舞う。そこでグラリとバランスを崩したアルメの顎へと、躊躇なく聖剣を打ち込んだ。

 倒れる相手に見向きもせず、エミリーはカサンドラの元へと走る。その途中、思い出したかのように別の聖剣を取り出すと、彼女は床に突き立てた。

 そこに飛来した炎のブレスは、水の聖剣により相殺される。


『な……あ……!?』

「ドラ様! 大丈夫!?」

「……聖女様こそ、大丈夫ですか?」


 ガラガラと破片を落としながら体を起こしたカサンドラは、自分より守ったエミリーの心配をした。ピンピンしてる、と力強く返事をした彼女を見て、良かったと笑みを見せる。


「良くない! ドラ様ダメージは」

「一応、魔物ですから。自然回復力はそこそこ」


 脇腹を押さえながら立ち上がる。骨が砕けるほどの一撃であったが、どうやら魔物には重傷ではないらしい。とはいえ、ダメージ自体はしっかりと食らっているようであったが。


「あたし回復する!」

「いえ、そんな」

「いいから!」


 癒やしの光をカサンドラへと放つ。人も魔物も関係なく回復されるそれは、彼女の傷をたちどころに癒やしていった。

 これでよし、とエミリーが笑う。そんな彼女を見て、カサンドラもありがとうございますと微笑んだ。


「では、残りはわたしに任せてください」

「へ? でも」

「……自分自身のけじめのためにも。お願いします」


 真っ直ぐに彼女を見る。その瞳を見て、エミリーが何かを言えるわけもなし。先程の一撃で呆けていたアルメが我に返るのと同時、カサンドラはその前に再度立ち塞がった。


「随分とやられましたね。出来損ないと揶揄した相手に」

「嘗めた口を……!」

「最初に言ったのはそっちでしょう」


 ひゅん、とハルバードを回し、構える。普段の彼女とは思えないほどの鋭い目で、目の前の手負いの魔物を真っ直ぐに睨んだ。


「――わたしの、大事な仲間を馬鹿にしたのは!」

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